第一八話「丸投げ」
ともかく直人は箱に貼られた送り状を地味に確認することにした……
送り主は実に千差万別である……名前も住所もバラバラであり、筆跡も見た感じは大きく異なっている。
しかし一つだけ共通していることがあった。
全ての段ボールは一度デュランダル本社に届けられており、そこを経由して兄妹の自宅へと転送されていたのである。
一つの段ボールに貼られた送り状は合計二つ。
上に貼られた桐生家行きの送り状を剥がすと、真下にはデュランダル本社行きの送り状が出てくるのだ。
……まさか! みんなそうなのか!?
直人は送り状同士が破けない様に、真上に貼られた送り状を慎重に剥がして行った。
結果は……全く持って例外は無かった……
……くっ!
直人は思わず怒りを覚え歯を食い縛った。
デュランダル……奴等は箱の中身を知っていて、あえて俺達の自宅にこのカミソリレターの山を送り付けたのだろうか!?
時刻はまだ夜中の九時半だ! まだ大丈夫だろう……
奴等は飯よりも他の何よりも仕事を愛する社畜どもだ。
直人はレンの携帯に電話をかけた。
プルルルル……プルルルル……
二コール目でレンが出た。
「どうしたんですか? 勇者・桐生直人君。仕事のことならば対応しますが、女性関係のトラブルに関しては御自分の力だけで対応して下さいねっっ!」
……レンは病院での直人と美晴医師の、”同衾目撃事件”以来お冠だった。今でもまだ怒っているのだろうか!?
声が大きかった為に、唯が不審に思い会話に聞き耳を立てている……
「ちょっ……ちょっとレンさん……声が大きいです」
対照的に直人は小声でレンに話しかけた。
「全て自分が蒔いた種が発芽した結果です……“女性問題”という種も、どんなに隠そうとしてもいづれ芽が出て必ず発芽へと至るのですよ! 少しは“女性問題”に関して失敗から学習するべきですね! 勇者・桐生直人君!」
「シッ……、シ――――――――!!」
直人は“女性問題”というワードに対して、完璧なタイミングで声を被せていた……唯にそれを聞かれたが最後、永遠に明日は来ない……
「フフフフフ…………」
受話器の向こう側でレンの冷たい笑い声が聞こえた。
ツンデレなのか!? ヤンデレなのか!? 今はそれだけが問題だ! 直人は思わず頭を抱えた。
「それで……用は何なのですか?」
直人を一通り
「俺の自宅に五四箱にも及ぶ段ボールが届けられたのです」
「大元の送り主はバラバラですが、転送して来たのはデュランダルのヘッドオフィスであることは共通しています」
「それで中身は?」
「全てカミソリの様です」
「……二分待って下さい」
その僅か二分の時間が、直人には信じられないくらいに永く感じられた……
何故ならば、直人の背中には唯が背後霊の如くピタリと張り付き、両腕を組み暗黒のオーラを身に纏いながら、直人の返答を今や遅しと待ち構えていたからである。
唯は兄妹の聖域である自宅が悪意あるプレゼントで浸食されていることが我慢できないのだ……直人はいつ唯がブチ切れて、自宅で爆発魔法を起動させるか気が気ではなかった……
「……お待たせしました。カミソリレターに関しては、デュランダル総務部が預かっていた様です。物騒なものなので警察に届けようとしていた様ですが……それがどうやら社長の耳に入り、どうせ魔法が使えないのなら、ヴリルが回復するまで内職でもさせとけ……という話に落ち着いた様ですね」
……話が見えて来ない。
つまりこの五四箱からなる充填されたカミソリで、唯の全身の無駄毛を生涯に渡ってくまなく剃り続けろ! ということだろうか!?
……成程! たまには社長も良いことを考える……等と余裕を持って考えることは、この時の直人にはできなかった……最も後になってからは、妹の毛剃りに関するあれやこれやに関して徹夜で考え抜いた変態の直人だった。
「内職とは具体的には何でしょうか?」
直人が切り出した。
「桐生家の自宅には悪意の詰め合わせであるカミソリレターが送り付けられていることと思います」
「その通りです……」
分かっているなら話が早い。その時の直人はそう思った。
「これらはまとめて渋谷区指定の小物金属の日に捨てようと思います」
背後霊と化した背中の妹が怖くてたまらない直人は即答した。
しかし受話器の向こうでは若干の沈黙があった。
「……社長の指示はそうではないのですよ……勇者・桐生直人君」
「えっ!?」
直人が思わず驚きを声に出す。
「社長の指示はこうです」
「段ボールの中身が本当にカミソリかどうか全箱確認し、送り状に書かれている住所に全箱送りかえせ! デュランダルを舐めるな――!! です……」
「ええ――っ!」
直人は又しても驚きを声に出してしまった……指示がおかしすぎる!
「まずですよ! ”全箱カミソリレターかどうか確認”ですが、その過程で俺が望まないリストカットをする可能性があります……というか大有りですよっ!」
“新人勇者・桐生直人……スライムに負けたことを苦に自殺……”
何てマスコミが大喜びしそうなネタだろうか!
「あ~~それなら……御心配なく……社長がその仕事の為に自宅に医師を待機させるそうです……日にちは三日後の月曜日……名前は…………」
何故だかそこでレンは言い淀んだ。
「医師の名前は“天道美晴!?”」
「美晴――――――――!?」
「ええ……ご察しの通り、彼女は大学病院に出向中のデュランダルの女医で、先日直人君と裸でベッドを共にした……」
「あ――――っ!! ああ――――っ!!」
”裸でベッドを共にした”の所で、直人は完璧なタイミングで大声を被せた……何度でも言おう……唯に聞かれたら命は無いのだ……
「私も何というか……その……不本意ではあるのですが……本っ当に……」
ドンッ!!!
そこで電話越しに何かを殴る様な大きな音が聞こえた。
「レ……レンさん!?」
「その……大丈夫ですか!? 今何か大きな音が聞こえましたけど……」
「ええ……壁にちょっと
「……………………」
何だろうか!?……壁に八つ当たりでもしたのだろうか? やはりあの同衾目撃事件が未だに尾を引いているのだろうか? ところで……俺達のコーディネーター大丈夫かな……やっぱりデュランダルの社員だけあってどこか何かが壊れている様な……うまく言えないけど……直人は一抹の不安を隠せなかった。
「壁にただ穴が空いただけです……気にしないでください……ええ……大丈夫ですよ……あはははははは……」
その笑い方はどこか渇いており直人の不安は逆に増長した……
「とにかく仕方が無いのですよ! これは社長命令です。直人君も腹を括って下さい……」
「は……はあ……そうなのですね……」
数秒後、今度は受話器越しに“ドゴオ――――ッ”という凄まじい音が聞こえた。
「…………………………」
直人は今度は敢えて突っ込むのを止めることにした。
その代わりにしばしの沈黙を返す…………
「そっ……それでレンさん。確認ですが、箱の中身を全て確認したら、大元の送り主に箱毎送り返せばいいんですよね?」
「え……ええ……そうなりますね」
……それならばいい気味だ……たとえ一箱でも送り付けた本人に悪意を送り返すことができれば……カミソリレターを貰った人間の気持ちが痛い程分る筈だ……
ドグシャアアアアアアアアアア!!!!
そこで突然にもレンからの電話は予告も無く切れたのだった……
何だ!? 受話器の向こうで一体何が起こったんだ!?
多分、色々とキレてしまったに違いない……
しっ……しかしだ!
自分は今、自分自身の身を、何よりも心配をすべきなのだ!
あのっ……あの変態鉄板S女! ……である美晴医師がこの自宅にやって来るだと!?
もし唯に同衾のことがばれたら……唯からは交際する相手は付き合う前に自分に必ず報告しろと言われているのだ……
加えてもし妹に変態M男としての素質を、当の美晴医師に開発されたことがばれたら……兄としての威厳がまるつぶれじゃないか!?
やばい……やばいぞ俺の人生……怪物に殺される前に、既に終わったんじゃないのか???
考えろ! 考えろ――!! 桐生直人――!!
直人は自身の背後に唯のどす黒い怨念の炎を感じつつ、一計を講じた……これ程頭を使って考えることは、学校では卒業するまで絶対無いに違いない……
それにしても……い……妹の圧が強い!
し……死神でもいるんじゃあないのか!? 直人が恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、両腕を組んで仁王立ちをして兄を一直線にガン見する妹の姿があった……全身からは当然の様にどす黒い紅蓮のオーラが立ち昇っている……妹が兄の不貞を察知した時は決まってこうなるのだ……無論一触即発の危険極まりない兆候である……
「説明して、兄さん!」
沈黙を打ち破り妹が兄を問い質した。
「分った、まずは落ち着いてくれ、唯」
「私はいたって落ち着いているわ! ええ、落ち着いていますとも、それよりも兄さん……」
「さっきから兄さん、変な汗を大量にかいているけれど……一体どうしたのかしらね?」
「だっ……大丈夫だ、唯」
「それから、電話中にやけに大きな声を出した時があったけど……私に何か聞かれたら困ることでもあったの? どうなの??? 答えて! 兄さん!!」
唯のルビー色の眼光が鋭く発光し、直人の両目を完全に射抜いていた……まるでレーザービームで脳天を貫かれている様な気分だ……まるで生きた心地がしない……
唯には美晴医師とのことは言っていない……いまさら同衾のことを話す訳にはいかない……直人は腹を括り、嘘を貫くことを決めた。
それにしても、これが女の勘という奴だろうか!? 我が妹ながら、何という末恐ろしい一三歳だ!
しかし、ここで動じてはいけない……
悪いことこそ堂々とやらなければならないのだ……何故ならばもしコソコソと悪いことをしたら確実に怪しまれるのが落ちだ……そしてどんなとんでもない嘘でもばれるまでは決して分からないのである……
直人は学校関係者が聞いたら卒倒しそうなことを腹の中で堂々と考えていた……
一計を講じた後で、直人は変な汗をかきつつ死ぬ程考え抜いた”プロジェクトM”を決行することを決めたのである。
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