第22話 初めての戦い
一日で一番明るい昼の陽射しに照らされて、外からは明るく見えていた森ではあったが、一歩中に入れば、生い茂る木々の枝葉で陽の光が遮られ、暗く薄気味悪さが漂っていた。
そんな中、あの猟師も使っているのだろう森の奥へと伸びる獣道を、立花さんを伴って先を進んでいく。
時たま振り返っては立花さんの様子を窺うが、特に怖がっている感じは無さそうだ。それにしても、太ももがあんなに出てるけど、虫に刺されたりしないんだろうか? この世界に蚊がいるのかは知らんけど。
「どしたの?」
「いや、立花さんって
「はぁ、なんで?」
こっちをポカンと見る立花さん。そこで止めておけば良いものを、立花さんの反応で焦った俺は、さらに泥沼を深くする。
「いや、見た目は清楚系なのに、言葉遣いとか男慣れしてそうな感じがしたので。スカートだって、俺が高校生だった時よりも短くなってるし」
なんて言った途端、ササッと素早い動きでスカートを下へと引っ張り、太ももを隠そうとする立花さん。
そして、まるで痴漢でも見る様な目つきで、「は、何それ?」と詰め寄ってくると、「うっ!?」と
「良い? ギャルってのはね、見た目じゃないの。心なの、心。判る?」
「こ、心?」
「そう、心。心っていうのはね、自分自身なの。だからギャルは、自分の個性が大事ってわけ。それが自由。見た目は関係無いの。判った!?」
「は、はい!」
コクコク頷くと、「解ればいいのよ」と離れていく立花さん。
「済みません」と頭を下げ、再び歩き出す。すると後ろから、「雑誌にそう書いてあったんだから……」と小さい呟きが聞こえてきた。なんだよ、雑誌の受け売りかよ。納得して損したぜ。
気を取り直して、森の奥へと向かう。
途中でホーンラビットやビッグラットなどの小動物系の魔物や、スライムなどと出くわすたびに、後ろを歩く立花さんから緊張感が伝わってきたが、お目当てでは無いの無視する様に伝え、さらに進んでいく。
そうしてさらに森の奥へと入り、辺りが一段と暗くなり、空気が少し冷たくなった所で、お目当ての獲物を発見した。
「……居た! 隠れて、立花さん!」
茂る下草に身を隠すと、スカートの裾を気にしながら立花さんが倣う。それを見届けた俺は、もう余計な事を言うまいと心に誓いながら、視線を前方へと移した。
向けた視線の先で、二匹のゴブリンが、お互いに持っているウサギを巡って何やら言い争っている。言葉は解らないが、おそらくお互いの獲物の見せ合いっこでもしているのだろう。「ギィギィ!」「ギャッギャッ!」としか聞こえないが。
「立花さん」
「なに?」
髪ゴムで後ろ髪を縛る立花さんに、視線を前方に向けたまま話しかけると、特に緊張した様子も無い返事が返ってきた。
「あれが今回、立花さんに倒してほしい魔物、ゴブリンです」
「あれがゴブリン?」
その小さな声に抑揚を感じなかった。魔物とはいえ、これから生き物を殺してほしいって頼んでいるのに、そんなに緊張しないものなのか?
と、立花さんは「う~ん」と呻く。お、やっぱり実戦だからやはり緊張して──
「……ちょっと聞きたいんだけど、あの人達って、この世界の住人じゃないの?」
──ん?
「……まぁ、住人っていう括りなら間違ってはいないと思いますが」
「だったらさ、あの人達に危害を加えたら、警察とかに捕まっちゃうんじゃないの?」
「……それどころか、感謝されると思いますよ」
「本当~? 私、逮捕とか絶対嫌なんだけど」
「……逮捕とかはされないかな」
「ほんとに? ほんとのほんとに? どこかの部族同士の争いって事は無いんだよね? 関与しても問題無いんだよね?」
「……争いと言えば争いだろうけど、まぁ関与したところでなんの問題も無いですね」
……何を言ってるんだ、この子?
と思ったが、もしかすると魔物もモンスターも知らない立花さんは、ゴブリンを現地人と捉えているんだな。小さいとは言え見た目は人間に近いし、言葉も発している様に見えるし。
「じゃあ、あの緑の小人をやっつければ、レベルが上がって魔王を倒せる──そして私は元の世界に戻れるという事ね?」
「そうですね、それで間違いありません。でも、無理は禁物です。まずは背後に回って──」
なんてやり取りをしていたら、ゴブリンが騒ぐのを止め、鼻をクンクンと動かし始めた。そして俺たちの居る茂みを睨みつけてギャッギャと騒ぎ出す。やばっ、見つかったか! 出来れば奇襲を掛けたかったんだが!
チッと軽く舌打ちする。
俺自身、レベルが1でもゴブリン如きに後れを取る事は無いが、立花さんには少し荷が重いかも知れない。教えてくれた各ステータス値はレベル1の割には高かったから負けはしないだろうけど、それでも初戦だ。何が起こるか判らない。ならばこそ安全策を取りたかったんだが、こうなっちゃ仕方ない、俺一人でやるか!
「見つかったみたいだから行きます! 立花さんはこのまま隠れていて!」
鞘からショートソードを抜き放ち、茂みから飛び出てゴブリンへと向かって行きながら、隠れている立花さんに指示を出す。
「ギャガァギャ!」
「ガギャッ!」
飛び出した俺を見て、二匹のゴブリンは持っていたウサギを放り捨てると、腰に差していたぼろっちいナイフを取り出して、迎え撃つ様に腰を落とす。
「おらぁ!」
「ギャアギャ!」
気合と共に、右側に居た顔に傷のあるゴブリンの頭目掛け、ショートソードを振り下ろす!
が、簡単にナイフで受け止められた。
「ゲギャッ!」
「くっ!?」
と、そこにもう一匹のゴブリンが突き出してきたナイフを、体を捻ってなんとか躱す!
そして、ショートソードを勢いよく前に押し込んで、何とか距離を作った。
「ふ~」
一息吐く。
その間も、ジリジリと近寄ってくるゴブリンたち。その顔に浮かんでいるのは笑み。「良い獲物が来たぜ!」「全くだ!」なんて思ってやがるのか?
思った以上に使い易いショートソードをまっすぐ構え、傷の無いゴブリンに突っ込む!
「はぁ!」
「ギャア!」
「ガギャ!」
傷無しゴブリンに向け剣を薙ぐ!
それをナイフで受け止めたゴブリンの背後から傷有りゴブリンがヌッと現れ、またもやナイフを突き出してきた! ハンッ! その動きは読んでたぜ!
スッと体の向きを変え、難なく避ける。
が、ナイフを突き出してきた傷有りゴブリンは、そのまま俺へと突っ込んで来やがった!
「ちっ!?」
予想外の行動に少し焦ったが、これも何とか躱すと、突っ込んできた傷有りゴブリンがギョッとした顔を浮かべる。舐めんな、余裕だっつーのっ!
が、あろう事か突っ込んできたソイツはそれだけに終わらず、避けた俺のズボンを掴んできやがった!
「──ちょ!?」
引き付けられ、身体がよろめく。
そこに、傷無しゴブリンが黄色い唾を撒き散らしながら、ナイフを振り下ろしてきた!
「ゲギャアァ!」
「おいおいっ!」
咄嗟にショートソードを振り上げる!
ギィン!と甲高い金属音に顔をしかめながら、踏ん張る。しかし、体勢が悪くググッと押されていった。このままじゃマズい。
「──ふっ!」
「ガギャ!?」
ショートソードの力を一瞬抜く。と、厭らしい笑みを浮かべていた傷無しゴブリンの体が前のめりになった。今だっ!
「おらぁ!」
つんのめってきた傷無しゴブリンの顔面を、ショートソードの柄でぶっ叩いた!
「ブギッ!?」
不細工な声を上げ、顔を押さえるゴブリンの隙を突いて距離を取る。と、傷有りゴブリンが心配そうに傷無しゴブリンに近付いていった。
「ゲギャ?」
「ギャギャ!」
顔を押さえていた手を退け、傷有りゴブリンに顔を見せる傷無しゴブリンと首を振る傷有りゴブリン。どうやら、まともなダメージは与えていないみたいだ。チッ、結構良い手応えだったんだけどな。あれでまともなダメージすら与えられないのか。やっぱりレベル1だとかなりキツい!
だが、どうする? 神をも騙すペテン師を解除するか?
いやいや、そんな事をして俺の強さが立花さんにバレたら、
なら魔法か? ……いや、立花さんは魔法をまだ知らないはずだ。そんな彼女に魔法を見せたりしてみろ。「そんな力があるのなら、私の代わりに──」なんて話になったらもっと面倒だ。
「ギュぺッ!」
「ギュガ!」
鼻を
そもそも、相手が二匹だから苦戦してるのだ。なら、立花さんも──
チラリと背後の草陰に目を向ける。
本当なら一緒に戦ってもらいたいが、無理をさせて怪我でもしたら大変だし、それがトラウマにでもなって、この世界を嫌いにでもなられたらシャレにならん! でも力を解放するのもダメだし……。あれ? この状況ってかなり詰んでね?
なんて考えていた俺の耳に、横から鈴の様な声が聞こえた。
「──私も戦う!」
──立花さんだった。隠れていた草むらからいつ出たんだ? いやそんな事より!
「立花さん! 無茶だ!」
「大丈夫。問題無いわ!」
風が
「──え?」
腹から緑の血飛沫を吹き上げ、断末魔すら許されることなく事切れる傷有りゴブリン。その傍らには、抜き身の勇者の剣を持つ立花さんの姿。
「──ギブェッ!?」
それを見て、傷無しゴブリンが焦りと戸惑いの表情を浮かべていた。いや解る、俺だって同じ気持ちだわ。
漠然としか分からなかった立花さんの攻撃。それは明らかにレベル1の動きじゃない。一体どうなってんだ!? しかも一撃って!? いや、ひとまず後回しだ。
「とりあえず、俺も!」
「ギエェッ!?」
事に付いていけず呆然としていた傷無しゴブリンを、袈裟斬りで倒す。
ドサッと倒れた後、いつもの様に黒い煙を上げて消えていく二匹のゴブリン。フゥと軽く息を吐き出しながら立花さんを見ると、剣をインベントリに仕舞っているのだろう、持っていた剣が光の粒子となって消えているところだった。
その表情からは、初めて魔物を倒した喜びも、異世界での初めての実戦を乗り越えた達成感も感じ取れない。しかしその身体は、微かに震えている様に見えた。
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