第16話 勇者の育成、始めました



 女神との思わぬ邂逅を果たした翌日、宿屋の一階で朝食を済ませた俺は、立花さんを伴って教会前の広場にやってきた。


 ちなみに、俺の部屋に残されたクマのぬいぐるみは、翌朝には居なくなっていた。心配して探したが見つからず、諦めて朝食へと向かう際に立花さんの部屋を訪れた時、チラっと見えたベッドの上にソイツはちょこんと置かれていた。どうやってそこまで行ったのかは知らないが、どうやら彼女愛用の物らしい。ぬいぐるみなんて可愛らしい所もあるもんだ。まだ高校生だもんな。




 穏やかな朝日が照らす教会前広場は村のメイン通りなのか、くわを肩に担ぎ足早に歩く男性や、キャベツみたいな野菜がたくさん入ったカゴを脇に抱えてどこかに向かっていく女性など、みんな朝から忙しそうに歩いて行く。

 そうした朝特有の喧騒けんそうから切り離された俺たちが珍しいのかわずらわしいのか、村人たちからの無遠慮な視線にさらされて、若干どころかかなり居心地が悪い。

 俺だって少し前まで立派な社畜だったから、忙しい朝にゆっくりしているヤツを見ると腹が立つ事くらい解るが、もう少しオブラートに──



「どしたの、御供さん?」

「あぁ、済みません。ちょっと考え事をしてました」



 いかんいかん、今はそんな事どうでも良い。



「それでですね」

「は、はいっ!」


 

 ソワソワと、どこか落ち着きのない立花さんへと向き直る。



「昨日の話なんですけど、自分で良ければお手伝いしようかと思いまして──」



 従者として共に魔王討伐に向かう事を告げると、それを聞いた彼女は安堵した様に息を吐き、頭を下げた。



「ワガママを聞いてもらって、本当に有難うございます!」



 うぅ、感謝の言葉が心を抉ってきやがる。

 裏で女神様と契約しているなんて、間違っても言えないぜ。



「いえ、そんな大袈裟な。それでですね、立花さんのお願いを聞くにあたりひとつ確認したいのですが」

「いいよ! なんでも聞いて!」



 頭を上げた立花さんが、ずいっと顔を近づける。だ、だから近いって!



「じ、自分が立花さんと一緒に魔王討伐に向かうとして、立花さんに色々とアドバイスすると思います。しかし、自分は立花さんよりも弱い。それでもアドバイスを聞いてもらえますか?」

「勿論だよ! むしろこっちがお願いしている立場なんだから、遠慮なく指導してよ!」

「解りました。立花さんの従者として魔王討伐のサポートしていきますので、宜しくお願いします」

「うん! 宜しく!」



 嬉しさを隠さない立花さんが俺の両手を掴んでブンブン振り、ニコパっと笑う。

 その視線から逃れる様に顔を背けると、手を離しコホンと一つ咳払いする。



「で、ではまず、立花さんは異世界と聞いて何を思いますか?」

「異世界、ですか?」



 う~んと、人差し指を口に持っていって考える立花さん。



「……私たちが居た世界とは違うんだろうなぁってだけで、特には何も思わないかなぁ」

「そ、そうですか……」



 マジか。



「なんです?」

「いえ、なんでも。異世界というのはですね、ひと言で表すのなら剣と魔法の世界です」

「剣と魔法の、世界?」

「はい。色々な武器や防具を身に着けて強くなったり、魔法やスキルを覚えて強くなったりと、自分の力で世界を旅していく。そういう世界です」

「ふ~ん」

「そして異世界には、立花さんが倒さなくちゃいけない魔王を筆頭に、魔族や魔物、魔獣という、人に害を与える存在が居ます」

「へぇ~」



 ……ほんとに解ってんのか、この子。

 湧き上がる不安に押しつぶされそうになるが、ブンブンと頭を振って無理やり追い出す。



「なので、結構危険があぶないデシ!……じゃなかった、結構危ない世界なんです。ですので、自分がしっかりと立花さんのサポートをしていきます。……と言っても、サポートって何をすれば良いんですかね? まぁ、解らない事や知っていてほしい知識とかは都度教えますけど。──そうだ、何か聞きたい事とかありますか?」

「聞きたい事?」

「はい。立花さんはこういう世界、俗にいう異世界という文化を知りませんよね。なので、この世界に来て色々と疑問に思った事も多いと思います。自分は多少ですがこういう世界に詳しいですから、何か質問があればそれに答えようかと思いまして」

「質問かぁ……」



 長い睫毛の目を伏せて考える立花さん。

 が、すぐに視線を上げると、



「……魔王って悪い人なの?」

「悪い人、ですか……」



「う~ん」と、言葉に悩む。


 異世界において、魔王というのは大概が悪い存在だ。が、物語によっては一概に完全悪とも言えない存在でもある。その部分の線引きは難しい。


 しかし女神様が、「人々を救ってほしい」と勇者として立花さんを呼んだところを考慮すると、少なくとも魔王がこの世界の人間に対し害なす存在なのは明らかだろう。



「人々が困る様な事をしているという点では、悪い存在ですね」

「そうなんだ」



 腕を組んでウンウン頷いた彼女は、言葉を続けた。



「じゃあさ、国同士が協力して、警察や軍隊を派遣して倒せば良いんじゃないかなって思うんだけど?」



 うーん、尤もな意見だな。



「……確かに、立花さんの考えは解ります。ですがこの世界に、自分たちの居た世界でいう国連の様な組織があるかどうかも解りません。それに『魔王を倒すのは勇者』というのは、こういうファンタジー世界の常識なんですよ」

「……常識……」



 そうなの、常識なのよ。



「え~と、そもそも勇者ってなんなんです?」

「……勇者、ですか」

「そう。私はその”勇者”として無理やりこの世界に連れてこられたんだけど、実際その勇者というものが今一つ解らないのよね。普段の生活で勇者なんて言葉、使わないしさ」



 たしかに、普段の生活で勇者なんて単語は使わない。ファンタジーに疎い女子高生なら当然の質問といえる。

 うむ、良かろう。この俺様が、勇者とは何ぞやというのを教えてしんぜよう!



「分かりました。では不肖ながら自分が、勇者とは何なのか説明しましょう!」

「おぉ~!」

「まず勇者というのはですね、ファンタジー世界では主人公枠の──」



 と、俺の中にある“勇者像”を、時には冷静に、時には熱を籠めて説明していく。



「……──つまり勇者というのは、目の前にある悪に敢然と立ち向かい、弱気を救い、決して折れない。そういう存在なんです!」



 そう、勇者とは尊い存在なのだ!

 だというのに、最近の作品では、勇者がまるで弱者の様に扱われている作品もある。挙句、あろう事か悪役の様に扱われている物まである始末! 

 けしからん! 実にけしからん! 断じて許せん! 

 勇者はすべからく勇者であるべきなのだ! アイツらは、勇者をかたるニセモノだ!



 拳を握り込む。心地の良い達成感に包まれ、気持ちの良い汗が頬を流れていく。

 素晴らしい、素晴らしい過ぎる説明プレゼンだった。俺の知る勇者達も、満足そうにウンウン頷いているに違いない。


 また一人、勇者信者を増やしてしまったなとちらりと立花さんを見ると、うら若き女子高生が、まるで二日酔いのおっさんみたいにどんよりとした視線を浮かべていた。

 が、すぐに俺の視線に気付くと、まるで赤べこよろしく首をコクコクと動かす。



「う、うん、なんとなく解った、かな……」

「そうですか。まぁ、取り合えず簡単な説明でしたしね」

「か、簡単だったんだ……」

「他に何か聞きたい事はありますか?」

「ううん、大丈夫!」



 両手を前に勢いよく突き出し、ブンブンと首を振る立花さん。少し疲れた顔をしているのは気のせいだろう、うん。



「でもさ、なら私なんかより、御供さんの方がよっぽど勇者じゃんね?」

「……どうしてです?」

「だって、困っている私を助けてくれたじゃん」



 俯き、ギュッと制服のスカートを握り込む彼女。その姿に、小さな痛みが走る。

 ──いや、問題無いだろ。立花さんのフォローするのは俺の為だ。だから立花さんも気にせず、もっとドライに考えてくれ。



「……そんな事はありませんよ。他に質問はありますか?」

「いや、無いかな」

「そうですか、では次に、立花さんのステータス画面を見せてもらえますか?」

「すてー、たす画面? それは何?」

「……はい?」



 立花さんが首を傾げる。

 おいマジか。ステータス画面という言葉を知らないとは。確かにファンタジーの知識に疎いとは言っていたが、まさかここからとは。


 しょうがなく、俺は自分のステータス画面を見せる。しかもセレスティア様の約束通り、レベルや各ステータスをちゃんとやつだ。



 昨日、セレスティア様の話が終わった後、【取得可能スキル】の中に隠蔽や隠密スキルを探してみたのだがやはり無かった。

 なので異世界を識る者ディープダイバーで創る事となったのだが、どうせならと、以前読んだラノベにあったチート級の隠蔽スキルを真似て創ってみた。

 そして出来たのが、その名も【神をも騙すペテン師(トリックスター)】という、大層な名前が付いたスキル。


 

 その名の通り神すらも騙せるのかは不明だが、この神をも騙すペテン師トリックスター、なんと自分のレベルやステータスを自分の思いのままに改竄かいざん出来るスキルだった。 このスキルを使えば、やろうと思えば実際の強さが変わらないまま、各ステータスなどの見た目の数値を下げる事が出来る。

 だが、改竄出来るだけで実際には強くならない。しかし弱くは出来たから、まぁ要望通りのスキルだと言えよう。

 あのクマ女神から強さを隠せと言われて造ったスキルだから致し方ないのだが、あまり使い勝手のないスキルになっちまったな。異世界を識る者の最後の一回だったのに、ほんと勿体無い……。

 それにしても、異世界を識る者ディープダイバーで創ったスキルは、なぜこんなにも厨二病を拗らせた、パンチの効いた名前になるのだろうか? 異世界を識る者自体にも、ディープダイバーなんて名前付いてるし。



 そうして俺のステータス画面を見ながら色々と説明し、最後にステータス画面の出し方を教えた。と言っても強く念じる様に伝えただけだが。


 すると、ピシリとヒビが入る音と共に現れる半透明の画面。随分と簡単に出たな、おい。女神補正でも掛かっているのか。まぁいいや。いちいち気にすまい。



「上手くいきましたね、良かった。では見せてください」

「い、嫌!」



 だが立花さんは、俺から避けるかの様に身を翻し、見せるのを嫌がった。

 なんだ、3サイズでも載っているとでも思ったのか? そんなの無ぇよ。有ったら見るけど。



「嫌って。それを見なきゃ、立花さんのサポートすら出来ません。ですので」

「……はぁ」



 だが、見せてもらわなきゃ魔王討伐どころか、そのサポートすら出来ないと伝えると、溜息交じり、しぶしぶといった感じで見せてくれた。

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