第53話 二十歳②(最終話)

 各々が話しているうちに、式の開始時刻まであとわずかとなった。教会の者の通達により、オルバート様とライシャ様以外は礼拝堂へ移動する。


 参列席は、多くの人によって占められている。と言うのも、この結婚式はただ夫婦の誕生を祝うための場ではないからだ。参列席の前方では、サンダスフィー王国の王族代表としてグリック殿下が座る他、イルナティリスからも代表としてツーヴィア公爵が腰を下ろしている。ライシャ様が願った未来へ向けて、この結婚式は人類と魔族の新たな時代の象徴となる。あの人が別の方法で作ろうとした未来は、オルバート様たちが引き継いでいる。イルナティリスで新たな人生を送り始めたあの人は、この話を聞いてどう思っただろうか。今、あの人は幸せに笑えているだろうか。夢が現実になる瞬間を、あの人は明るい気持ちで見届けてくれているだろうか。


 参列者の中には、当然旦那様と奥様もいる。十歳のウィスティア様は、ライシャ様の後ろを歩くベールボーイの役割のための準備に入っているだろう。俺とユーリルはあくまで使用人なので、座るのは参列席の一番後ろだ。心地好い騒がしさがある中、並んで席に着いた。程無くして牧師が聖壇の奥に立ち、誰も彼もが口を閉じる。


 ――オルガンの音色は、静まり返った空気をそっと揺らした。


 まず、オルバート様が一人で入場する。強い光を湛えた双眸は真っ直ぐに前を見詰め、すらりと長い足はバージンロードを堂々と進んでいく。牧師の前にたどり着くと、振り返って愛しの君を待ち望む。

 今度は、ライシャ様が姿を現した。その美しい顔はベールで覆い隠し、ウィスティア様と共にゆっくりと前に歩いていく。長くも短くも感じる時間を掛けて、花嫁は花婿の隣に立った。


 そういえば、と俺は懐かしいことを思う。幼い頃のオルバート様は、弱い体を強い心で必死に動かしているような人だった。決して少なくない頻度で熱を出しては寝込み、心配させまいとベッドでじっと休んでいた。大人の顔色を読み、時折子供らしからぬ気遣いで我慢をしていた。

 しかし、時が経つにつれてその姿は変わった。優しさと正義感はそのままに、素直な心で自由に生きるようになった。自然に笑い、泣き、怒ることができる、今の立派な姿に成長した。言うまでもなく、ライシャ様がいたからだ。ライシャ様と手を繋ぎ、オルバート様は今日まで生きてきた。そして、二人はこれから先もずっと一緒にいる。


 いよいよ、誓いの言葉だ。


「あなたたちは互いを一生で唯一の伴侶とし、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」


 牧師の問いかけに、オルバート様とライシャ様は、誓います、と静かな声で答えた。短いが、嘘も偽りも無い、心を捧げた誓いだ。牧師は頷き、誓いのキスを、と促した。


 オルバート様は、ライシャ様のベールをそっと上げた。ようやく合った目に、二人は照れたような、泣きそうな笑顔をこぼす。ライシャ、とオルバート様は呼んだ。


「愛してる。今まで、一緒に生きてきてくれてありがとう。この先も、ずっと隣にいてほしい」


 突然の告白に、ライシャ様は虚を突かれたようだった。オルバート様の言葉を徐々に理解したのだろう、少しの間の後、大粒の涙を流し始める。宝石のような水滴は、ライシャ様の頬をきらきらと彩った。そして、幸せそうに笑う。


「私も、オルバートを愛してる。これからもよろしくね」


 二人は、そっと口付けをした。永遠の愛を証明するための、厳かで純情な儀式。二人の未来は、この瞬間、確かに約束された。


 ふと、俺は頬を伝う温かい何かに気づいた。瞬きをすれば、ぼろぼろと溢れて止まらない。視界が溺れたところで、隣から差し出されたハンカチが目元に押し当てられた。振り向くと、今にも泣きそうな顔をしたユーリルがいる。しかし、一年前とは違う。今の表情には、夢のような現実への歓喜が内包されている。ユーリルも、同じだ。俺と同じで、オルバート様とライシャ様の幸せをずっと願ってきた。俺とユーリルは、この日のためにずっと力を尽くしていた。それが今日、この瞬間、やっと確かな形になった。


 二十歳、春。ステンドグラスから、柔らかな日光が差し込んでいる。オルガンから、祝福の音色が生まれている。目の前に広がるのは、幼い俺が望んだ理想。この世界の俺たちは、幸福な未来を手に入れた。



この世界のあなたに祝福の花束を 完

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