第28話 村の子供たち ①
「キリが良いので、帰りましょうか」
「はい」
もう自分ちの庭なんじゃないかってくらい悲しいほど慣れ親しんだ森の中、今日も元気に……かどうかは置いとくとして、順調にレベリングに励み、立花さんのレベルが上がったところで、村に帰る事にした。
最後に倒したスライムが落としたドロップアイテムを拾い上げながら、立花さんに帰る事を伝えると、レベルが上がったからなのか、心なし弾んだ声で返事が返ってきた。レベルが上がれば、魔王の下に行く日も近くなる=元の世界に帰れると考えているのだろうな。そんな甘くないのに。まぁ、それに一歩ずつ近づいているのは間違いないのだから、それを指摘するのも野暮ってもんだろう。
一定の満足感の得た立花さんとは逆に、俺の心はここにあらずだった。それもこれもあのぬいぐるみのせいなのだが……。
「ねぇ、何かあった?」
それが立花さんに伝わったのか、珍しく彼女が俺の心配をする。心配してくれるなんて、出会ってから初めてなのでは?
「なんで、ですか?」
「いや、なんかこう、いつもに比べて元気が無い様に見えるからさ」
「そんな事は無いですよ。さ、帰りましょう」
顔に出ていたのか。いかんいかん気を付けないとな。
渇いた笑みを顔に貼り付けながら、帰りを促す。そうして立花さんを先に行かせながら、気付けば昨夜の事を思い出し、気付かれない様に深い溜息を吐き出していた。
さてどうすっかなぁ~。立花さんに知られない様に、ミッションに備えなくてはいけないってのは正直かなり面倒だし、そもそも隠し事って苦手なんだよなぁ。もういっそのこと立花さんを元の世界に戻して、俺が勇者になった方が手っ取り早いんじゃないか?
なんて考えている内に、いつの間にか村を取り囲む柵が見えてきた。ぼおっとしていても村に帰ってこれるなんざ、ほんと庭になってねぇか?
相変わらず不愛想な門衛に帰った事を伝え、門を潜る。見上げた空は、昼間からの晴天をそのまま引き継いだ、雲一つ無い夕焼け空が広がっていた。
「もう遅いので、ドロップアイテムを売るのは明日にしましょうか」
「解った」
今日の戦闘で得た魔石やドロップアイテムは、背負い袋の中に入っている。大した量でも無いし、もう夕方なので明日売れば良いだろう。
宿に向かう途中、砂利道の向こうから麦穂を振り回した子供たちが走り寄ってきた。
「あー、勇者と従者のおじさんだ!」
「おじさんじゃねぇって昨日も言ったじゃねぇか。お兄さんだ、お兄さん」
「うん、解ったよ、お兄さん」
「うんうん、宜しい」
嬉しそうに笑う10歳くらいの男の子の頭にポンと手を乗せ、癖のある茶色い髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でつけた。決しておじさんと呼ばれたからではない。まだお兄さんで通じると信じたい。
「なにすんだよぉ!」と抗議しながら、俺から離れる男の子。「大丈夫~?」とその子を心配する同年代の女の子をはじめ、やいのやいのと騒ぐ子供達。
この村には子供の人数がかなり多い。田舎の村は他にやる事が無いせいか?なんて、下衆い考えが頭に浮かんでくる。
「それで、どこまで冒険に行ってきたの、おじさん!?」
「お約束は理解してんだな、おい!」
ぐしゃぐしゃになった自分の頭を撫でつけながら、目をキラキラとさせて今日あった魔物との戦いの話をせがんでくる男の子。その子の後ろを見れば、男の子たちを中心に、みな同じ目をしていた。
その中の一人がチラリと、少し離れて立つ立花さんを見る。がすぐに視線を逸らしたので振り返ると、立花さんが険しい顔をしていた。
何でそんな顔をするんだろうか? レベルアップした時に、レベルアップおめでとうの歌を歌わなかったのがいけなかったのだろうか? 次にレベルが上がった時に歌ってあげようかしら?
「ねぇねぇ、どこ!? どこ行ったのさ!?」
「おい、服を引っ張んなって!」
服をグイグイと引っ張り、話を催促する子供達を落ち着かせる。ほんと遠慮が無いな。
いつだったか、村の子供達がじっとこちらを見つめているのに気付いた俺は、暇だったというのもあって、そこに居た子供達に森の中であった魔物との戦いの話を聞かせたことがあった。
すると、刺激の少ない田舎だからなのか、それ以来、こうして村へと帰ってくると、俺たちに話をせがむ様になったのだ。村全体で勇者の事を毛嫌いしているのかと思っていたんだが、そうではなかった。
村の子供達は、前の勇者に対する印象が希薄なせいなのか、それとも前の勇者が来たのが子供達の生まれる前だったからなのか、大人と違って俺たちを避けるなんてことは無い。まぁ、宿屋の女の子みたいに警戒する子も中には居るが。そういう子の親は躾が行き届いているのだろう。怪しい人には近づかない。俺も小学生の時に教わったな。イカのお寿司だったか?
だが、こう毎日絡んで来るのは正直勘弁してほしい。ただでさえ、立花さんとギクシャクしてるんだからさぁ。まぁ、子供が冒険に憧れるのは仕方がない事だというのは解るよ。俺だってその口だったしな。
「わかったわかった。その代わりに、またお兄さんたちにこの世界の常識ってやつを教えてくれるか?」
「うん、良いよ!」
元気な返事を返してくる男の子。
以前、話を聞きに来た子供達に、代わりにこの世界の情勢を教えてもらったのだ。幾ら異世界に詳しいとはいえ、この世界に対する世界観も土地勘も無い俺からしてみれば、こうして子供達から得られる情報というのはとても有難い。世の中ギブアンドテイク、ラブアンドピースである。本来なら大人たちから聞きたいのだが、なにせ俺らは、嫌われ者の勇者御一行ですからね!
そんな子供たちの中でも、比較的年長な子から聞いた今までの話を要約すると、まぁこの世界も、他の数多ある異世界ファンタジーの設定同様、剣と魔法の世界だった。そしてこの村は王国の管轄地で、この村は王国領の最南端。
だがその王国は、かなり前に魔王軍に攻められ今は滅んでしまったとのことだ。そしてこの国同様、他の国も魔王によって次々と滅ぼされているらしい。どうやら、人間側はかなり劣勢な様だ。まぁ当然か。そうじゃなければ、勇者なんて召喚しないだろうし。
王国が無くなった現在、じゃあこの村の統治はどうなってんだというと、この村と同じような近隣の町村が集まって、臨時統治で対応しているとの事だった。ほんと世知辛い。まぁ、魔物が居る異世界だしな。
しかし、田舎の子供が良くそんな事を知っているなと訊いたら、なんでも大人たちが言っていたとのことを、そのまま言っているだけらしい。
その話の裏付けようにも、村の大人たちは何も教えちゃくれないが。
そしてこのナバダ村は、比較的気候も安定しているらしく、雨もあまり降らないらしい。「四季が無いのか」って言ったら「シキってなに?」って返ってきたから、この村のある地域は四季が無いのかもしれん。日本人の俺からしてみれば少し寂しいがな。
しかし、雨があまり降らないところに、あんなデカい森が出来るか? 森の中には川もあったから、雨が全く降らないって事は無いんだろうが。遠くに山があるから、雪解け水とかが流れているのかもなぁ。
教えてもらったのはこんなもんで、まだまだ知らない事がたくさんある。さて、じゃあ今日は何を聞こうかな?──と考えたが、もう夕方だったな。
「と思ったが、今日はもう遅いな。また明日、帰って来てから話してやるよ」
「え~!? そんなぁ!?」
癖のある茶色髪の男の子の抗議の声を皮切りに、ぶぅぶぅ文句を言い始める子供達。俺もまだまだこの世界について知りたい事はたくさんあるが、タイムリミットの件であまり寝ていないから今日は早く寝たい。寝不足は、良い仕事の敵だと、有名な豚さんも渋い声で言ってたしな。
「おら、もう暗くなるんだから早く帰れ。しっしっ!」
「えぇ~!」
「お兄さんたちは疲れているんだ。今日はお家に帰んなさい」
「もう! 約束だよ、おじちゃん!」
「お兄さんと呼べたらな!」
ほんと、いい度胸をしてると思う。あれだけ大人たちが忌み嫌っている俺たちにすっかり懐いてしまうのだからな。
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