第25話  再びのセレスティア ①



 暗くなる前に宿屋に着いた俺たちは、夕食を済ませると早々に各々の部屋で休むことにした。


 本来なら、もう少しコミュニケーションを取るべきなのだろうが、いかんせん立花さんがあの状態だ。立花さんのレベルが3に上がった時、「これで魔王を倒せますね?」と聞かれた時に、「いや、無理でしょ?」と、しっかり否定したのがいけなかったのだろうか。

 まぁこれ以上余計な事を言って、さらに状況を悪化させたくはない。触らぬ神になんとやらだ。



 それにしてもと、キョロキョロと食堂を見回す。今日も食堂は閑散としていた。居ても村人らしき人が数人居るだけ。


 最初は気にもしていなかったが、俺たち以外の宿泊者はいないんだろうか?

 宿はそこそこ立派だし、近くには魔物が居る森もある。冒険者が居てもおかしくはないと思うんだが? まぁ、時期とかあるのかも。今は冒険に適していないとか。知らんけど。

 そんな事よりも、もっと気にしなくちゃいけない事があるのだが、問題は可能な限り先送り。これが俺の問題解決法だ。意外と時間が解決してくれる事もある。



「果報は寝て待てって言うしな。昔の人も」



 このままじゃマズいのは嫌というほど解っている。解っちゃいるが、どう動いていいのかが解らない。こんな時は、とっとと寝てしまえと昔の人も仰っている事だし、それに従おう。

 もしかすると、この状況を良かれと思っていないどこかのぬいぐるみが、お節介焼いて現れてくれるかもしれないしな……。




  ◇




「……起きなさい、勇者の従者エイジよ」

「ふぇ?」



 ……なんだよ、せっかく寝てたのに。誰だ、一体?



 瞼を擦り擦り、ようやく開いてきた目に映ったのは小さな影。

 何の事は無い、お節介女神ことセレスティア様──が宿ったクマのぬいぐるみが、足元で仁王立ちしていた。



「こ、これはこれはセレスティア様……。待ってください、今土下座を」

「──よい。其方も疲れていますから。楽にしなさい」

「有難うございます」



 体を起こそうとした俺を労う言葉に甘えて、ベッドの上で胡坐座りすると、ギシとベッドが鳴った。



「それで、セレスティア様。今日はどういった用件でありましょうか?」

「……最近、上手くいっていませんね?」



 面と向かったぬいぐるみが、組んでいた腕を下ろすと首を横に振る。もしかして、見てたのか? 女神ってのは、どこの世界でも暇なんだな。



「……お恥ずかしい限りです」

「よい、其方は上手くやっています。ですが、何が問題なのですか?」



 少しあわれみを感じる声。おいおい、見てたのなら問題点くらい解るだろ。

 ったく、しょうがない。先生に告げ口するみたいで嫌だが、ここは一つ問題点をこのクライアントさんにも理解してもらおう。



「……恐れながら立花さん──勇者は、現状を良く理解しておりません。レベル1で魔王の下に向かおうとしますし、自分の立ち位置を把握すらしない。しかもレベリングしても中々上がらないせいか、とても焦っていて機嫌も悪い。そのせいで、俺の助言も聞こうとしない始末でして。このままレベルを上げなければ、魔王はおろか強い魔物にすら勝てないというのに」

「その為の従者、その為のそなたでしょう?」

「そう言われればそうなのですが……」



 突き放す様に言われ、さすがに口をつぐむ。

 確かにそこら辺を含めて納得して依頼を受けたけど、もう少しフォローが有ってもよくないか、クライアントさんよ。

 ……いや、そのクライアントさんも現状を心配してこうして来てくれたのだから、これもフォローになるのか。

 ふむ、ならば丁度いい。ひとつ提案するとしよう。



「やっぱり、俺が弱いって設定は無理があるんじゃないですか?」

「……何故です?」

「自分よりも弱い人間の言う事なんて、聞こうとは思えませんよ」

「では其方は、自分よりも強いから親の言う事を聞いていると? 自分よりも強いから先達せんだつの言う事を聞いていると?」

「そ、それは……」



 言葉が出なかった。

 言われてみれば確かにそうだ。別に親や学校の先生が強いから子供や生徒は言う事を聞いているのではない。聞かなきゃいけないと思うから、聞くのだ。



「答えは出ましたね、従者エイジよ。勇者イオリが其方の言う事を聞かぬ理由は別にあると、私は考えます。しかしそれは言いません。それは其方が己で導き出すものです。ですので、私の考えに変更はなく、勇者イオリに強い所を見せてはなりませんし、それは今後も変わる事はありません。いいですね?」

「……はい」



 反論出来る材料が無い以上、今は納得せざると得ない。この先、立花さんが俺よりも強くなってくれる事を期待する他ないな。


 見事に論破され、空気が重たい。

 まてまて、俺よ! こんなクマのぬいぐるみなんかに、このまま諭されたままで良いのか、いや良くない!


「こほん」と一つ咳払いをして居住まいを正すと、向かいに立つクマのぬいぐるみの顔に埋め込まれた、プラスチックのつぶらな瞳を見つめる。



「ではセレスティア様、少し質問しても宜しいでしょうか?」

「何でしょう?」

「レベルが低いのに、なぜ彼女は強いのでしょうか? それが気になっていまして」

「あぁ、そんな事ですか」



 そんな事って……。

 それが気になって夜も眠れない──って訳じゃないけど、よく分からない不安の一つになっている事は確かだし、何か理由があると思うのが普通でしょ? それに正直、ゴブリンをあっさりと倒した彼女を見て、別に俺が教える事なんて無いんじゃねぇか?と思ったのも事実なんだし。



「それは、勇者の持つスキルである、【女神の加護】のお陰ですわ」



 やっぱりか。



「それはどういったスキルなのですか?」

「えっと、確か各状態異常に対応するのと、勇者イオリが敵だと認識した対象と戦った場合、己のステータスが高まるスキルですわ」

「……メチャクチャですね、それ」



 各耐性付与に加え、自分が敵だと思ったらステータス補正ってこれまたチート過ぎんだろ。どうりでそこそこ強いブルファンゴを、レベル3の彼女が倒せた訳だ。しかもレベルが上がればさらに強くなるって事か。マジでチートだな。どれだけ立花さんを優遇する気だ、ちきしょう。



 すると、クマのぬいぐるみは手を口元にあて、



「ふふっ、そんなに凄いモノではありませんよ。ステータスが上がると言っても、勇者イオリがこの世界を救いたいという思いの強さに比例しますし。今の勇者イオリでは、せいぜい己のレベルの二つか三つ上のステータスになるだけですわ」

「それでも凄いですよ」




 世界を救いたい気持ちに比例して強くなるなんて、まさに王道。とても勇者らしいスキルで羨ましい。


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