お片付けの準備

「え? ……」


「羽衣は、売り物じゃないのよ!」


 ナオは不満そうに、見返す。読み取った、ロッティーは叱った。


「羽衣と言ったら、空を飛ぶの一択じゃん。なのに、着ても、飛べないし。引き換えた方が、利益が大きい」


「あんた、説明を聞いていなかった訳?」


「私は、彼女を推薦すると決めているから」


 ナオの心の声が、ダダ漏れだった。ロッティーがあきれる。ナオの答えに、黒ウサギは何とも言えない顔をした。


「羽衣で包んであげた方が、うさちゃんが安心するわよ」


「あっ!」


 ロッティーに指摘される。ナオは気づいて、見おろす。いまだに、白ウサギは涙目だ。忘れていたことを、済まなく思う。


 境界の番人に、ナオは願う。預けてある羽衣を、返してくれるように。一瞬にして、手元に現れた。


 紙のように、薄くて軽い。赤みがかった、白の光沢のある生地。一部を掴んで、縦に振る。広がって判る、羽織、と。昔話に載る、帯状の物ではない。着物だ。


 ナオは、ロッティーの手を借りる。右手は袖を通す。左は肩に掛ける。前の見頃に付いている紐で結んでもらった。


「お前……」


 口元を手でおおい、男がつぶやく。驚きが声に表れている。探り、見極めようとする、まなざし。好奇心に満ちた表情から、打算が働く顔に変わる。


 ちゃんと、ナオは羽衣を天女に返した。お礼として、新しい羽衣を贈られたのだ。


 ナオは読み取る。男の表情の変化を。羽衣には、もう一つの意味があるのを、彼は知っている。投票する権利だ。神々の主を決める。


「それ、妙な生き物だな」


「チッ! チッ! チッ! 妙な生き物じゃないのよ。闇の主なの」


 口から手を離した、男が言う。ナオは表情をくらます。当のロッティーが答える。


「それって、隠しておくことじゃないんだ」


 指摘するナオと、男の声が重なった。


「アタシは~、侍女~。歌姫を守る~。災厄を呑んで~、助けます~」


「ハハッ!」


 跳ねて、一回転。繰り返しながら、ロッティーは歌う。男は笑う。ナオは脱力。音痴と初めて知った。あんなに、一緒にいるのに。


「あわわわ~。誰か、止めて~」


「よしっ! 俺が積み直す!!」


「ダメよ」


 回り続ける黒ウサギの頭を掴んで、男が伝える。ロッティーが否定した。


「責任を取らせろよ、コラ」


「あんたじゃ、体の強度が足りないわ」


 汚名を返上したいと、男は食い下がる。向いていないと、ロッティーが告げた。


「……。領域の力を使うのか」


「後始末の方が、大変よ」


 男は苦い顔で、気づいたことを声に出す。ロッティーのなぐさめに、嫌そうな顔をした。


「そういえば、腕を失うことに、拒否をしないのね」


「運がこちらにあることを、示したいからね」


 思い出して、ロッティーが訊く。ナオは微笑む。脳裏に浮かべる、声の主たちを。根にあるのは、嫉妬だ。代償を支払ったと聞けば、溜飲を下げて引き下がるだろう。

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