第一〇話「事後の世界」
……自分が見た世界が現実だったのか? 夢だったのか?
それは定かではない。
直人の意識は美晴医師の性技……ではなく奥義によって地球を突き抜け銀河系の外まで旅をしていたのだ……
頭がボ――――――ッとしている。
直人の意識は今、地球上にある彼の肉体の中に戻っていた。
ゆっくりと瞳を開ける。
一体何だったのだ!?
何が起きたのだ!?
自分の身体は今どうなっているのだ?
切り裂かれた脇腹は……見るのが怖いが……
しかし確認しなければならない……
直人は意を決してに身体を起こそうとした。
立ち上がろうとして、やけに腕が痺れていることに気付く。
腕だって!?
腕何て怪我をしていただろうか? 怪我をしたのは刃で切り裂かれた脇腹だった筈。
それに先程からやけに香水の良い香りがする……
直人は訝り首を傾けた。
「んっ!」
……誰かが自分の腕を枕に真横で添い寝しているぞ!?
その人物は直人に背を向けて、一糸纏わぬ姿で白い肌を露わに晒していた。優美な曲線を描く腰のラインとロングヘア―から女性であることだけは見当が付いた。
そっ……添い寝だって!?
しかも女性だと!?
……しかしまあ……妹であれば安心だ……たぶん一六歳までなら、一緒に風呂に入っても裸で添い寝してもOKだろう……犯罪には程遠い行為だ……
妹に関する直人の一般常識は少し……否、かなり性犯罪的な方向に歪んでいた。
い……妹だって!?
唯は自分より遥かに重症だった筈だ……いくら兄のことが心配とはいえ、裸で添い寝しているのはおかしい……”来る妹は拒まず”……勿論来るならば兄としていつでも裸で歓迎する準備ができてはいるが……直人の頭は未だ混乱の真っ只中にあった。
……確認事項が増えた。
直人は女性に貸していた腕枕を優しく引き抜くと、「1・2・3」と数えたのち、勢いよくベッドから跳ね起きた。
そこで気付いたのだ。
「かっ……身体が軽い」
気を失う前は起き上がることさえできなかった筈だが……やはりあの天地創造に立ち会ったかの様な……接触ヒールの影響か!?
直人は反射的にスライムに切り裂かれた脇腹に手を触れた。
……痛くない!
とっさに病院の検査着をたくし上げ、身体を確認する。
傷口は……完璧に塞がっているどころか、傷跡さえも見当たらなかった。
接触ヒール……そう言えば自分は確か昨晩、女性に乳首を摘ままれて……
直人の中で昨晩の悪夢ともラッキースケベとも取れる記憶が走馬灯の様に蘇って行った……
「ふわあ~~~~~~~~ん、良く寝たわぁ~~~~~~~ん♡」
不意にベッドからやけに艶めかしい色っぽい声が聞こえた。
聞き憶えのある声……
その女性は生まれたままの妖艶な姿で、直人の横で添い寝していた。
乳白色の肌、切れ長の目、思わずキスしたくなる膨らみを帯びたライラックの唇、豊満なバスト、サラサラロングの金髪が腰まで届き、彼女の敏感な部分を奇跡的にしかも完璧にディフェンスしている……神の悪戯なのか!? 許せない!! 直人はその奇跡を呪わずにはいられなかった……
――白衣を脱ぎ捨てた美晴医師の姿がそこにあった。
「ひいっ!」
直人は又もやベッドで仰け反り悲鳴を上げた。
「み……みみみみみ……美晴お姉様――!」
「あら……お早う♡ ナオト君♡」
大人の女性の持つ余裕という奴だろうか!?
美晴医師には全く動じた様子は無く、寝起きの気だるげな表情で下から直人を見つめていた。
直人も真っ直ぐに視線を返す。
……というか顔しか見れない……顔から下は生まれたまんまの姿なのだ……
「もうすっかり元気そうね……直人君♡ 最も今は色んな所が元気そうだけれど……ね」
直人は反射的に下半身を押さえた。
「……昨夜は本当に凄かったわ♡♡♡ 勇者様♡」
「えっ!?」
「…………あの……俺……何か致しましたでしょうか???」
「あきれたわ、何で憶えてないの? この私にあんなことまでして……」
直人の心臓が早鐘を打った……自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。
……不覚だ! 全く憶えてないぞ!?
昨晩美晴医師のあの必殺技……銀河系ヒールだったか? あれをくらって、何故だか二人ですっぱだかになって宇宙空間を彷徨って……そこから先の記憶がすっぱりと抜け落ちているのだ。
そしてこの状況……全く言い訳ができない!
仮に勇者が職務中殉職した場合、その遺族には三年の任期で支払われる筈だった給料の満額と、恩給である一億円が支払われるのだ……
……勇者が殉職することを見越して……実際に殆どの勇者が死に至る……好きでもない勇者と結婚するケースが後を絶たないと聞いたことがあるが……まさかこれが!?
もしこのままなし崩し的に結婚を迫られたら……或いはスキャンダルが世間に公表されたら……直人の脳内でニュースの大見出しが悪夢の様に
《夜もド新人!? 勇者・桐生直人、ベッドの上でも無様に惨敗! 乳首ヒールでアクメKO! あっひいいいいいい――――――♡》等とゴシップ記事でも書かれたら……恥ずかし過ぎてちょっと興奮する……じゃなかった……恥ずかし過ぎて生涯街中を歩けないではないか!?
それよりも何よりも……その時直人の脳内で、唯の鬼の形相が鮮明に浮かんだ……
怖過ぎて妹に合えない……
直人は真っ白な灰と化し、ベッドの上で頭をうな垂れていた。
美晴医師は身体を起こしベッドに腰かけると、その細く妖艶な身体を直人に預けた。
……肩越しに伝わる美晴医師の体温。
美晴医師は直人の手を取ると、白く細長い指で彼の手の甲を撫でた。
「あらあら、詰んじゃったみたいね……可哀そうな勇者様」
「……………………」
「だけどね……昨晩のことは黙ってあげていてもいいのよ……」
「えっ!? 本当ですか?」
……特殊な性技を持っているとはいえ……やはりこの人は腐っても医師……ということだろうか!?
「お願いします! 美晴お姉様、黙っていて下さい!」
直人は思わず美晴医師にしがみ付き、上目遣いに懇願していた。
「ガキね……」
「…………!?」
「勿論、条件があるわ…………」
美晴医師のライラックの唇が何事かを言い掛けたその時だった……
勢いよく病室のドアが開かれたのである。
――レンだった。
レンは病室のドアを開けながら、病室で衰弱しているであろう直人に話しかけていた。
「直人君! 御免なさい! 大丈夫!? 怪我の具合はどう?」
「…………………………………………………」
次の瞬間、レンはドアノブを握り締めたまま固まっていた……
すっぱだかの男女二人と、スーツ姿の花束を抱えた一人の女性が向き合っていた。
レンの目は点になっていた。
直人の目も同じく点になっていた。
両者は時が永久に静止したかのように完全にフリーズしていた。彼等の姿はまるで、マイナス百度に瞬間冷凍された哀れなマグロを彷彿とさせた……
そんな二人を他所に、美晴医師だけはSっ気のある目で「あらあら……」と言いながら事の成り行きを楽し気に傍観していた。
両者の間の空間は軋み、得も言われぬ緊張感が漂っている。
二人は言葉無くしばしお互いに見つめ合った……
その後――レンは静かに病室のドアを締めた。
血色の戻りかけていた直人の顔色が、見る見るうちに蒼白へと巻き戻って行った……
「一応……追わなくていいのかしら? 勇者・桐生直人君」
直人はばねの様にベッドから跳び起きた。
身体はもはや怪我人のそれでは無かった。
直人はそこで自分がすっぱだかであったことを思い出し、パンツとTシャツだけ羽織ると病室の外へと飛び出した。
鉄砲玉を彷彿とさせる俊敏な動きがそこにあった。
……見られたくない所を、見られたくない人に、見られてしまった。
直人は瞬時に首を振り周囲を確認した。
しかし既にレンの姿はそこにはなかった。
代わりにレンの持っていた花束が病棟の廊下に叩きつけられ、ひしゃげた状態で言葉無く佇んでいた……
「誤解です――――! レンさ―――――――――――――――――ん!!!」
静寂に包まれた早朝の病棟に直人の絶叫が木霊して行った……
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