第17話 ギャル勇者のステータス
立花さんが嫌々ながら見せてくれたステータス画面には、俺と同じくレベルやジョブ、STRやDEXもちゃんと記されていた。それらの数値はまだ低く、しかもレベルはたったの1。
レベル1で魔王を倒す。……数多あるRPGでも、そんなの聞いたことねぇよ。有ったらクソゲー確実だ。今の立花さんでは、魔王はおろか悪いスライムですら倒せない。こりゃ、必然的にやる事が決まったな。
「なるほど……。ではまず、立花さんには今から俺と一緒に近くの森に入って、レベル上げをしてもらいます」
「……れべる、あげ?」
立花さんがパードゥン?と小首を傾げる。今日もしっかりと派手メイクがされたその顔には、意味が解らないという意図がありありと見て取れた。
が、その顔から徐々に可愛らしさが消えていくと、見るからに不機嫌そうな表情を浮かべ、
「……確か私、一日も早く魔王を討伐したいって言いましたよね? それを御供さんは、承諾したと思うんですが?」
「そうですね、確かに」
「なら──」
「──先ほど見せてもらった立花さんのステータスに、レベルというのが載っていたのを見ましたね?」
「……はい?」
「レベルというのは、平たく言えば自分の強さを示すバロメーターみたいな物なのですが、そのレベルが立花さんは最低値の1でした。そんな立花さんが魔王の下に向かった所で、確実に倒せない。いや、はっきり言います。そこに辿り着く前に確実に死にます」
「レベルとやらが低くても、私は結構強いと思うんだけど?」
「それでも無理です」
抗議の色を含んだ視線を投げてくる立花さん。
まさかと思うが、俺が来たからってすぐに魔王討伐出来ると思っていたわけじゃないよな? それに強いって……。どこからそんな自信が来るんだ? あー、確か部活で剣道をやっているとか言ってたっけ。
武道の嗜みは無いが、剣道三倍段なんて言葉を聞いたことがある。確か剣道は空手や柔道に比べると優位だとかなんとかだっけか。多分リーチの差がそう言われる所以なんだろうけど、幾ら剣道部だとはいえ、部活の領域を出ないだろ。それで実戦なんてとんだ笑い種だな。
……──ん、あれ、待てよ? 剣道部の女子高生……? どこかで聞いた気がするな……? 剣道部と女子高生なんてありふれた二つの単語のはずなのに、妙に引っ掛かる。なんでだ?
「う~ん、なんだったか?」
「……なに、どうかした?」
「いえ、何でもないです」
少し考えたが、なぜ引っ掛かったのかは分からなかった。まぁ思い出せなかったって事は、そんなに重要な事じゃないんだろう。その内にでも思い出すかな。
「それより、こう言っちゃなんですが、異世界なんて滅多に、というか絶対に来れない場所なんです。だからレベル上げしたり冒険したり、それが無理なら旅行だと思って楽しまないと損ですよ? それに立花さんは勇者。この世界で一番恵まれている職業なんです。この村の反応はちょっとアレですけど、本来なら尊敬も名声も称賛も、全てが得られる立場なんです。異世界を楽しむには、最高なんですよ?」
異世界に対する心構えを踏まえ、自分たちの置かれた状況がいかにレアな事なのかを伝える。セレスティア様の約束事その二、この異世界えお好きになってもらう為だ。
ってか、前の世界に、『お願いだから、異世界に行かせてくれ!』って願っている猛者が何人居るか知ってる?
が、立花さんは顔から表情を消すと、横に小さく首を振った。
「私はそんな気分になれない。一日も早く元の世界に戻りたい。ただそれだけ」
「なんでそんなに早く帰りたいんですか?」
「……言いたくない」
そう言ったきり、ふいっとこちらに背を向けた。なんだよ、その態度。だったら俺と代わってくれ。
……いやいや、焦るな俺! すでに女神様の確約は取れたじゃないか。今は焦らず、しっかりと立花さんのサポートに徹するんだ。
って、そういやあの
もしそうなら、俺の事をどう聞いたのか立花さんの口から直接聞かないと、この先
ただでさえ信頼関係が大事だというのに、一つの齟齬でつまらない誤解を与えちゃ、やる事も出来やしない。ここはちゃんと、辻褄を合わせよう。女神様と話した事を話せれば一番手っ取り早いのだが、内緒にして欲しいって言ってたし。ったく、面倒くさいが、女神様と話した内容を、立花さんの口から確かめておくか。
「あの、立花さん──」
「何ですか?」
「そんなに怒らないでください。質問があるのですが、いいですか?」
「……一体なによ」
くるりとこちらを向いた立花さんは、スッと背筋を伸ばす。
そうして、立花さんに女神様から俺の事をどう伝えられたのか聞いてみたが、
しかし、『貴女にわたくしから、素敵な従者を用意しました。安心してください、村の者ではなく、貴女と世界を同じくする者です。その者の力を借りて、是非魔王の討伐を!』というのは、ちょっと大げさだな。俺だって、ただ異世界に詳しいってだけで特別な力なんて無いのによ。
立花さんの話で一通りの辻褄は合わせたが、こりゃ本当に、異世界の常識を一から教え込む必要が有るって事になる。思った以上に苦労するかもしれない。時間、足りるかな……。
「なるほど、立花さんの事情は分かりました」
「なら──」
「──だとしても、今すぐ魔王討伐は無理です」
「ちょっと?!」
「落ち着いてください。解らないので仕方ないのですが、魔王ってのはそう簡単に倒せる相手じゃないんです。そんな簡単に倒せるのなら、わざわざ違う世界から勇者を招いたりはしないでしょう?」
「でも!」
「急がば回れという言葉もある。急いては事を仕損じるとい言葉もね。急いでいる事は分かったけど、失敗したら元も子もありません。自分は君よりこういう世界に関しては詳しいつもりです。決して悪い様にはしない。だから納得してほしい。いいですね?」
「……分かったわよ」
不承不承といった感じで頷いた彼女。可哀そうではあるが、無理だと判っているのにワガママを聞く気は無い。
ただ、納得していない立花さんが、素直に俺の意見を聞いてくれるとも思えないんだよなぁ。だからといって、幾らなんでもレベル1の人間を、ほいほい魔王の下へと向かわせる訳にはいかないし。
それに、女神様は特に言及していなかったが、立花さんを魔王の下に送り届ける事が出来なかった場合、俺を勇者にするという話も立ち消えになる可能性だってある。
どうすっかなぁ、……そうだ!
「ですが、立花さんとて簡単には納得できないでしょうから、こうしましょうか。今から行く森の中で実際に戦闘してみて、自分が大丈夫だと判断したら魔王討伐の前倒しを検討する。それでどうですか?」
「本当!?」
下げつつあった顔が、面白いほどに跳ね上がる。凛としてしっかりしている様で、やはり女子高生なんだなと、思わず微笑んでしまう。
「……なんか気持ち悪い」
胡乱な目を向けてくる立花さん。そんなつもりは全く無いのだが、そんな気持ち悪い顔していたか? 女子高生にそんな事言われると、ちょっと凹むな。まぁ良いけど。
空気を変える様にコホンと一つ咳払いすると、クルリと立花さんに背を向ける。
「じゃあ、行きますか」
「え、どこに行くの?」
「この村に万屋があるらしいですから、まずはそこで装備を整えましょう」
良い装備を整えて魔物を倒し、レベルを上げる。それこそかの有名なロトの勇者から連綿と続く王道である!
「……装備?」
がしかし、立花さんは首を捻って俺を見る。あれ? 装備って一般常識の言葉じゃないのか? 普通の人はあまり使わない言葉なのかな?
「あ~、装備というのはですね、剣道で言うところの竹刀や防具、面の事です。この先戦闘をするうえで、必ず必要になる物ですよ」
「なるほど。それが有れば魔王を倒せるって事ね」
初期の村の装備で倒される魔王。嫌過ぎる……。
「ま、まぁそんなとこです。では行きましょうか」
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