第14話 ソイツは何の冗談だ?
部屋を照らした月明りがまた衰え、暗闇へと戻る
だが、
「……え~と、どちら様で、しょうか?」
仕方がないので、体を起こしながらぬいぐるみに声を掛ける。
それにしても、まさかこの異世界にあの有名なハチミツ大好きクマさんが居るとは、さすがはファンタジーの世界だな。アイツのお友達はトラとロバとブタかな。
なんて思っていると、クマのぬいぐるみは、その柔らかそうな短い足をポテリと一歩前に出した。
「──私は女神、女神セレスティア。この世界を統べる女神……」
「め、女神様!?」
思わぬ人物(?)の登場に、俺は寝ていたベッドを飛び降りると、言い知れぬ強迫観念に駆られるままに土下座した。
この世界の女神がぬいぐるみとは、予想すらしてなかったぜ。
「ふふっ、己の身の程を弁えているなんて、とても偉いですわ」
そんな気持ちを知ってか知らずか、ご機嫌な口調でポテポテと俺に近づいてくるクマのぬいぐるみ、もとい女神セレスティア様。全く姿を見せなかった女神が、なぜ今になって現れたんだ?!
「さて、従者エイジよ。私がこうして其方の前に現れた理由はただ一つ。私の使者である勇者イオリと共に魔王討伐へと赴き、勇者を魔王の下に導くのです! そして共に魔王討伐を果たしなさい!」
「……は?」
思わず顔を上げそうになる。
このクマ、いや女神様はいきなり何を言ってんだ? 俺の事を散々放っておきながら、いきなり「果たしなさい!」なんて言われても納得出来やしないし、そいつは虫が良すぎやしませんかね?
「な、何を仰っているのか、良く分からないのですが……?」
「ふむ? 分かりやすく伝えているつもりですが、それでも理解出来ないとは。従者エイジはあまり聡明ではないようですね」
……ムカっ。
いや、言っている言葉は理解出来んだよ。内容が納得いかないって言ってんの!
「……あの、女神様」
「何か?」
「……俺は、小さな頃から勇者になりたかったんです。物語の勇者ってやつに。だから、勝手に異世界に連れて来られて森の中に放り出されても、勇者だからと我慢しましたよ。なのに、自分は勇者じゃないって言われた挙句、どこぞの女子高生の面倒を見なさい、なんて、都合が良過ぎはしませんかね?」
言った。言ってやった。
だが後悔しちゃいない。立花さんの面倒を見るなんて面倒くさい事を言わずに、俺にその勇者の役目を任せてくれればいいじゃないか!
「……」
だが、訪れたのは沈黙だった。
はて? 俺の言葉は聞こえていたはずだが? まさか、理解出来ていないとか? このクマさんもあまり聡明ではないようだな。
すると不意に、俺の後頭部にポテっと柔らかいモノが乗せられる。
この感触からするに、セレスティア様が綿の詰まった黄色い御身足を乗っけたようだが、しかしなぜそんな事を?
「……私の選定に、文句があると?」
セレスティア様が冷たい口調で言った途端、頭上でブワリと圧力が膨らむ!
ソイツが暴力的に部屋を駆け巡り、部屋の調度品が狂った様に飛び舞った!
おい、 ちょっとした抗議とお願いしただけじゃねぇか! それでコレかよっ!
「い、いえ滅相もございません! ただ、どうしてあの女子高生、いえ、あの女の子なのでしょうか? 魔王討伐というのなら、力のある男の方が適任のはずなのではと、愚考した次第です!」
怒りを鎮めさせる為、矢継ぎ早に謝る。
ジェンダーが叫ばれている昨今、いまどき男女差別なんざ時代遅れどころか大炎上不可避なのは重々承知だが、ここはSNSはおろかネットも無い異世界。なので問題になる心配は無い!
っていうか、普通に考えて魔王討伐なんて危険な任務、より男の方が向いていると思うんですけどっ!?
すると、暴れまわっていた圧が収まり、次いで後頭部にあった柔らかな感触も離れていく。
「……ふむ、確かに其方の言うように、魔王討伐は
「でしたら──」
「ですが、それを乗り越えるのもまた勇者の役目。そして私は、あの娘が乗り越えると信じていますわ。だって私の選んだ勇者なのですから!」
理由らしき理由を述べず、力強く宣言する女神。その声は自信が溢れていた。
どうやら考えを改めるつもりは無さそうだ。まったく、気の利かない女神様め。
「──では、なぜ自分が彼女の──勇者の従者に選ばれたのでしょうか? その理由をお聞きしても?」
甚だ不本意ではあるが、女神様の心変わりを早々に諦めた俺は、気になっていた事を訊ねる。そう、なぜ俺なのだろうか?
こう言っちゃなんだが、前の世界の俺に女神のお眼鏡にかなう様な特別な力なんてモンは無い。せいぜい、新入社員の歓迎会で披露した営業部長のモノマネが褒められたくらいだ。
すると、女神の発する雰囲気が優しいものに変わっていく。
なんだよ、こんな空気も出せんじゃん!とは間違っても言わない。俺は空気を読める大人なのだ。決してこのクマちゃんが怖いわけではない。
「それは、あの娘がこの世界に対して“無知”だからです」
「……無知?」
「えぇ。あの娘はこの世界──其方たちの世界でいう、異世界ファンタジーや空想世界といった類の文化を、全く知らないのです」
「全く、知らない……?」
女神様の口から出た答えは、俺の予想の斜め上過ぎる回答だった。
おいおい、なんでわざわざそんな子を勇者として異世界に連れてくるかね! しかも青春真っ盛りの女子高生だぞ!? えげつないことすんなよ。
……まさかこれって、失敗した女神の尻拭い案件ってやつか? もしかしてこのセレスティアって女神は、かの有名なダ女神っ!?
まぁそれはともかくとして、女神様が何を言いたいのか意図が読めん。
「それが一体?」
「そこで其方です。異世界ファンタジーに聡い其方の力をもって、是非とも私の勇者イオリの力添えをお願いしたく」
「聡い、ですかね」
苦笑いする。
自分自身、聡いかどうかは別として、確かに異世界の知識という点ならそれなりに自信はある。
小学生の時に図書室で読んだ児童向けの小説で、初めてファンタジーに触れた時からこれまで、それこそラノベからアニメ、映画に至るまで色々な作品を観てきた。
もっと知識深い人も世の中には居るだろうが、俺だって負けず劣らずのファンタジー馬鹿という自負もある。その事が女神のお眼鏡にかなったというのなら、素直に喜んでおこう。
「えぇ、間違いなく。それは、この世界に来てからの行動で自ら示しておりました」
「見ていた?」
「はい。本来ならこの世界に召喚する際、私自らご挨拶に向かうのが通例。ですが其方にはそれを致しませんでした。……何故だかお解りですね?」
「……試験、ってことですか?」
「ご明察の通り。そして其方は見事に試験を突破した。その知識を使って。さすがでした」
俺を称賛する女神。
だが、俺に喜びは無い。
当たり前だ。あんな真っ暗な森の中にポツンと置いた理由が、立花さんの従者が務まるかどうかを知る為の試験だと抜かしやがるとは。よくそんな事を平然と言えんな、この女神は! おかげでこちとら死ぬところだったけどな!
「……しわ寄せ、ですか?」
かなりムカついたのか、気付いた時には口から出ていた。
『コイツ、ダ女神なんじゃね?』と思った時点で、俺の中にあった意味不明な強迫観念も薄れていた。
だが、いくらダ女神とはいえ、とんでもない力を持っているのは変わらない。さっき吹き暴れた”力”を身をもって知った。もし怒らせてしまえば、幾ら俺が必要だとしても、容易く殺すだろう。一度口から出てしまった言葉ではあるが、謝罪しておいた方が良いか?
「申し訳──」
言い掛けた時、ポスっと再び後頭部に柔らかな重さを感じた。ヤバい、
「──分かりました。ならば此度の首尾次第で、従者エイジを次の勇者とすることを約束しても構いません」
「──マジ!?」
だが、頭上から届いた言葉は俺の意に反するものだった。おい、今何て言った!? 次の勇者を俺にって言ったか!?
「そ、それは本当ですかっ!?」
「えぇ、本当です。ここに女神の
「そ、それは何年後ですか!?」
「そうですね、おそらくは五十年後くらいかと」
「ごご、五十年!? それではさすがに歳を取り過ぎでは?!」
今が二十三歳だから、五十年後ならば七十三歳だ。
生きてはいるだろうが、さすがに戦えねぇだろ! しかもそれは今すぐ魔王を倒したらの話で、実際いつ魔王を倒せるかは判らない。さすがにそいつはお断りだ。
「うふふ、安心しなさい。私はこの世界の理を統べる女神、其方の老いを止めるくらい、造作もありません」
「なんと!」
が、俺の心を汲み取ったか、女神はあっさりと俺の不満を解消してみせる。しかも、これまた斜め上過ぎる解決策でだ。
「では今から、其方の時間を止めますわ」
「だ、大丈夫なのですか、時間を止めても?」
「安心しなさい。安全性はすでに証明されています」
「証明?」
「はい。すでに勇者の時間も止めてあります。この世界において、勇者と其方は歳を取りません」
「そうなんですね……」
そう返して考える。
女神の言う事が本当に出来るのなら、立花さんが魔王を倒して無事に世界を救った後、晴れて憧れの勇者としてこの異世界を楽しむ事が出来る! しかも時間が止まっているのなら、永くこの世界を楽しむ事も可能かもしれない!
スゲーな、さすがは女神! ダ女神なんて言ってゴメンね?
「なので、心置きなく勇者イオリの力添えに従事してください。さすれば──」
「──次の勇者は自分、という事に」
「クックックッ」「ホッホッホッ」と、含み笑う俺と女神。気分はまるで悪代官と越後屋だ。
これはかなりの好条件を引き出したじゃないか!? 現状での『勇者・俺』が叶わなかったのはすんごく残念ではあるが、次の勇者になれるという確約を得たのだ。なら今は、それで良しと受け入れておくとしよう。
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