第二七話「終章 決戦! 最終試験」

 そのころ唯は、両刀を自在に振り回す沙月に、フリルを切り刻まれていた。

 魔法による遠隔攻撃と、近接戦闘における短刀のラッシュに手も足も出せなかったのである。

 そして目の前では、今正に実の兄が氷漬けにされようとしているのだ……

「兄さんは殺らせない!」

 唯は地獄の杖を身体の正中線に置いて、眼前の敵を睨み付けた。

 自分と兄さんの間には沙月が立ち塞がっている……

 沙月の壁を越えなければ兄さんを救出できない!

 唯は地獄の杖をカンフー映画さながらに両手でぐるぐると振り回した――敵に己の武器を印象付けた後で、その先端を沙月の顔面へと向ける。

 唯の全身から真紅のオーラが迸った……跳躍魔法を起動する。

 ――沙月に向けて特攻を仕掛ける。

 沙月は左の短刀を上段に、右の短刀を中段に構えていた。

 ……左で攻撃を弾き、右で止めを刺す!

 ここが勝負所だ……直ぐに終わらせてあげるわ……

 沙月は直人の前に立ち塞がり、唯に止めを刺そうと誘いをかけていたのだ。

 両者の距離が詰まる――

 激突の瞬間唯が叫んだ。

「N・Aバリア――――――――――――――――――!」

 唯の全身が真紅に発光した。

 身に纏ったN・Aバリアで、沙月を上空へ弾き飛ばす。

 奇襲を受けた沙月の身体が、闘技場の虚空をくるくると舞った。

「……ハハッ」

 それを見た竜司が八重歯を光らせて笑った。

 沙月は目を回していた……幼少の頃からジェットコースターの類は大嫌いなのだ。

「笑ってる場合じゃないでしょ~~! 助けなさい~~!」

 体操選手さながらに大回転を繰り返しながら沙月が叫ぶ。沙月のまなこも同様に大回転を続けていた……

「あいよ、お嬢様」

 竜司はブリザードブレイクの魔法をあっさりと途中で解除した。

 飛翔魔法で上空を舞う……空中を旋回し続ける沙月を両腕でしっかりとキャッチする。竜司は沙月をお姫様抱っこした状態で、兄妹の前へと着地した。

 一方唯はN・Aバリアをドーム状に生成し、身動きの取れなくなった直人にしがみ付いていた。両膝を地面に付き、兄妹の前に立ち塞がる先輩勇者を、キッとした表情で睨み付ける。

「君達にはここで死んでもらう……」

 竜司は氷剣の一振りで、唯の張ったN・Aバリアを粉々に打ち砕いた。

「一撃で…………」

 最後の砦はあっさりと粉砕した……

 唯は空いた口を塞ぐことができなかった。

「言ったでしょう、屠るって」

 沙月が兄妹の前に両手をかざす。一際眩い菫色のオーラが発散される。

 ……爆炎魔法が来る。

 殺られる……ごめんね兄さん!

 せめて兄だけは守ろうと、直人に覆いかぶさり身を呈して兄を庇う。

 ……短い人生だった……少女の両頬を静かに涙が伝う。

 唯が己の死を確信した正にその瞬間だった……

 

「ヒ―――――――――――――ル!」

 詠唱と同時に、直人の身体が菫色の優しい光に包まれて行く。

 ヒール魔法の効果で直人の低体温を上昇させて行く……

「あなたも手伝いなさい」

 あきれた様な表情で沙月が竜司に言った。

「リドゥ……」

 竜司が直人に向けてリドゥ魔法を唱えた。

 直人を包み込んでいた分厚い氷が、一瞬で粉々に砕け散る。

 唯は目を丸くして、先輩勇者の行動を見つめる他なかった……

「どうして……さっき私達を屠るって……」

 唯の言葉に、先輩勇者はお互いに目を見合わせた。

 その刹那、二人は腹を抱えていきなりどっと笑い出した……

 何かしら緊張の糸が切れた様だった。

「なぜっ……なぜって…………」

「ひ――――――――――っ! 苦しい、苦しいわ、竜司……」

「助けてくれ――――――――――っ!」

 ……大爆笑している。

 今しがた私達を殺そうとしていた彼等が、ヒール魔法をかけたあげく、おまけに心底から腹をよじって笑い転げているのだ。

 訳が分からない……分からなすぎるわ。

「ちょっ……説明して下さい!」

 唯が依然として爆笑を続ける二人に口を挟む。

 沙月は涙を流しながら大爆笑しつつ、丸められた冊子を胸元から取り出した。

 両膝を地面に付いたまま唖然とする唯のもとへそれを差し出す。

 冊子にはこう書かれていた……

《先輩勇者 VS 新人勇者 真昼の決闘!!》

「全部台本に書いてあったのよ!」

 沙月が言うと、二人は又腹を抱えて大爆笑した――


「いい映像が取れたわ!」

 レンがバチバチと大きな拍手をしながら近づいて来た。

 手には例の台本がメガホンさながらに握られている。

 直人は闘技場の地面にしゃがみ込み、あっけにとられながらその光景を見つめていた。直人の隣には唯がいて、今しがた瀕死の重傷を負っていた兄にしっかと抱き着いている。

 先程まで悲しみに沈み泣いていた妹が、今は大喜びして嬉し泣きをしていた。

 直人は凍える口をガクガクと震わせながら、レンに向けて尋ねた。

「え~~~~~~~~~っと、レンさん……つまりこれはドッキリ!?」

「カ―――――――――――――――――ット!」

 レンの一声により、空中を飛び交っていたドローンが一斉にその動きを止め、降下を開始した。

 ――本日の撮影が無事終了したのである。

「もう嫌だ…………」

 直人はどっと疲れを感じ、妹の腕の中へと崩れ落ちて行った……


「いやはや、さっきは済まなかったね」

 先程の鬼の形相とは打って変わり、満面の笑みを湛えながら竜司が言った。口内の八重歯がキラリと光り、赤茶けた髪がサラサラと風になびいた。

「俺は二階堂竜司、それとこちらのスーツの彼女は……」

「ベネディクト沙月、イギリス人とのハーフよ」

 二人の先輩勇者は後輩に手を差し出した。先程死の淵を垣間見たこともあって、兄妹の方は恐る恐る手を差し出す……そんな二人に対して、先輩勇者はがっちりと手を握り、最後に両者は力強く握手を交わした。

 ひとしきりの会話の後、竜司が優しい声で言った。

「まあ、初めの内は色々と大変だと思う……何でも相談に乗るよ」

 竜司はそう言うと兄妹に笑みを見せた。

「助かります……俺達いきなり勇者に選ばれて、まだ困惑していて」

「私は……普通の生活が出来ないことに戸惑っていて……」

 唯は勇者任命後、スクランブル交差点で群衆に囲まれて立ち往生したことを思い出していた。

「そうねえ……あなたは可愛すぎて目立つから、変装は必須ね」

 沙月は少しうらやましそうに、フランス人形を思わせる唯の顔を見つめた。

 それを聞いた直人は、新しいオーダーメードアフロの購入を考え始めた……元来カツラは、正、副、予備の三系統がマストアイテムだ!

「聞いてもいいですか?」

 唯が先輩勇者の顔を上目遣いに交互に見た。

「言ったろ、何でも相談に乗るって」

 竜司が即答する。

「勇者になる前、お二人は何をしていたんですか?」

「いい質問だね……俺は大学教授をしていたよ。専門は考古学。遺物から推理を働かせ、古代の文明に思いを馳せる。いにしえの歴史から学び、現代に活用できることを探る。正に男のロマンさ!」

「……その男のロマンを陰で支える女性はさぞかし大変でしょうねっ!」

 遠い目をした竜司に沙月が釘を刺した。

 この二人、TVを見る限り仲睦まじくしてるけど……果たして本当の所うまく行っているんだろうか? 直人は大いに訝った。

「沙月さんは?」

 唯は後ろ手に手を組んで、興味津々と言った表情で沙月に尋ねた……先程短刀で切り付けられた手の傷は、ヒール魔法で完全に塞がっている。

「私は…………」

 沙月は少しモジモジして言い淀み、頬を紅く染めながら最後に口を開いた。

「私は就職浪人だったのよ」

「入りたかった大手のアパレルメーカーに落ちて……途方に暮れていたら女勇者に選ばれたって訳。何てタイミングかしらね!?」

「こいつそれで、勇者になってもスーツを着続けてるんだぜ。未練たらたらったらありゃしない。OLってそんなに……」

 竜司はそこで、沙月のこめかみがピクピクと痙攣を繰り返しているのを知り、それ以上話すのを止めた……賢明な判断である。沙月は唯と同様、爆炎魔法の使い手なのだ。

 ……そんな風にして新旧四人の勇者は、小一時間程親し気に会話を楽しんだ。

「それじゃあ、俺達はこれで。君達は無事卒業かな?」

 先輩勇者は最後に兄妹と握手をすると、にっこりと微笑み、手を振って闘技場から立ち去った。

「……あのレンさん」

 直人が恐る恐る尋ねる。

「卒業って何ですか!?」

 兄妹が口を揃えてレンに問い質す。

「はい! 今回の戦闘訓練で、お二人は無事最終試験をパスしました」

「えっ!?」

「真剣勝負はドッキリですが、お二人の訓練期間が終了するのは事実です……非情に残念ですが……」

 そう言うとレンは、暗い表情で下を向いた。

「え――――――――――――――――――――――――!!」

 兄妹は同時に膝を付き、二人して天を仰いだ――

「終わった……今度こそ何もかもが終わった……」

 彼等の訓練期間は九〇時間以上を残し、こうしてあっさりと終了したのである。


 ――新人勇者・桐生兄妹が、下北沢に現れた強敵と戦うことになるのは、この日から僅か五日後のことだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る