第13話 ポニテ黒髪のギャル勇者、その名は立花伊織



 村に唯一ある二階建て建屋の宿屋兼食堂。その一階で、まだ何も置かれていないテーブルに座る俺と黒髪JK。

 給仕に就く十歳くらいの可愛らしい女の子に一通り料理を注文したあと、いつまでも黒髪JKと呼ぶのは社会人としてどうかと思ったので、まずは自己紹介する事にした。



「自分の名は御供瑛士といいます。これでも一応社会人です。まだ一年目でしたが」



 言って頭を軽く下げる。年長者である俺から自己紹介するのが、出来る大人のマナーってやつだ。



「私は立花伊織たちばないおり。高校一年の十六歳。よろしく~♪」



 続いて、黒髪女子高生改め立花さんが、キャピっと元気良く自己紹介する。うんうん、思いっきりギャルっぽい。自己紹介でピースなんてするか、普通?



「立花伊織、さん……」

「なに? もしかして、どこか会った事あったりする?」

「いや、無いですね。全く」

「そっか。それにしても年上だとは思わなかったよ~」



 そう言って、立花さんは一瞬だけ目を細めたあと、やたらモジモジと体を揺らし、それに気付いては居住まいを正すというのを繰り返していた。



「……トイレなら、たぶんあの奥に──」

「え? いやいや違う! 違うから!!」

「あ、はい」



 顔を赤くしてブンブン否定する彼女。長い黒髪もそれに合わせてさらさらと流れる。別にトイレに行く位、恥ずかしい事では無いと思うが?



「まったく、もう!」と怒った口調でそう言ったあと、立花さんはスッとまっすぐに俺を見つめ、



「御供さんはさ、地球人、だよね? もしかして日本人?」

「えぇ、同郷です」



 この異世界で、日本人という言葉が通じる相手なんて俺たち以外に居るのかと、思わず苦笑う。



「そっか」と、そっけないながらもどこか嬉しそうだ。まぁ、異国で同郷の人に会えば嬉しいよな。まだ子供だし、ギャルっぽい雰囲気だけど、やっぱり心細かったのだろう。それはそうと、俺もキミに聞きたい事があるんだよ。



「自分も質問していいですか?」

「いいよ、なに?」

「立花さんは、どうしてこの世界に?」



 俺が聞きたいのはそれだ。それを知れば、自分がこの世界に来た理由が判る気がしたのだ。


 すると、視線を外し、細い顎先に手を添えて考える彼女。が、ほどなくして俺へと向き直ると、



「それがさ……、信じてもらえないかも知れないけど、女神って名乗る女の人が夢の中に出て来てさ。いきなり『貴女には、これから勇者として私の世界を魔王から救って欲しい』なんて言われて、起きたらこの村にある納屋の中だってわけ」

「女神!? それはいつです!?」

「う~んと、今から一ヵ月半ほど前、だったかな」

「一ヵ月半!?」



 驚いた、俺がこの世界に来るかなり前じゃないか! しかも女神が現れただって!? 俺の所には何も来なかったっていうのにか!?  俺と彼女、一体何が違うってんだ!?



「……立花さん自身に、この世界に来る様な心当たりは?」

「それが無いんだよね」

「そうですか……」



 目を伏せた彼女。何の心当たりも無いとは。俺みたいにトラックに轢かれて、みたいなテンプレがあれば、少しは話も解るというものだが。



 あれこれと考えていると、立花さんのターンとなった。



「御供さんはさ、どうしてこの世界に?」

「……自分も似たようなもんです」

「そう、なんだ……」



 立花さんはそう言うと、長いまつ毛を伏せて俯いてしまった。その姿に、本当の事を言わなかった罪悪感が、チクリと胸を刺す。

 ……いやいや、トラックに轢かれて気付いたら森の中に放置プレイでした、なんて言えるわけない。あまりに彼女と境遇が違い過ぎるわ! 今もって一度たりとも女神様には出会えていないし! 悲しくて、本当の事を話す気になれねぇよ。



「……ねぇ、御供さん」

「ん、何ですか?」



 呼ばれ彼女を見ると、今までのギャル然とした明るい雰囲気はどこへやら、深刻そうな表情を浮かべていた。なんだろ、なんか切羽詰まった感じだな。



「……実は、御供さんにお願いがあるんだ」

 


 ただでさえ姿勢の良い背中をさらにピンと伸ばすと、立花さんはギャルとは思えないほど美しい所作で頭を下げる。



「……一緒に、魔王って人を倒しに行ってもらえないかな? 出来れば今すぐにでも!」

「……魔王討伐、ですか?」



 立花さんの口から出た言葉に、何故か違和感を覚えてしまった。

 勇者の最終目標は魔王討伐と、相場は決まっている。であれば、彼女の言動は別におかしなことではない。……ないんだが、何かが引っ掛かった。女子高生にはほとんど馴染みのないフレーズだからか?



「ね? お願い!」

「……理由を聞いても?」

「……実は私、学校の部活で剣道部に入ってるんだけど、近々とても大事な試合があってさ。それまでに現実世界あっちに帰りたいの。でも、元の世界に帰るには、この世界のどこかに居るっていう魔王って人を倒さなくちゃダメみたいでさ」



 静かな口調から語られた年相応な理由。嘘を吐いている感じはしない。間違いなくこの子の本心だろう。

 が、それにしては、少し深刻な表情過ぎる感じがする。こう言っちゃなんだが、たかが部活の試合だろう? 



「──それは」

「お待たせしましたぁ~!」



 その真意をさらに深く知ろうとしたところで、元気いっぱいの給仕娘が料理を運んできた。タイミングが良いのか、悪いのか。



「……とりあえず食べましょうか。腹が減ったら何とやら、ですし」

「……そう、だね」




  ◇




 食事後、立花さんとはまた明日話し合おう事にして別れた。

 すぐにでも俺の返事を聞きたそうだったが、俺自身、色々と整理したいし何より疲れた。彼女には悪いが、答えは少し待ってもらおう。



 部屋のベッドでゴロンと寝転がる。小さな村にある宿屋の割には、ベッドは案外しっかりしていた。まぁ、板直に薄い綿が詰められただけの布団ではあるが。

 本当ならひとっ風呂でも浴びたい所なのだが、この宿に風呂は無い。よくある設定だが、この世界もご多分に漏れずそうらしい。だが、宿代を立花さんに立て替えてもらった手前、あまり文句も言えない。



 天井をぼんやりと見つめながら、夕飯時の立花さんを思い出す。

 彼女が時折見せた、作り笑いと浮かない顔。あれは追い詰められている人がする表情だった。

 まぁ、無理もない。普通の女子高生が、いきなり異世界に連れてこられて魔王退治だもんな。それに、早く元の世界に帰らなきゃいけない事情のせいだろう、かなり精神的に参っていそうで、見ていて辛かった。ならば、二つ返事で答えてやれば良かったのだろうが──



「だからって、自分自身の置かれた状況も理解していないのに、すんなりと返事をしても良いのか? 俺がこの世界に呼ばれた理由も、ハッキリしないままでよ」



 何も無かったジョブ欄が《勇者の従者》になったのだから、俺がこの世界に来たのは間違いなく、勇者を名乗るあの子の手助けをしろって事なんだろうさ。でもよ、「はい、解りました」なんて簡単には納得出来ねぇっての。

 

  俺がなりたかったのはなんだ? 勇者だろう? 強くて、皆に認められて、自分の大事なモノを守れる存在だろう? なのに従者だぞ!? それでいいのか!? 異世界に来てまで、主人公じゃないなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか? 納得いくんか!?



「納得いくわけ、ねぇだろうが……」



 が~っと頭を掻きむしる。そうだ、納得なんて出来ねぇ!


 ──が同時に、困っている人間を放っておく事は出来ないとも思う。俺の憧れた勇者は、絶対にそんな事はしないだろう。しかも女の子となればなおさらだ。



 ならば彼女のお願いに首を縦に振ればいいのだろうが、簡単には納得出来ない。まさに堂々巡り。

 答えを出すには、あまりに問題や不明確な事が多過ぎだ。もういっそのこと、バックレちまうか。



「ふ~、解らない事だらけだぜ……」



 ゴロンと横を向く。

 いつまでも答えが出そうにないなら、とっとと寝ちまおう。寝不足になるだけ損だ。寝不足は良い仕事の敵だと飛べる豚も言っていたし、色々と考えるのは明日の俺に任せちまおう。



 答えを出す事から逃げる様に、毛羽立ってチクチクする毛布を頭までかぶる。寝ている間に諸々全て解決してないかな、なんてのは、やっぱり物語の中だけだよな……。




   ◇




 ──どの位の時間が経ったのだろうか。やっとウトウトし掛けた時、ふと気配を感じた。それもドアの方からだ。

  まさかと思うが、立花さんか? やっぱり今夜中に返事を聞きたいとか? まさか、暗いから一緒に寝てほしいとか!? って、それは無いか。んじゃ、誰だ? 泥棒か? 

 

 寝返りを打つふりをして体の向きを変え、そっと薄目を開ける。暫くするとギィとドアが開いた音がして、何かがそっと入ってくる。おいおい、入ってきちゃったよ!?


 布団の中で身構えながら、様子を窺う。やっと暗闇に慣れた目でなんとか見えたシルエットは立花さん──ではなくもっと小さいナニか。……なんだ、アレ?



 と、タイミング良く窓から射し込んだ月明りがサッとソレを照らすと、正体が明らかになった。





 ──信じられない事に、ソイツはクマのぬいぐるみだった──。

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