第一七話「妹の毛」

 勇者への贈り物は段ボール箱一杯に充填されたカミソリの刃だった。

 ……どこの誰かは知らないが、俺の髭の伸び具合を心配してくれたに違いない……スライム戦でカメラ目線を繰り返したのは無駄ではなかったのだ……等と余裕綽綽でジョークをぶちかますことは今の直人にはできなかった……

 念の為リビングに運び込まれた箱の中から数箱をランダムに選んで確認する。

 いずれも! いずれも!! いずれも!!!

 充填されていたのはカミソリの刃以外の何物でも無かった……年末のお歳暮には絶対に貰いたくはないカミソリの刃の詰め合わせである……尚、箱の中身はカミソリの刃だけだったり、カミソリの刃の中に呪いの手紙が混ざっていたり(同じことを三人の人に三日以内にしないとカミソリの刃を喉に詰まらせて死ぬという寒い内容)、そして精巧なゴキブリのおもちゃが入っていたり等とバラエティーに富んでいる……しかしながら意図する所は悪い意味で皆が皆同じ筈だ……

 つまり直人がプレゼントされたのは、ラブレターの対極である殺意と悪意の詰め合わせの代名詞として誉れ高い、世に言う“カミソリレター”だったのだ! 

 ……これだけあれば自分の髭はおそか、妹の身体にこれから生えるであろう、ありとあらゆる種類の毛を生涯に渡って剃り続けることができるに違いない……それに関して思わずリアルに想像してしまい、この期に及んでちょっと興奮して身震いした変態の直人だった。

 勇者を卒業したら妹専属の床屋さんになるのも悪くはないな……この職業に就いた場合、妹の全身のムダ毛を生涯に渡って剃り続けることが可能だ……直人は勇者引退後の就職先を、妹には黙ってこの時密かに決めたのである……

 それはともかく、直人は震える手で段ボールを注意深く確認した。

 いずれの箱も元の送り状の上に、デュランダルを送り主とする送り状が新たに添付されている……デュランダルは本社に送り付けられたこれらの箱を、桐生家に向けて転送したに過ぎないということだろうか?

 試しに真上に添付された送り状を引っぺがし、大元の送り状を確認する。

「成程!」

 言葉が思わず口を付いて出る。

 そこには直人が予想していた通りのことが起きていた……

 送り状にはまともな感じの漂う日本の住所と……やっている行為はともかくとして……まともな感じのする日本人の名前が書かれていたのだ。

 《鈴木三郎》とか《田中義男》とか《佐藤高志》とかいった感じのまともな名前である。

 ……恐らく犯人は、どこぞに住んでいるリアルな名前と住所を勝手に拝借して使ったに違いない……この場合、送り主の住所を辿って訪ねたとしても、決して何も出ては来ないだろう……

 

 直人は心が寒くなるのを感じていた。

 これは、自分の顔が見えないのを良いことに行う誹謗中傷、世間という不特定多数の人間による特定の個人を狙い撃ちにした虐めという奴だ。

 自分が与えられた役割を上手くこなせない人、目立ち過ぎる個性、人と同じ様にできない人は、この国ではいつか必ず迫害の対象に合うのだ! この国のありとあらゆる場所で四六時中繰り返されている悪しき悪習である。

 ……直人はその一切合切が当てはまることを思い出し、思わず頭を抱えた。

 寒い! 何という心の寒い国だ!?

 しかしだ!

 これだけ段ボール箱が沢山来ているのだ。

 ひょっとしたらうず高く積まれたカミソリレターの中から、一通くらいはラブレターが紛れ込んでいる可能性も無いとは言えないのだ……

 でもそれをこの悪意のプレゼントの山から探すのは自殺行為の様に思われた。

 ラブレターを掘り当てるには、充填されたカミソリの山を越えて行く必要があるのだ……何回リストカットされるか分ったものでは無い。

 何てことだ!?

 年末恒例の某宝くじを引き当てるより当選確率は少ない様に直人には思われた……

 直人がカミソリレターの山を、渋谷区指定の小物金属の日に捨てよう! 等と現実的に考えている時、彼は自分の背後でメラメラと燃え立つ情念の炎……否、怨念の炎を感じたのだった。

 勿論燃え盛る業火の主は、我が最愛の妹唯だった。

 外見の可愛さとは裏腹に我が妹のモットーは、“売られた喧嘩は売り返す”だったのである……


「兄さん、何だったのこれ?」

「……カミソリレターだな、唯」

「何…………それ!?」

「カミソリレターというのはだな唯……」

 そこで直人は以前スマホで検索したカミソリレターの歴史についてつらつらと語り始めた。

 しかし……そこで唯の待ったが入った。

「止めて、兄さん!」

「私が知りたかったのは、腹黒い人達による腹黒い怨念の歴史に関してなんかじゃないわ!」

「私が知りたいのは、何故こんな不細工極まりない悪意に満ちたゴミの山が、私達の神聖なリビングを専有しているのか!? ということについてよ!」

「……………………」

 調子に乗っていらん知識を披露してしまった直人は、恥ずかしくなって思わず赤面した。

「今すぐ爆破しましょう!」

「ばっ……爆破――――!!」

「私のとっておきの爆発魔法で、段ボールの全てを一瞬で灰に変えるわ!」

「浄化って奴ね♡ フフフフフフフ……」

 唯はそこで可愛らしくウインクをして見せたが、その目は冷ややかで決して笑ってはいなかった……

「というわけで……兄さんはこの不細工なゴミの山を、サイコキネシスで西郷山公園まで運んで!」

「え――――!!」

 ……全く持って考えてもみない提案だった。

 両親の寝室を満杯にして、リビングまで溢れ出した段ボール箱の合計は五四箱! それらを全てサイコキネシスで空中浮遊させて近所の公園まで運ぶ!?

 今は夜中の九時半だぞ! しかも箱の中身は充填されたカミソリの山だ!

 いくら何でも変に思われるだろう!?

 仮に警官に職務質問された場合、一体どんな言い訳をすれば良いのだ!?

 ……妹のありとあらゆる毛を、頭のてっぺんから下半身に至るまで全てくまなく剃り上げたかった! と素直に言えば許してくれるのだろうか!?

 効果の程を実際に試してみたいと思う直人だったが、軽犯罪法のみならず別の案件でも捕まりそうだったので実行するのは止めることにした……

 自宅の渋谷区南平台から渋谷警察署までは、残念ながら目と鼻の先である。渋谷という土地柄、警察が近所を巡回しているのもよく見かける。

 それに余りの変態回答ぶりに警官が引く可能性もある……自分の悪名は学校と職場では“妹を目で視姦する変態兄貴”でまかり通っているのだ……これ以上自分の悪名を拡げる訳には行かない……

 ともかく直人は唯を説得することにした。

「唯、俺も残念だが今のお前は魔法使用は厳禁だ。ヴリルを温存する様に医者から言われているだろう?」

「お前の身体が何よりも心配だ……ここは一つ抑えてくれ……」

 唯は頬っぺたをぷく~~っと膨らませて、しばし腕組みをしながら怒っていたが、直人の最後の言葉に対して恩赦を与えることにした……

「分かったわ! 兄さんの妹の身体が心配だという言葉に免じて今回は許してあげる」

「ありがとう唯!」

 桐生家の家計を握っているのは唯だ……唯に嫌われてはここでは生きていけないのだ……妹の機嫌は我が家では死活問題に繋がるのである……

「でも……このゴミの山は何とかして」

 唯はそう言うとカミソリが充填されているであろう段ボール箱にスリッパで蹴りを入れた。

 唯の前蹴りによって、カミソリ同士が擦れ合いガチャガチャという安っぽい金属音を立てた。

 ……どうしよう……妹があの目で自分を見つめている……家の兄さんなら問題何て問題にもせずに絶対に何とかする! という目だ……

 妹の期待に応えたくないという兄が、果たしてこの世に存在するのだろうか!?

 当然ながら答えは“NO!”だ。

 勿論妹の為ならばたとえ火の中水の中、はたまた妹の全身の毛を剃り上げることさえ厭わない! それが兄貴という奴の本性ではないだろうか!?

 そうだ! その通りだ!! 我ながら明解答だ!!! と直人は思った。

 ……直人の妹への思いはどこか一般的な考え方とは大きくかけ離れていることを、彼は未来永劫認めることはなかった。

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