第27話  タイムリミット



 え? 今このクマさん、何を言いやがったの?



「タイム、リミット……?」

「えぇそうです。それでは……」

「ちょ、ちょっと待ってくれっ!!」



 言いたい事だけ言って、窓から飛び降りおうとしているクマのぬいぐるみことセレスティア様。その柔らかい腕を、で捕まえる!



「なにか?」

「いやいや、『なにか?』じゃないですよっ!」



 振り向き、つぶらな瞳を向けてくるぬいぐるみの両脇に手を差し込んで抱き上げると、こちらを向かせた。



「これは、女神に対してあまりにも──」

「お叱りはあとで幾らでも受けますからっ!」



 何やら文句を言うぬいぐるみ。いやいや、聞き捨てならないことを言ったのは、アンタでしょうが!



 抱きかかえたぬいぐるみを、部屋にある小さなテーブルの上にポスっと置くと、イスを引いて向かい合う様に座る。



「こうも簡単に取り押さえられるとは、私も」

「タイムリミットって何ですか!?」

「あら、説明してなかったかしら?」

「タイムリミットのタの字も聞いてませんね!」



 俺の記憶が間違っていなければ、タイムリミットに関してなんて、何も聞いちゃいねぇよ!



「それで!? タイムリミットというのは何ですか!?」

「そのままの意味ですよ。それとも上手く翻訳されていませんでしたか?」



「私としたことが」とセレスティア様はポテっと自分の頭を叩く。そういうお約束的なのはいいんだよっ!



「ちゃんと翻訳されていますから、こうして聞いているんですよ!」



 謎の一つであった異世界語への翻訳機能は、やはり女神様のお陰だった事が判明したわけだが、今はそんな事を聞いちゃいない!



「そんな事より──」

「──タイムリミットというのは他でもありません。それを過ぎてしまえば後戻りする事は叶わず、全てが水泡に帰すという事です」

「水泡に帰す!? もっと具体的に教えてもらっても宜しいですか!?」

「仕方ありませんわね」



 やれやれと首を振るぬいぐるみ。「お前が説明しなかった事が原因だろうが!」と腹が立つが、ここで責任を追及したところで良い事は一つもないので、なんとか堪える。



「貴方にも理解出来る様に説明するのならば、タイムリミットが過ぎてしまえば、魔王討伐は失敗に終わるということですわ」

「失敗っ!?」

「そうです。タイムリミットが過ぎると、その後どれだけ努力なさろうと、そしてどれだけ強くなろうとどうにもなりません。その時点で、全てが終わります」



 なんだそりゃ、冗談じゃねぇぜクライアントさんよ! 納期があるだなんて聞いちゃいねぇぞ!? そんな大事なこと、もっと早く教えてくれってんだ! ほうれん草は社会人の常識だぞ!



 ……って、待てよ? レベルが上がって魔王よりも強くなれば、討伐は出来るんじゃないか? まぁ時間は掛かるだろうが、そこは女神様お得意の時間停止をお願いすれば良い。そうだよ、そこら辺を上手くやってだな。



「そんな大袈裟な。幾らなんでも、さすがに魔王よりも強くなれば討伐出来ますよね?」

「いえ、それは違います。タイムリミットを超えるとその強くなる機会、例えば魔王討伐に有用な情報や武具や防具、勇者の名声の消失。それに伴う援軍も無くなり、最後には世界情勢が喪失したり崩れたりします。言うなれば、世界の崩壊……。例え最終的に魔王を討伐したとて、そこに救う人々が居なくなったら、それは勝利と呼べるものでしょうか?」

「……」



 世界の崩壊。

 可愛いぬいぐるみから語られた衝撃に、堪らずイスから立ち上がる。世界が無くなっちまったら、俺が勇者になれる世界が無くなっちまうかも知れないって事かよ!



「女神様がそのタイムリミットをどうにかする事は、出来ないのですか!?」

「それは無理です。それが出来る力があるのならば、もとより勇者の召喚なんて致しませんわ」



 そ、それもそうか。自分で何とか出来るのなら、何とかしているか。



「私に出来るのは、タイムリミットが何時来るのかを知る事くらい。それすら、かなりの力を使います」

「そんな!? ならそれを、タイムリミットを回避する方法は無いんですか!?」

「それは、ミッション──といえば解りやすいでしょうか? それをクリアする必要があります」



 すがる様に問うと、ぬいぐるみはすぐに答えてくれた。

 なんだ、あるんじゃねぇか。脅かすなよ。それにしてもミッションってなんだよ。逃走中じゃあるまいし。



「そのミッションとやらをクリアしないと、ダメなんですね?」

「えぇ」

「ちなみに、そのミッションを女神様がどうにかする事は?」

「叶いません」



 ……でしょうね。そんな気がしてましたよ。



「ガッカリしている様ですが、神の力というのは、貴方が思っているほど万能ではありませんわ。それとも、貴方の居た世界の神は、ご自身の手で全てを為さるのですか?」

「……そんな伝承もありますが、どうでしょうね……」



 確かにクマ女神様の言う事は最もだ。全て神の力で為せるのなら、自分でやった方が手っ取り早い。



「それで、そのミッションと言うのはどういったものがあるのでしょうか?」

「色々です」

「色々って……」



 そりゃミッションっていう位だから色々あるだろうさ。逃走中にも色々な種類があったしな。ったく、それを聞いているのに、使えない女神様だぜ。



「ただ、今回のミッションに関して、何時というのは判りませんが場所は判明しています」

「なんですって!?」



 おいおい知っているんかい! こいつは人が悪い。まぁ、人じゃねぇんだが。

 そいつを早く言ってくれれば、無駄な憎まれ口を叩かなくて済んだものを。



「それで、今回のミッションの場所は!?」

「今回は、……どうやらこの村に訪れる脅威の排除、ですね」

「この村に訪れる脅威、ですか」



 脅威、か。

 異世界の田舎の村に訪れる脅威といえば、恐らく魔物に襲われるとかそういうのだろう。なら何とかなりそうだ。頭を使う系の奴だったらちょっと、いやかなり無理ゲーだったかもしれない。立花さんもああ見えて天然な所もあるからな。

 よし、この村を守るか。ならなるべく村から離れない様にしないとな。



「タイムリミットまでに、その脅威を排除出来れば」

「ミッションクリア。魔王の討伐に一歩近づくと。そしてそれは其方との約束を果たす事にも繋がります」



 解ってるって女神様。皆まで言わなくてもよ!



「解りました、女神様。タイムリミットまでに、ミッションクリアしてみせましょう!」

「頼みましたよ、勇者の従者エイジよ」



 机の上からポンと飛び降りると、ポムポムと開いている窓へと歩いていく女神様。そしてそのままジャンプして窓枠に飛び乗ると、今度こそ用事は果たしたとばかりに身を乗り出す。



「それと、解っていると思いますが、くれぐれも、このことは他言無用でお願いしますわ」



 そう言って、一つも躊躇う素振りを見せずにシュタっと外に飛び出していった。



「言えるわけ、ねぇよ……。」



 ただでさえ暴走気味な勇者様に、そんな事伝えてみろ。村人の胸倉を片っ端から掴み上げて魔王の居場所を聞き出した挙句、今度は俺が胸倉掴まれて魔王の下に一直線だっての。




 ──当たらずとも遠からずな未来予知。その笑えない現実に、思わず身を震わせた。

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