第四話「勇者 VS 下北沢のスライム 妹参戦」

「兄さん、伏せて―――――!!」

 唯が絶叫と共に高濃度の火炎弾を射出する。

 大きさ五〇センチ大の紅蓮の火の玉。

 物体に当たると同時に問答無用で起爆する正真正銘の爆弾だ。

 スライムは顔色を緑に変えて、大きく後方へと跳び退すさった。

 唯が飛翔魔法を起動する――同時に、自身の放った火炎弾を追い掛ける。

 地面すれすれを跳び、兄の元へと急ぐ。

 火炎弾が商店街のビルに激突する。

 三階建てのビルが大爆発と供に倒壊して行く。

「ヒ――――――――ル!」

 唯は直人に跳び付くと同時に、真紅に発光する左腕を直人の脇腹にかざした……

 同時に右腕をスライムの方角へと突き出す。

 唯の全身から真紅のオーラが迸り下北沢の街を染め上げて行く。

「火炎連弾!」

 幾重に連なった火炎弾がスライム目掛けて突き進んだ。

 スライムは口を結び、厳しい表情で唯の火炎連弾を凝視した。

 体をジグザグに、ゴムボールさながらに弾ませて逃走を図る。

「追い打ち!」

 逃げるスライムに対して、唯は執拗に火炎連弾をぶっ放した。

 商店街の建物が次々と爆発、炎上を繰り返して行く……

 唯はスライムを目で追いながら、直人の脇腹にヴリルを注ぎ込んだ。

「大丈夫よ兄さん、傷は浅い、治せるわ……」

 唯が自分に言い聞かせる様に言った。

 ……ここを境にして唯の顔色から赤みが失せて行った……ヴリル欠乏症の初期症状だった。

 これが初戦の直人は自分のことだけで頭が精一杯だった。

 唯の体調の変化に気付けなかったのだ……

「唯、連携を取って戦おう。一人ではあの怪物は倒せない」

 唯は拳を握り締めて言った。

「やるわ、兄さん」

 直人が唯の耳元で囁く。

「俺達の作戦は…………」


 脇腹はまだ少しだけ痛むが、動ける筈だ。

 ……よし、やれる。

 直人は自分に言い聞かせた。

 ……このモンスターは強い……しかしこいつの手の内はもう見切った……五刀流は手強いが、所詮は一匹の獣だ……二人の勇者の連携攻撃に敵う筈がない……下北沢の商店街に最後に立っているのは俺達だ……無論ボーナスも欲しいしな……

 直人はアヴァロンの剣を中段に構えた。

 気合の掛け声と共に、一直線に敵目掛けて疾走する。

 五刀流のスライムの懐へと一気に間合いを詰めて行く……

 刀を上段に構え、真っ向から切り合う素振りを見せる。

 直人は振り降ろす刀を途中で止めると、左足で地面を思いっきり蹴った。

 スライムの目には、既に爆炎魔法の起動を終えた唯の姿が映っている筈だ。

 敵に突っ込んで行った直人は只の目くらまし……フェイントだ。

 唯は紅蓮のオーラを身に纏い、ロッドの先端をスライムへと向けている。

「アナコンダ――! あいつを喰い殺せ――――!!」

 唯の爆炎魔法がロッドから射出された。

 毒蛇の形状をした紅蓮の炎がスライム目掛けて踊りかかる……その数一〇は下らない。

 スライムの顔色が又緑色に変色した……どうやらこの怪物は、具合が悪くなると表情が緑色に変色するらしい……

 スライムが突き出していた五本の刀を体内へと引っ込める。

 その場で体を弾ませて、上空に向けて大きく跳躍を行う。

 ……何て身体能力だ……まるで宙に吸い込まれて行く様だ……直人は表情にこそ出さないが正直面食らっていた。

「逃がさないわ!」

 唯はアナコンダを遠隔操作していた……大口を開けた毒蛇が、無防備なスライムの股間目掛けて襲い掛かる。

 ……えぐい!?

 我が妹ながら何てえぐい攻撃なんだ!

 とにもかくにも精神的には確実に効く筈だ……最もスライムが両性具有だったらアレだがな……

 スライムは上空で顔面を引き攣らせていた……直後、スライムの全身から水色のオーラが迸った。高濃度のヴリル……この怪物スライムは魔法を発動させる気なのだ……

「行け行け行け行け行け――――――――!!」

 上空にいるスライムの股間を睨み付けて唯が叫ぶ。

「フンフンフンフンフン――――――――!!」

 スライムは唯の叫び声に呼応して、声にならない声を上げた……まるで自分の考えた技名を格好いいと思い込んで連呼する中二病患者の様だった……

 直後、スライムの体の一部が本体から分離――ジェル化した体の一部がアナコンダを迎撃すべく下方に向けて飛んで行った。

 唯のアナコンダとスライムのジェル爆弾が空中で激突を繰り返した!

 爆発が次々と巻き起こり、スパークが大気を駆け抜けて行く。

 状況を知らなければ、下北沢に大玉の花火が何発も打ち上がった様に見える筈だ。

 ここだ!

 直人に直感が走った……殺るなら今だ。

 跳躍魔法を起動する。

 ……勝機到来だ……奴は今、唯のアナコンダの迎撃で手一杯の筈だ……何せ迎撃に失敗すれば股間が炎に包まれるのだ……

 膝を曲げ地面へと付ける。

 直人は空中のスライム目掛けて大ジャンプを敢行した。

 煙幕を囮に、下方からスライム目掛けて躍り掛かる。

 煙は直ぐに晴れた――

 眼前には敵の土手っ腹が迫っている。

 ……五刀流の刀を引っ込めたのが貴様の命取りだ……あの世で後悔するんだな……

 直人はアヴァロンの長剣を縦一文字に振り抜いた!

 バシュッ!

 大量のジェルが空中で四散し跳び散った。

 スライムの体は縦に真っ二つに裂け、夕闇迫る下北沢の商店街へと堕ちて行った……

 

 決まった!!

 直人は勝利を確信し、剣を振り抜いた姿勢のまま着地……そのまま数秒決めポーズを取った……そんな、スライムに勝利して決めポーズを取る勇者を、ドローンが周回しながら撮影して行く。

 ……撮ってる、撮ってる!

 直人は喜びの余り、カメラに向けてウインクしようかと考えた……がしかし相手がスライムだったのを思い出し躊躇した……

 そして、それは大正解だったのだ。

 背後で不意に、何かが弾むような大きな音が聞こえた。

「兄さん!」

 唯が蒼白い顔で叫んだ。

 直人が決めポーズを止めて振り返ると、そこでは世にも恐ろしい奇怪な出来事が起こっていたのである。

 スライムは……体を真っ二つに裂かれながらも生きていた。

 人間では到底考えられない……体を裂かれて二つに分裂したスライムが、まるでアメーバの様に、お互いの体へとにじり寄って行くではないか!?

 ついに両者はじゅるじゅると音を立てて混じり合った……

 まるで愛に飢えたナメクジの交尾を見ている様だった。

 兄として妹に決して見せたくはない絵がそこにあった……

 兄妹はそのグロテスクな光景を前に、凍り付いた身体を動かすことができなかった……

 やがて、切り裂かれた筈の体は、瞬間接着剤を使った様に瞬く間に完全に結合した。

 スライムは何とも涼しい顔をして、余裕の表情を湛えている。 

 何と言うか、王者の風格を醸し出しているのだ。

 これが……これが怪物と戦うということか!?

 人間界の常識など一切通用しないのだ……

 何て野郎だ!

 まさかノーダメージなのか?

 体を切り裂かれたんだぞ!

 唯は驚愕の表情と共に火炎弾を放った。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

 唯はパニックに陥っていた。

 顔面は蒼白で、既に精気は無い……

 スライムはバウンドを繰り返し、唯の火炎弾のラッシュを事も無げにすり抜けて行く。

「当たれ――――――――――――――!!」

 唯が追い打ちで大玉の火炎弾を放つと、スライムは体を大きく弾ませながら、下北沢南口商店街の方角へと消えて行った……

 唯の放った火炎弾が、激突したビルを轟音と共に倒壊させて行く。

「待て!」

 逃げるスライムに向けて直人が大声で叫んだ。

 ……無論実際の所は、待って欲しくなど微塵も無かった。

 そのまま俺達の前から未来永劫消えて、後は他の勇者と闘って欲しいくらいだ……

 こいつ……ぶっちゃけ強豪じゃないか!?

 果たして本当にこれが新人のデビューに相応しい相手なのか???

 敵の見積もりを誤ったとしか思えない。

 或いは……否な想像に悪寒が走る……そう、勇者は誰からも好かれている訳では無い……俺達と闘った高之宮早紀の様に、エロレターを送りつけて来た姿を見せない犯人の様に……

 ……とにもかくにもドローンがこちらを見ている。

 直人は表面上は凶悪犯を追跡する熱血刑事を装って、逃げる怪物の後を追い掛けた……

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