第52話 ゴブリンジェネラルのジツリキ
「おらぁ!」
「ギャフッ!」
苦し紛れの突進をしてきたゴブリンを蹴り飛ばすと、教会の壁にぶち当たり、「グエッ」と変な声を吐き出し動かなくなった。
「さて、さすがにもうタマ切れかな?」
肩の力を抜いて、周囲に眼を向ける。
あれだけ居たゴブリンも、今は少し離れたところに居るゴブリンジェネラルのみとなった。
ガラガランと、遠くでナニかが崩れた音がする。
それと同時に上がる煙と火の粉が、暗くなってきた空へと昇っていく。たぶん燃えていた家が崩れたんだろう。
焼け落ちた家。壁に大きな穴を空けた教会。今なお燃える畑。もうこの村は人が住めないかもしれない。
「よくもまぁ、これだけ壊したモンだな、お前らはよ。弱い人間を殺して、家々を壊して、火をつけて燃やして……。楽しかったか?」
だが、対峙するゴブリンジェネラルはニコリとも笑わなかった。おいおい、お前らがやったんだろうが。
「そんなに怖い顔すんなって。たかが
ポンポンと、まだ緑の血が付着していたショートソードで肩を叩く。服が汚れるが、すでにかなり汚れているので今更だ。
それにしても、ゴブリンの血ってかなり臭いんだな。こんな臭いとは思ってもみなかった。臭いが、俺がまだ知らないファンタジーの常識ってヤツに触れた気がして、ちょっと嬉しい。
「ガァアァ!」
異世界のリアルに一人悦に入っていると、突然ゴブリンジェネラルが吠えた。おいおい、まだ何か呼ぶのかよ。いい加減、ゴブリンは飽きたぜ。
少し警戒しながら、辺りを窺う。だが、簡易鑑定には何も引っ掛からなかった。
すると、ゴブリンジェネラルはゆっくりとロングソードを肩に担ぎ上げ、片足を一歩後ろへと引く。お、とうとう本人登場、ボス戦か。
「んじゃ、最終ラウンド開始だ!」
地面を蹴る!
一気に距離を詰め、ヤツの目の前でジャンプしショートソードを振り下ろす!
だが、ゴブリンジェネラルはそれを革鎧の腕あて部分で受けようとした。おい、ナメんな! そんなモンで防ごうなんてよ!
革の腕あてごと切り落としてやろうと、力を込める。
だが、キンッという固い金属音を残してショートソードの刃は少し革を抉っただけで止まってしまった。
「コイツ、何か仕込んでやがるっ!?」
それを認識した時、チリっと頭の部分が軽く灼けた感覚が奔った。ヤバい──!
「ちっ!」
ゴブリンジェネラルの腕を思いっきり蹴りつけ、その反動で後ろへと跳ぶ。その刹那、俺の居た空間に銀の線が走り抜けた。
「あ、あっぶね~!」
油断していたぜ。それにしても仕込みとは。アイツも頭使ってんだな。
「ギュフ~!」
横に
「ったく、大人しく斬られてくれればいいものを」
チッと舌打ちをする。
クマ女神の言っていたミッションクリアの条件は、この村の住人が全滅する前にコイツラを殲滅すること。南門へと逃げて行った村人は立花さんが守ってくれているはずだから全滅する恐れは無いとはいえ、コイツが生きていると、また新たなゴブリンを呼びかねない。そうなる前に、とっととコイツをぶっ倒さないとな。
「ギュウガァ!」
と、おもむろに中指を立てたゴブリンジェネラル。その指をチョイチョイと曲げる。掛かってこいって事か? 面白れぇ!
「後悔すんなよっ!」
ショートソードを脇に構え、駆ける。
向かってくる俺を見て「ギュフ!」と嗤い、ゴブリンジェネラルはロングソードを振り上げ──
「ギャワッ!!」
風圧を生み出しながら落とされる! 速ぇっ!?
「くおっ!?」
ヤツの懐に入り込む寸前で無理やり体を捻じる。足首と膝からの聞きたくない悲鳴を無視して、全力で回避する。
ゴォッ!と耳に響く音。何とか回避した俺はすぐさま起き上がり、再びヤツに向かって行く。
その俺に、先程と同じくロングソードを振り上げるゴブリンジェネラル。甘ぇ!
ヤツのロングソードが振り下ろされる直前にステップを踏み、方向を変える。
「ギャッ!?」と驚く声が聞こえたが気にせず懐に入り込むと、
「おらぁ!」
「グギャ!?」
目の前にあった足を斬り付ける! 上から短い悲鳴が上がった。いや、浅いっ!
「ギュウガッ!」
「ぐがぁっ!?」
ブゥン!と冷たくなる音と共に、視界が緑で埋め尽くされる! 「ヤベッ!?」と思った時にはすでに殴り吹っ飛ばされていた。
ごろごろんと地面を転がるがなかなか衝撃を殺せず、体のあちこちに痛みが走る。そのままゴロゴロ転がって、ドンと家だった壁にぶつかってやっと止まった。
「いちち、──痛ぇ!?」
ガラガラと崩れた壁の中から、ズキズキする顔を押さえながら立ち上がると、左足にも痛みが走った。見るとズボンに血が滲んでいる。ちっ、石かガレキで切ったか。
「ギュフゥ!」
「これくらいで満足した顔してんじゃねぇぞ」
ファーストエイドを左足に掛けて血を止め、パンパンと服に付いた汚れを叩く。ゴブリンの血でかなり汚れているから、ただの気晴らしだ。
……しかし、このままじゃあ分が悪いな。どうするか。
スキル画面を開き、この前覚えたばかりの【身体強化:微】を発動させる。
──すると、パァっと全身に力が
それにしても、さすがはゴブリンジェネラル。レベル10まで解放したってのに、勝てる気がしねぇわ。ゴブリンライダーは余裕だったのに、ミッションボスは伊達じゃねぇってとこか。
と、何故か目を見開いているゴブリンジェネラルの口が、動いたのが見えた。
「……ッ……ァ」
「ん? なんだって?」
はっ!? まさかさっきの大声か!? 考えたようだが、来ると解ってりゃちゃんと対策して──
「オバエ、ナニ、ボノ……?」
だが、その口から発せられたそれは、俺の鼓膜を破る様な大それた声では無く、ボソボソとした声。
──だが、俺に与えた衝撃でいうなら大声と同じか、それ以上の衝撃。
「なっ!? お前、喋れるのか!?」
問うと、ゴブリンジェネラルが誇らしげに答える。
「マオ、ザマ、ノ、オヂガラデ、ハナ、ゼル、ジンゴ」
途切れ途切れで聞き辛い言葉使い。なんだよコイツ、喋れんのかよ。
マオ、ザマって恐らく魔王の事だよな。魔王のお力って、そんな事が出来んのか。だが何の為に?
いや、そんな事は良い。魔王の力を直々に得られる立場に居るって事は、コイツは魔王直轄の幹部かもしれん。なら、魔王を含むこの世界の魔物の強さを計る際の、一つの物差しになり得るな!
「フフッ、オバエ、ビビッダ」
「ギュフフ」と嗤うゴブリンジェネラル。んな訳あるか。俺の沈黙を愉快に解釈してんじゃねぇ。
そうかい、コイツ喋れんのかよ。なら、聞きたいことがある。
「喋れんのなら聞きたい事がある。なんでこの村を襲ったんだ? 答えろ!」
俺の質問を受け、「ギュフ~」と息を吐いたゴブリンジェネラル。
「ギマッデル、マオザマノ、シジ」
「魔王の指示、だと?」
「ゾウ。ニンゾクゴロズ。ゼヅボウ、スル。ヒメイアゲル。ゾレ、オデダチノゴウブツ。オデダチ、ギボチイイ。ダガラ、ゴロス」
「……やっぱり、この世界の魔王も、最低のクズ野郎ってことかい」
ったく、お約束過ぎんじゃねぇかよ。
「……ゾレニ」
「おい、まだ続きがあんのかよ」
もう、魔王のクソエピソードなんて、要らねぇんだがな。
だが俺の予想に反して、ヤツはとんでも無い事を口にした。
「ゴノムラニイルユウジャヲ、ゴロシ、ギタ」
「──っ!?」
大きな口を大きく歪ませるゴブリンジェネラル。ちょっと待て! 今コイツは何て言った? 勇者がこの村に居るって、何で知っている!?
上げかけていたショートソードを下ろし、ゴブリンジェネラルの顔を睨む。
「おい、今何て言った! オマエはただ、人を襲う為にこの村に来たんだろ! 違うのか!?」
「フフン! マオ、ザマイッダ。ユウシャ、コノゼカイ、ギダ。デモ、マダヨワイ。イマ、ノ、ウチコロズ!」
何で、魔王が!? いやそれより、なんでこっちの情報を知ってんだ!?
──いや、待て! この世界は、勇者を召喚して世界を救っている設定だ。
って事は、勇者は何度も召還されているってことだ。死んでしまったが、前回の勇者も居た。
勇者は魔王討伐の為に呼ばれる。なら、魔王だって何か対策を考えるはずだ。俺ならそうする。その対策が何なのかは分からないが、歴代の魔王がそれを遺していたとしても、なんら不思議じゃない。その対策とやらに、召喚されたばかりの勇者を狙えなんて書いてあったとしたら?
「ダカラ、ゴロシ、キダ!」
「……そんな事を言われて、はいそうですかって言うと思うか?」
地面に唾を吐きつける。俺がゴブリンの村を襲った事に対する復讐じゃなかったってのは良いが、それ以上に勇者を──立花さんを殺すと聞いて、俺が何もしないとでも思ったのだろうか、コイツは。
「フブン! オバエニハ、デギナイ!」
ブフウと、鼻息を荒くするゴブリンジェネラル。舐めた態度が、ほんと胸糞悪い。
「……胸糞ついでに、もう一つ聞きたい。なんで、あんな事をした?」
あんな事とはもちろん、門衛腹話術の事だ。ほんと、今思い出しただけでも胸糞悪くなる。
すると、ゴブリンジェネラルは少し言い辛そうにモゴモゴと口を動かすと、
「オデ、ナマリ、ビドイ」
「……は?」
まさかの答えに、剣を握る力を緩めそうになってしまった。
「なんだよ、それ」
嫌すぎる真実を聞かされて
「オメ、モ──」
力でも込めるかの様に、体をグググッと縮め込むゴブリンジェネラル。
「バガニ、スルガァ!!」
「うぉ!?」
ドンッ!と空気が爆ぜたかの様な爆発的な突進で、一気に距離を詰めてくるゴブリンジェネラル!
勢いそのままに横に薙がれたロングソードを、ショートソードで受け止める!
が、ガギンっと簡単に弾き返されてしまった! コイツ、怒りを力に変えるタイプか!?
「ヤバいっ!?」
「ボラッタ!!」
がら空きになった俺の腹に、返したロングソードが襲い掛かる!
「くっ!」
「ナニッ!?」
が、咄嗟に身体を九の字に曲げて、ギリギリで躱す!
そのせいで変な勢いがついたのか、後転する様にゴロゴロと後ろに転がってしまった。躱す事に必死でその後の事は考えていなかったが、ちょうど良くその場を離れる事が出来たから結果オーライだ。勇者の従者にしてはダセェが、命に代えられん!
「はっ、ふっ、はぁ!」
後転倒立して立ち上がり、乱れた息を整える。
い、今のはアブなかった! 身体強化してなかったら、ゲームオーバーだった!
「ギュフ! オバエ、ヨワイ! コレナラ、ユウジャゴロス、カンタン」
ロングソードを担ぎ直したゴブリンジェネラルが、ご機嫌な事を言う。ちきしょう、魔王直轄の力をナメてた。力がバレるとか、そんな事死んじまったら意味がねぇ!
──身体強化を解除。代わりに、レベルを15まで解放──
「安心しなっ! これからが本番だぜ!」
「ダノシミ、ダ!」
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