第33話 十八歳⑧
俺が先頭に立ち、店のドアを開けてはオルバート様たちが来ていないか尋ねていく。林檎飴を四本も持っているせいで、店員からは奇異の目を向けられる始末だ。そこで、四軒回った頃には林檎飴の処分が優先された。一人でベンチに座るよう示すもサイオン様が強く勧めるので、俺もその隣に腰かけさせてもらい、林檎飴をバキバキとかじり始めた。
「な、舐めないの?」
「三つ食べるには時間が掛かりすぎますので……。お気になさらず、ゆっくりとお召し上がりください」
サイオン様はお腹が空いていないと言うので、俺は余分に二つも食べなくてはいけない。とは言え、前世振りの林檎飴はおいしいので文句無しだ。昼食を食べたのは出かける前だったから空腹だし、甘味が苦手というわけでもない。春の気温で溶けかけた飴を舌でさらいながら、柔らかい実を削っていく。置いていかれたという現実は少々辛いが、埋め合わせとしては悪くない。
今日は快晴だ。空には雲一つ無く、ぽかぽかとした陽気が体を温めてくれる。オルバート様とライシャ様は、今頃グリック殿下と仲良く喋っているだろうか。サイオン様はグリック殿下に申告してきたそうだが、戻りが遅いのを心配されていないだろうか。ユーリルは近衛騎士にいじめられていないだろうか。尤も、ユーリルはやられたら本気でやり返しそうだが。
「リュードは……その、友人はいる?」
「いえ、おりませんが……?」
唐突な一言に、俺の思考は一瞬停止した。また、つい答えてしまった事実に我ながら苦い思いを覚えた。たとえ使用人でも、友人の一人や二人はいるものではないだろうか。無論、俺にいない理由は至極単純だが。暗殺者にも、人並みの幸福を望む権利はあると思う。仕事で人を殺すのであり、道楽ではない。ただ、俺はそうできないというだけ。
なら、とサイオン様は上目遣いで俺を見た。
「――僕と友人になってくれないかな……?」
「えっ」
「あ、だ、駄目だよね」
「あっ、いえ!」
驚いた。何を言っているのかと、サイオン様をまじまじと見てしまった。あまりに予想外でしたので、と弁明すれば、そっか、と落ちていた眉尻が少し上がる。
「あの、なぜでしょうか?私は平民で使用人です。とてもではありませんが、サイオン様の友人になるには……」
そこから先は、言葉が続かなかった。俺は表立って自身を卑下することはしたくないし、申し出ているサイオン様を侮辱していると受け取られかねない。察してください、と言わんばかりに俺が黙り込むと、サイオン様は困った様子で小首をかしげた。
「僕は身分は気にしないよ、リュードにそんなことを言ったら、オルバートが本当に怒るだろうし」
「……」
「ツヴァイン侯爵令嬢とユーリルみたいな、気兼ねなく話せる友人関係を築きたいんだ。だ、駄目かな……?」
「……いえ。私でよろしいのでしたら、よろしくお願いします」
「本当!?」
ぱぁ、とサイオン様は顔を輝かせた。ありがとう、とこの日一番の笑顔で俺の左手を握る。食べ終わった林檎飴の串を持っているので少々危ない。俺は若干の気後れを覚えつつ、サイオン様に微笑み返した。
失礼ながら、俺が友人を決意したのには下心がある。と言うのも、サイオン様にはオルバート様とグリック殿下の潤滑油の役割を担ってもらいたいからだ。立場はグリック殿下寄りで構わないが、今後二人の間に軋轢が生まれてしまった際、関係を修復するために一働きしてもらうつもりだ。なお、オルバート様側には俺が立つ。俺はオルバート様の行動を、サイオン様はグリック殿下の行動を誘導し、間違ってもお互いを傷つけても構わないとは思わないよう良好な仲を保たせる。
ただし、俺の目論見はもう一つある。それは、サイオン様自身の行動を把握しておくことだ。物語に倣うなら、サイオン様はグリック殿下とヒロインを繋ぐ役割を負っている。ヒロインがまだ登場していない今、その能力がライシャ様に発揮されないとも限らない。また、ヒロインが登場した後、サイオン様にはグリック殿下の気持ちをヒロインに傾かせてほしい。最優先はオルバート様の魔王化の阻止だが、次いで重要なのがオルバート様とグリック殿下を決別させないことだ。グリック殿下の恋愛模様については、俺よりも長年の友人であるサイオン様のほうが御しやすいだろう。弄ぶようで申し訳無いが、背に腹は代えられない。
リュードが以前言っていたけれど、とサイオン様は切り出した。俺が首をかしげると、どこか嬉しそうに続ける。
「改めて、僕も学生の一人として学院生活を楽しもうと思ったんだ。グリックにも相談したら、まずは友人を作るといい、と言われて……」
だったらなおさら他の貴族子女のほうがいいんじゃ、と俺は思った。しかしそれはサイオン様もすでに考えたことらしく、おこぼれ目当てかもしれない、という不安を抱いてしまったと言う。確かに、サイオン様はグリック殿下の友人であると同時に、その家格はさほど高くない。サイオン様を利用してグリック殿下に近づき、その後サイオン様を蹴落とそうと企てる輩がいないとは限らないだろう。その点、俺は絶対的にオルバート様の味方であるから立場が明瞭だ。弁解とも言える説明を聞いてしまえば、なるほど、サイオン様も難しい事情を持っている。
「――リュードは、学院生活を楽しんでいる?」
一瞬、俺は言葉に詰まった。もう一人の自分に、役目を忘れていないか、と詰問された気がした。
「……はい。……オルバート様が楽しくいらっしゃるなら、私も楽しいですから。そろそろ、捜索を再開してもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。友人になったんだから、そこまでへりくだらなくて大丈夫だよ。オルバートにするみたいに接してほしいな」
「分かりました。では、行きましょう」
オルバート様たちはあっさりと見つかった。俺とサイオン様があまりに遅いということで、来た道を引き返してくれていたそうだ。近衛騎士たちの視線は厳しいが、どこか安心している様子もあった。俺はともかく、サイオン様に何かあればそれなりの処分を下される危険があるからだろう。最初からやらなければいいのに、と俺が思ったのは言うまでもない。
ユーリルに耳を寄せると、問題は起きなかったとの報告を受けた。グリック殿下はライシャ様を誘い出すようなことはせず、オルバート様も含めた三人で健全に遊んでいたようだ。誠実、とはグリック殿下のような人を指すのだろう。
新学期は四月中旬から始まる。いよいよ、この世界で物語が始まる時間だ。ヒロインが現れれば、グリック殿下は新たな恋をする。山場は三年生の春にある野外研修だ。ここで俺がヒロインの動きを制御できたなら、グリック殿下がオルバート様を害する危険性はぐっと下がる。俺はオルバート様を守り通し、この世界をハッピーエンドで終わらせてみせる。大丈夫、俺は自分の使命を忘れていない。
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