第26話 十八歳①

 十八歳、冬。夏休みが明けてたった二ヶ月間の学業は滞りなく、今日は十二月中旬、すなわちとっくに冬休みだ。この季節は近所同士での集まりが主な行事なので、夏のように日替わりで予定が組まれているわけではない。ヴァルド学院の学生のうちには、帰省する者もいれば足元の悪さを疎んで寮に留まる者もいる。オルバート様とライシャ様は前者だ。より南に位置する王都のほうが暖かいので、雪が降らないうちに王都のギアシュヴィール公爵邸へと帰った。ただし、現在の居場所はサンダスフィー王国ではない。


 鉄道の駅を出ると、見知った二人が自動車数台と使用人を従えて待機しているのが見つかった。俺とユーリルは大きな旅行鞄を肩に提げ、オルバート様とライシャ様は手を繋いでそちらに歩み寄る。なお、最後尾には残りの荷物を持った騎士たちが続く。他国の貴族を訪ねる旅行となれば、着替えに加えて手土産の類いもそれなりの量だ。帰りは帰りでお土産を持ち帰るだろうから、重いほうの荷物運びをしている騎士の人たちには同情を禁じえない。雪がちらちらと舞う中、荷車を押して石畳を歩くのは酷だろう。


 待ち人のもとまでたどり着くと、ライシャ様は親しさを込めてそれぞれと抱き合った。


「ルツィアもペティカも久しぶり!お招きありがとう。今日からよろしくね」

「久しぶり。寒い時期で申し訳無いけれど、気に入ってもらえると嬉しいわ」

「ギアシュヴィール公爵令息も、来てくれてありがとう。歓迎するわ」

「ありがとう。よろしく頼む」


 ツーヴィア公爵令嬢は、相変わらず白い布で目元を隠している。ただしその唇は上品に弧を描いているので、招待に応じたこちらを歓迎している気持ちはきちんと表現されていた。一方、ツヴァイン侯爵令嬢は珍しく髪を下ろしている。長さは肩に付くくらいなので、学院で会っていたときよりも幼い容貌だ。完全なプライベートだから気を緩めているのか、単に寒いから首を守りたいのか。デザインは異なるが二人共真っ白なコートを着ているので、お金持ちの姉妹という印象を感じる。


 今日から二月中旬までの約二ヶ月間、オルバート様とライシャ様はイルナティリスで過ごす。と言うのも、秋が深まった頃、ライシャ様のもとにパーティーの招待状が続々と届き始めたからだ。表向きは友好的な交流をしたがっている文面ばかりだが、実質的には親王派と労務派の下心が大半だ。なお、それらは次の三つに分類される。

 一つ目は、グリック殿下を引っ込め、ギアシュヴィール公爵家と円満な関係を築きたい親王派。

 二つ目は、ギアシュヴィール公爵家の娘としてライシャ様をグリック殿下と婚約させ、ギアシュヴィール公爵家を自陣営の中枢に引き込みたい親王派。

 三つ目は、ファイアン公爵家の娘としてライシャ様をグリック殿下と婚約させ、自陣営の再起を実現したい労務派。

 ライシャ様の対外的なイメージは、ギアシュヴィール公爵家の箱入り娘だ。婚約者の実家の庇護を最大限に受け、婚約者からも真綿に包んで大切にされている少女。それゆえ、本人と一対一で会いさえすれば簡単に手籠めにできると考えている老貴族が少なからずいる。

 学院に届けられた招待状に目を通したライシャ様は、己へと向けられている思惑に感づいた。そして、この状況に助力を申し出たのがツーヴィア公爵令嬢とツヴァイン侯爵令嬢だ。おかげさまで、ライシャ様は旅行を理由にパーティーの誘いを断ることができた。


 ツーヴィア公爵邸は、雪国に映えるレンガ造りの城だった。複数の棟から成り、ほとんどが二階以上の高さにある回廊で繋がっている。


「玄関が二階にあるんだね」

「真冬は一階が雪で埋まってしまうの」

「そんなに積もるの!?」


 へぇ、とライシャ様は辺りをきょろきょろと見回した。オルバート様も驚いた様子で、凹凸が顕著な階段を慎重に上っていく。俺はその後ろを付いていく傍ら、久方振りの雪景色に期待してしまいそうだ。サンダスフィー王国にも冬はあるが、降雪量がとても少ない。特に王都では朝に薄く積もるだけで、あっという間に溶けてしまう。せっかくイルナティリスに来たからには、宿泊料代わりに雪かきを手伝おう。あわよくば雪だるまを作りたい。王都には無い遊びだから、オルバート様もライシャ様も興味を示すだろう。


 屋内はじんわりと暖かい。各々がほっと息を吐くと同時に、玄関ホールで待機していた人々が一礼した。


「ギアシュヴィール公爵令息、ファイアン公爵令嬢、お越しくださりありがとうございます」


 中央でそう挨拶したのは、ツーヴィア公爵令嬢の父君であるツーヴィア公爵だ。娘と同じ色の髪は豊かに伸び、うなじの右側で緩く束ねられている。その虹彩は淡い桃色をしているが、父娘でお揃いなのかどうかは分からない。雪山での暮らしに耐えるためか、がっしりとしたその体格はますます威圧感を演出している。家格は同等であるしこちらは子供だからそう畏まらないでほしいとオルバート様が伝えるや否や、ぱっと破顔して豪快に頷いた。

 一通りの挨拶を終えると、オルバート様たちはようやく防寒具を脱いだ。ツーヴィア公爵は仕事があると言うので、ツーヴィア公爵令嬢とツヴァイン侯爵令嬢が邸内を案内してくれることになった。

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