第11話 十七歳②

 魔獣たちの引率は、校舎前までだ。学院長の話によれば、学生の邪魔をしないよう学院側と魔獣側で約束しているらしい。それゆえ、校舎の外壁にへばり付く魔獣はいても室内に入り込む者はいない。運動場などの屋外はグレーゾーンで、授業の妨害をしない限りは黙認されている。


 警備の関係か、高位な貴族子女ほど王族と同じクラスに割り振られるのが常だと言う。よって、オルバート様とライシャ様はグリック殿下と同じ教室だ。尤も、一部の必須科目がこのクラスごとに行われるだけで、ほとんどは授業の度に各々がそれぞれの教室へと移動するのだが。とにかく、この三人は同じ空間にいることがほとんどだ。


 教室に入ると、すでに友人と喋っていたライシャ様がこちらに気づいて笑った。四人で構成されたその輪の中には、さらっとユーリルも馴染んでいる。他の二人を目にした瞬間、グリック殿下はわずかに息を呑んだ。


「おはよう。みんなで来たんだね」


 ライシャ様の挨拶に、全員が同じ言葉を返したり軽く頭を下げたりした。オルバート様に至っては、見ているこちらが照れるほどの甘い微笑を湛えている。ライシャ様がギアシュヴィール公爵邸に来て以来、オルバート様の幸福度は下がることを知らないようだ。二人が穏やかに寄り添っている姿を見る度、守らなくては、と俺は大志を新たにする。


「紹介するね。こちらはイルナティリスからいらっしゃった、ルツィア・ツーヴィア公爵令嬢」

「サンダスフィー王国第二王子殿下、ギアシュヴィール公爵令息にご挨拶申し上げます、ルツィア・ツーヴィアと申します」


 ルツィア・ツーヴィアは、一言で言えば不思議な雰囲気をまとう人だった。緩い三つ編みで一束にまとめた髪は白銀色、目元には覆い隠すように白色の布。魔族の国家であるイルナティリス出身と紹介された通り、その耳は前世で言うエルフみたく尖っている。視覚をどのように得ているのか気になるところだ。占い師のようでもあり花嫁のようでもあり、俺の前世の感覚に頼れば、真っ青な髪を持つウィスティア様を優に超えてファンタジーだと思う。同時に、おっとりとしたその性格はライシャ様と馬が合うだろうとも感じる。現に、微笑み合う二人の間に、人類と魔族という種の隔たりは全く認められない。


「こちらはルツィアの侍女をしている、ペティカ・ツヴァイン侯爵息女」

「ペティカ・ツヴァインと申します。ルツィア様とはいとこでして、専属侍女の立場を拝命しております」


 ペティカ・ツヴァインはツーヴィア公爵令嬢とどことなく似ている。シニヨンにまとめた白銀の髪に、特徴的な耳。ただし顔は隠しておらず、髪と同色のまつげの下から空色の瞳がこちらを見ている。いかにも仕事ができる女性といった風体だが、その体躯はツーヴィア公爵令嬢と同じく小柄だ。身長が一六〇センチ強あるライシャ様、一七〇センチ近いユーリルと並んでいると、二人よりも一つか二つ年下に見える。また、色彩のコントラストが強い。


「丁寧にありがとう。私はサンダスフィー王国第二王子、グリック・ルフローズだ。ここでは学友として、気軽にファーストネームで呼んでもらって構わない」

「オルバート・ギアシュヴィールです。ライシャ共々、ぜひ友人になっていただければと思います」

「サイオン・ウォルベルと申します。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」

「ありがとう。皆さん、私のこともお好きに呼んでくださいな」

「私も同様にお願いします」


 一通りの自己紹介を済ませ、これで全員が少なくとも知人になった。なお、使用している言語は大陸の公用語だ。これだけは父さんから熱心に叩き込まれたので、ギアシュヴィール公爵家での教育のおかげもあり俺も話せる。


 ふと、ツーヴィア公爵令嬢はなぜか俺を右手で示した。当然、オルバート様の後方に全員の視線が集まる。俺の心臓がどきりと脈打ったのを知ってか知らずか、何てこともない風でその静かな声色は続けた。


「こちらの方は?」

「リュード・トークルだ。俺の侍従兼護衛をしている」

「と言うと、ユーリルの先輩ね。ぜひ、私たちとも仲良くしてくださいな」

「いえ、こちらこそ……」

「俺からも頼みたい。色々と抱え込むところがあるので、良ければ気にかけてやってほしい」

「えっ」

「もちろん。ねぇ、ペティカ?」

「ええ」


 話題の中心であるはずの俺を置き去りに、オルバート様は二人と気安い口約束をしてしまった。一方の俺は全くもって解せない。確かに、俺は何も抱え込んでいないとは言えないものの、だからと言ってオルバート様が心配するようなほどでもない。俺の学力不足から前世の記憶までの全ては、あくまで俺自身の問題であり、オルバート様が心を砕くことでは絶対にない。まさか、俺はこれまでそれほど弱い姿を見せてしまっていたのだろうか。オルバート様が知り合ってすぐの誰かに頼らなくてはいけないほど、俺は無理をしているように見えるのだろうか。だとすると、俺は今からでもその態度を改めなくてはいけない。現在はオルバート様と同室での寮生活だから難易度は高いが、オルバート様がライシャ様との幸せに夢中になってしまえるよう、俺は今一度心構えを改めなくてはいけない。将来オルバート様が確定した未来に踏み込んだとき、俺への関心は必要ない。寂しいが、最初から決めていることだ。オルバート様の母君を見殺しにした罪を、俺は決して忘れない。

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