第24話 伊織の焦燥



 ◆




「これで、私の実力が証明出来たよね?」



 ショートソードを鞘に納め、消えていくゴブリンをぼうっと見ていると、インベントリに剣を収納した立花さんが話しかけてきた。



「……そうですね。確かに立花さんは強い」



 そうだな、たしかに立花さんの言う通りだ。俺でさえ苦戦したゴブリンをあっさりと倒したのだから、確かに強い。しかし、なぜこんなに強いんだ? 

 俺みたいに、魔法を直撃させたとかなら話は解るが、さすがにゴブリンを一撃で倒すのは無理だ。だとすると、彼女が持っている【女神の加護】のスキルが関係しているのか?



「じゃあさ、今すぐにでも魔王のところに──」



 黙っていると、立花さんはグッと手を握り締める。沈黙をどう受け取ったのか知らないが、悪いけどそれは無い。



「ですがまだまだです。たかがゴブリンを一匹倒しただけ。それだけで、いきなり魔王を倒せるとはなりません」

「そんなっ!? 御供さんは言ったじゃない! 私が大丈夫なら、魔王討伐に向かうって!」



 目を見開き、必死になって訴える。どうやら、この森に入る前に俺が言った約束を、自分に都合の良い様に解釈したみたいだな。どこの世界に、ゴブリン一匹倒しただけで、「ゴブリン倒せたから、次は魔王殺っちゃう?」って言うヤツが居るかよ。



「そうですね。確かに自分は言いました。ですが、正確には『自分が大丈夫だと判断したら、魔王討伐の前倒しを検討しましょう』です。そして俺は、立花さんの戦いを見て大丈夫だと思わなかった。それだけです」



 おそらくはスキルの力だろうが、彼女には、勇者の名に恥じない確かな実力がある。気後れすること無く、魔物を倒した度胸もだ。 

 女神の加護がどれだけ強力なスキルかは判らないが、初戦でこれだけ出来ればこの世界での戦いも問題無いだろう。むしろ出来過ぎなくらいだ。



 だが同時に、漠然とした不安も彼女からは感じるのだ。何ていうか折れやすい脆さみたいな。女子高生なんだから華奢で当たり前なんだけど、そういう身体的な面じゃなくて、なんかこう、壊れてしまいそうな不安感。

 そんな不確定要素を抱えたままでは、幾ら強くても首を縦に振れないし、そもそも今すぐ魔王討伐なんて無理である。



 すると、明らかに不機嫌なご様子の立花さんが、キッと睨み付けてくる。



「それは御供さんの感じ方で幾らでも変わるよね? それってさ、不公平じゃない!?」



 腑に落ちませんとばかりに、不満をぶつけてくる立花さん。まぁ、そうなるよなぁ。なにせ、彼女を納得させる根拠を示せていないんだから。



 女神の加護スキルの内容に関しては後であの女神様クマさんに訊いてみるとして、正直、不安の大半は、彼女の強さを今一つ理解していないからってのもある。

 しかし、それを口にしたところで、立花さんを納得させる事はかなり難しいだろう。どうすっかなぁ。



「御供さんがいつまでも私を認めないと決めつけているんだったら、幾ら私が強くなってもどうにも──」

「──では、その震えは何ですか?」

「……え?」



 先程から、立花さんが微かに体を震わせているのは知っていた。しかし、当の本人は俺に言われるまで気付かなったのか、キョトンとしたまま、身体に視線を落とす。



「──!? こ、これは!」



 俺から隠す様に、震える身体を抱き締める。だが、それに気付いてしまったからか、立花さんの意思に反して、身体の震えは隠せないほどに大きなり、そして遂にはペタリと地面に座り込んでしまう。



「あ……」

「……あまり無理をしないでください。普通の女の子が生き物を殺したんです。そうなるのも無理はありません」



 その様子を見て少しホッとした。あまりに呆気なく倒してはいたが、立花さんもちゃんとだった。

 生き物を殺しても顔色一つ変えない人間とは、幾ら女神様のお願いだとて一緒に居たくは無い。そんな人間に、勇者を名乗って欲しくはなかった。まぁ、俺だけがゴブリンを殺した事にショックを受けたんじゃないと判ったし。腰を抜かした事は内緒にしておこう。



「それでも──!」



 へたり込みながら、なおも食い下がる立花さん。ちょっと聞き訳がないな。


 よし、少し卑怯かもしれないが、彼女に課していたレベルアップに関連付ける形で説得する事にしよう。ま、実際にレベルを上げてもらわないと困るしな。



「──では、今の戦いでレベルは上がりましたか?」

「……ちょっと待って。今見るから」



 そう言って、キッと軽く睨み付けたかと思うと、立花さんは何もない空間にそっと指を走らせ、ステータス画面を確認する。

 まぁ、ゴブリンを一匹倒したからレベルが1,2上がっているだろうが、その時は、「その位で魔王討伐なんて片腹痛いわ!」と突っぱねてやるだけだ。



 どこぞの世紀末覇王の様に腕を組んで、立花さんがステータス画面を確認し終えるのを待つ。

 が、彼女は目を大きくしたと思うと、すぐに沈痛な表情を浮かべた。ん、どうした?



「どうしました?」

「……レベルが、上がって、なかった……」

「……はい?」

「……」



 ぐっと拳を握り締めて俯き、立花さんは声を絞り出す。 

 え、ほんとにレベル上がらなったの? 一つも? そんなバカな!? 俺がレベル1だった時は、ゴブリン一匹倒せば上がったのに!?



 立花さんを見る。俯くその様子からは、とても嘘を吐いている様には見えない。本当に立花さんは上がらなかったらしい。

 あれか? 勇者がレベルを上げるには、俺みたいな一般人よりも経験値が必要とあるのか? そんなのマジでゲームだぞ。

 しかし、参ったな。レベルは上がらないなら、もっと経験値を稼がないと。こりゃ、コツコツやるしかないな。



「だけど! レベルが上がってなくたって──」

「甘く見るなっ!」



 震える足を叩きフラフラと立ち上がりながら、それでも訴えてくる立花さんに思わず怒鳴ってしまった。あまり怒りっぽい方では無いのだが、それほどに、今の立花さんは聞きわけが無さ過ぎた。



「……立花さん、確かに君は強い。レベル1なのに何故そんなに強いのかは分からないけど、ゴブリン相手なら問題無い位に強い。だがそれでも、今の君では確実に魔王には勝てない」

「でも!」

「はっきり言います。今の君では、元の世界に戻る前に確実に死ぬ。君が今倒したゴブリンは、自分の知識の中では、最弱に分類される魔物です。この世界が俺の知る異世界と同程度なのだとしたら、ゴブリンよりも強い魔物はたくさん居るでしょう。そして、それよりももっと強いのが魔王っていう存在なんです」

「……」

「焦る気持ちは解ります。ですが、前も言った様に死んだら元も子もありません。ここは一先ず、レベル上げに専念しましょう。大丈夫。君なら出来るし、今よりも強くなれる。自分はそう信じています。良いですね?」

「……解ったわよ」



 両手をギュッと握り締め、俯く立花さん。きっと彼女は強くなる。勇者なのだから、それこそ俺よりも強くなるだろう。だから今必要なのはレベリングだ。焦りから生まれる自棄じゃない。まぁ、あれだけあっさりとゴブリンを倒しちゃ、説得力も無いが。

 それにしても、ゴブリンももっと粘りやがれってんだ。俺の時とは違う意味で、チュートリアルモンスターになれてなかったぞ。ヤツがもっと強くて立花さんが苦戦でもすれば、この先やり易くなったというのに。まったく。



 とはいえ、実際魔王がどれほど強いのか判らない以上、取るに足らない魔物を相手に苦戦したところで、何ともいえないんだが。



「……とりあえず、じきに暗くなりますし、今日はもう帰りましょう」




 軽く息を吐いてから、森の出口に向かって歩き出す。後ろから続く足音からは、入る時の勢いはどこにも無かった。




   ◆




 あれから二日も経ったのかと、気付けば苦笑いしていた。ほんとあの時の空気は重かったな。



 結局、あれからまともに話しておらず、気まずい空気が俺たちの間を流れている。あの日叱った事は間違っていなかったし、後悔もしていない。立花さんが、ここまで意固地だとは思わなかったが。


 さすがにこのままじゃマズいと思って、今日も朝食時に、「そういえば、初めての実戦だったのに、緊張はしなかったですか?」と質問したが、機嫌悪そうに、「……剣道の試合に比べれば、なんて事無いわよ」と無表情で返された。ほんと沙羅と同じく可愛げがない。お陰で朝食の味を覚えちゃいない。いっその事、「……別に」って返してくれた方がどれほど良かったか。……いや、それも辛いな、うん。



 顔を上げると、消えていくブルファンゴに一瞥くれながら、立花さんは突っ立っていた。

 たった二日で、それだけの魔物を倒せればもっと喜んでもいいのだが、相も変わらず何を考えているのかわからない。年頃の娘の気持ちが解らないと嘆いていた会社の上司の気持ちが、まさか痛いほどわかる時が来るとは思ってもみなかったぜ。


 それにしても、二日前にゴブリンを倒した位で調子に乗んなって叱ったのに、もうブルファンゴすら倒しちゃうんだもんなぁ。これからどうしよ。はぁ。



「なに、御供さん?」」

「……いえ、そろそろ村に帰りましょうか」



 不機嫌そうにも見える立花さんに、今日はもう上がりましょうと声を掛けると、「はい」とコクリと頷いて返すだけ。



 この二日間のレベリングで上がった立花さんのレベルは3。実際に数えたわけじゃないから分からないが、俺が同じレベルになった時と比べると、明らかに立花さんの方が倒した魔物の数は多いと思う。

 それなのにレベルの上がり方は鈍い。なんだろ、この世界の設定で、勇者はレベルアップに必要な経験値量が多いとか? うーん、分からん。





 お手上げとばかりに空を見上げる。

 見える狭い空は少し赤が混じってきていて、俺の心とは打って変わってとても綺麗だった。

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