第三話「勇者 VS 下北沢のスライム 五刀流のスライム」

 着地と同時に長剣を中段に構え直す。

 体勢を立て直そうとした矢先……既に敵は目と鼻の先に迫っていた。

 体をごむまりの如く弾ませて、驚異の瞬発力で上空から頭突きを仕掛けて来たのだ。

 二足歩行の人間には到底真似できない驚異の移動手段。

 頭頂部からは、生成した鋭利な刀が突き出ていた。

 無論剣道の試合では一度も経験したことの無い、頭上からの突きだった。

 直人は一瞬パニックになり、大きく後方へと飛び退いていた。

 標的を失った鋭利な死の刃が、駅前広場のコンクリートを粉々に打ち砕いた。刀を中心として縦横無尽に亀裂が拡がって行く。

 ……何て破壊力だ!

 こいつ……案外やるじゃあないか!?

 敵ながら大した野郎だ……まあオスだかメスだかは実際良くは分からないが……

 しかしだ!

 勇者の訓練を受けて来た……途中で終わったけど……俺達の敵ではない……

 直人は内心の動揺を誤魔化そうとして体裁を取り繕っていた。

 アヴァロンの長剣を、夕陽に染まる下北沢の空に向けて高々と掲げる。

 スライムを前に動揺した姿を晒したくない……ドローン越しの視聴者を意識したパフォーマンスだった……


 直人は一つ深呼吸した後、剣を中段へと構え直した。

 敵の分析は終わった……このモンスターはパワーがある……しかし只それだけだ! 所詮はレベル1のモンスターだ。人間であり勇者でもある……これが初戦だけど……自分に敵う筈がない。

 仕切り直しだ!

 直人はすり足で敵に近付いた後、一気に懐深くへと間合いを詰めた。

 勢いのままコンビネーションブローを叩き込む!

 顔面、右胴、顔面、胴突き、左胴、再び顔面――

 これは剣道の試合では無い。ポイントも無い。審判もいないのだ。

 真剣での切り合いだ。

 当てるのではなく、剣を振り抜けばよい。

 そう、切り殺せば良いのだ。

 つまり……一撃で決着が付く……

 スライムは頭頂部に生成した刀でディフェンスを続けていた……刃と刃が交錯する度に、下北沢の商店街に鈍い金属音が反響する。

 直人は攻勢だった。怪物は勢いに乗る直人のコンビネーションについて行けず、ディフェンスに追われていたのだ。

 ……近所のおばちゃんでも倒せるレベル……ではないにしても、所詮はモンスターだ。頭を使った攻撃には付いて行けない……知性では人間に劣るのだ。どだい自分よりインテリのスライムなんていたら自信無くすしな……完璧に。

 直人がその剣技でスライムを後方へと押し下げて行く。

 勝負所だ。

 長剣を上段から振り抜く!

 ……と見せかけて、剣を上段で静止、腕を倒し剣を真横へと構える。

 直人は間合いを一気に詰めると、スライムの土手っ腹目掛けて渾身の抜き胴を見舞った。

 がら空きの腹部目掛けて、長剣が横一文字に振り抜かれる。

 人間の姑息なる英知の結晶……フェイントだ!

 哀れな怪物よ! 人間の偉大さを思い知って死ぬがいい!

 ……しかし、直人が勝利を確信したのは一瞬のことだった。

 キ――――――――――――――――ン!

 無人の街に再び鈍い金属音が響いた……つまり刃と刃が正面衝突したのだ。

 痛ってえぇぇぇぇ………………!!

 喉元から出そうになる言葉を鬼の形相と共に噛み殺す。 

 直人には敵を切った手応えが全く無かった。

 何かとてつもなく固いものを殴った気がする……当然ながら手首に跳ね返る強烈な痛み!

 激痛のあまり剣を落としそうになるのを必死になってこらえる。

 嫌な予感に駆られて後ろを振り返る。

「何…………だと!?」

 抜き胴を放った敵の腹部には、新たに鋭利な刃が生成されていたのだ……


 二刀流……だと。たかだかスライムがか!?

 スライムは頭部と体の中心にあたる腹部から二本の刀を生成していた。

 怪物は余裕尺尺の邪悪な笑みを浮かべている。

 まるで見下されているかの様だ……レベル最弱のスライムにか!? 仮にも勇者であるこの俺がか!?

 奴のあの余裕……何か底知れぬポテンシャルを感じる……

 闘いの最中、スライムに主導権を握られるのもしゃくだが……あの表情……何てことだ!? ドヤ顔にも見えるぞ……レベル1のスライムが浮かべる様な表情ではない……

 そして正に余裕のなせる業だろうか? スライムは武器である生成した刀を体内に引っ込めて見せた。

 舐められているのか!? それとも……直人は敵の行動を訝った。

 その直後だった。

 スライムの一メートル弱の身長が、見る見る内に縦方向へと引き延ばされて行ったのである。

 おいおい……こんなのありかよ!?

 直人はドローンの存在を忘れ、口をあんぐりと開けて、只敵を茫然と眺める他なかった。

 スライムは二メートル強の高身長の怪物へと変化を遂げていた……こと背丈タッパに関しては完全に敵に主導権を取られた直人だった。

 何てこった!? 身長でスライムに負けるとは!?

 しかし、真に驚くべきことはその直後に起こったのだ!

 ――スライムは邪悪な笑みを浮かべると、体内からロボットアームを思わせる五本の腕を出現させたのである……体の左右に上腕と下腕が二本づつ、頭頂部から一本の腕が触角の様に延びている……腕の先端では見るからに鋭利な刀が光沢を放っていた。


 五刀流…………だと!?

 直人の額から本日何度目かの冷や汗が流れ落ちた。

 身長二メートルの五刀流の剣豪……その名は《スライム》。

 ……最後だけは締まらないが……とにかくこいつは、スライムの成りはしているが、スライムではない。つまり、スライムの皮を被った別格のモンスターだ。

 困ったことになった……こいつは姿形だけは純正のスライムだから、思ったよりもボーナスは少ないのかもしれない……

 真剣勝負の真っ最中にあろうことか金の算段をする、貧乏性の抜けない直人がそこにいた。

 それはともかくどう戦えば良いのだ!?

 ……まずはディフェンスに意識を集中させて、敵の出方を伺う……You - Tubeの動画でも五刀流の剣士の戦いはついぞ見たことが無い……無論五本腕の人間など存在しないからだ。

「唯、そこで見ていてくれ。何かあったら援護を頼む」

 直人は後ろを振り向かずに叫んだ。

 ……できれば……妹は戦いに巻き込みたくない。

 五刀流がなんだ! ただ刀の数が増えただけじゃないか。武器を持っていたとしても、使いこなせなければ意味など無いのだ。

 所詮は怪物……剣技で勝る自分の敵ではない!

 しかし……直人の思惑とは裏腹に、五刀流のスライムの怒涛の攻撃が始まったのである。スライムが振り回す鋭利な死の刃が、上下左右から暴風雨の如く襲い掛かかったのだ。

 例えば……敵の上腕の右腕が、斜め上から肩口に向けて振り降ろされる……と同時にスライムの下腕の左腕が直人の脇腹を狙うのだ……

 直人がアヴァロンの剣で肩口の攻撃を弾き、懐の脇差で脇腹への攻撃を防ぐ。

 するとスライムは、頭頂部に掲げる三本目の刀で、直人の喉笛へと突きを見舞うのだ……無論直人はノーガード状態だった……

「氷の盾!」

 ガキイイイイイ――――――――――――ン。

 生成した盾で喉元への攻撃を何とか凌ぐ……

 紙一重じゃないか!? 

 ……寿命が縮む……一匹のスライム如きに……

 直人は次第に後ろへと下がり出していた……なんせ腕の数が違うのだ……

 所有する武器の物量の差は、直人と怪物の剣技の差をいとも簡単に埋めて行く。

 結果、直人は防戦一方になって行ったのだ。

 五本の刀を携えたスライムが直人へと襲い掛かる。

 鋭利な死の切っ先が、角度を変化させながら、直人目掛けて次々と振り抜かれて行く――

 刀を弾くタイミングを誤ったら、身体は真っ二つに切り裂かれることだろう。

 自分の身体に真っ先に届く刀からさばくのだ。リズム良く、テンポ良く……

 直人はスライムの繰り出す連続攻撃を、二本の刀と体さばきで何とか凌いでいた。

 しかし、無論それにも限界はあったのだ……物量の差は剣技だけでは埋まらなかったのである。

 ザクウウウッ……

「うわあああああ――――――――――――――っ!」

 スライムの下腕の右腕が、二刀流のディフェンスをすり抜けて脇腹へと到達した――刀の切っ先が直人の脇腹を勢い良く抜けて行った。

 …………熱い!

 痛みよりも真っ先に感じたのは、脇腹が熱いという奇妙な感覚だった。

 今まで真剣で切られた経験は無かったが、身体で刃物を受けるというのはこんな感覚なのか!?

 バッ!…………

 直後、地面に真っ赤な鮮血が勢いよくばらまかれた。

 力が抜ける。

 膝が笑う……

 強敵だ!! 

 五刀流のスライムを前にして、直人は思わず地面へとひざまずいていた。

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