第二六話「氷剣アルマス VS アヴァロンの剣」

 唯は沙月の挑発に怒りで顔を歪めると、吐き捨てる様に言った。

「あっそう……まあよろしくね、オバサン勇者」

「オ……オバ……」

 双方の張り詰めていた糸がブチンと切れた瞬間である。

「地獄の杖!」

 唯は手にしたグロテスクな杖を、先輩勇者二人に向けた……詠唱と共に魔法のイメージを練る。

「地獄の業火よ、この世の全てを灰に変えよ……」

 唯の全身から真紅のオーラが立ち昇って行く。

 直人は頭から血の気が引いて行くのを感じていた……

「唯、止めろ! これは模擬戦だ」

「クロスオブヘル――――――――――――――!!」

 唯は十字架の形をした直径一〇メートルの火柱を、沙月目掛けてぶっぱなした。

 ……この魔法は危険だ……触れたが最後、火柱が敵を包み込み灰になるまで焼き尽くしに行くのだ……人に使って良い類の魔法ではない……

 先輩勇者の額を冷や汗が伝う。

「N・Aバリア――――!」

 沙月は間一髪でバリア魔法の生成に成功した……展開したバリアが先輩勇者二人を半円形に包み込む。

 ドゴオ―――――――――――――――――――ン!

 唯のヘルファイアーが、沙月のN・Aバリアを粉々に粉砕! 先輩勇者は後方へと揃ってバク転し、ヘルファイアーの余波をかわしていた……

 もし直撃していたら焼死……否、灰死していたに違いない。

 唯がやりやがった……様子を伺ってもっと穏便に戦いたかったが……ともあれ自分の最優先事項は妹を守ることだ! これは誰が相手でも譲れないことだ。

 直人はアヴァロンの剣を引き抜いていた――剣を上段に構えたまま、竜司目掛けて大きく跳躍する――敵の直上から全体重をのせて真剣を打ち抜く。

 スカッ……直人の長剣は空を切っていた。

 竜司がバックステップして、死の刃をかわしていたのだ。

 真剣の切っ先は、竜司の鼻先一〇センチをかすめたのみだった。

 その時竜司の右手が閃いた。

「グワアアアアア――――――――」

 次の瞬間、左のこめかみに激痛が走った!

 気が付くと、直人は真横に大きく吹っ飛ばされていた。

 とっさにこめかみを押さえる。

 頭が、頭が割れる!

 竜司が剣を鞘に入れまま、直人のこめかみを殴打したのだ。

 直人はこめかみを押さえたまま、闘技場の床をゴロゴロと転がっていた。

 その先には唯がいた……

 

「さっきは……どうもありがとう、唯さん」

 言葉とは裏腹に、沙月の表情は邪悪に歪んでいた。

 沙月の全身から鮮やかな菫色のオーラが迸る。火の玉を思わせる火炎弾が身体の周囲に次々と生成されて行く……その数一〇は下らない……躊躇は無かった。

 火炎弾を発射する――

 直径三〇センチの火炎弾が、兄妹目掛けて突き進む。

 ……唯の様な大技と違い、生成から発射までの時間が極端に短い。

 N・Aバリアの生成を考えた唯だったが、火炎弾の群れは既に目と鼻の先に迫っていた……

 バリアの生成が間に合わない!

 唯はとっさに両腕をひろげて、倒れ込む直人に抱き着いていた。

 身を呈して直人を守る。

 背中に灼熱の炎の群れが迫っていた……殺られる!

 ドスドスドスドスドスドスッ!

 一瞬、兄妹を突き刺したかと思われた火炎弾は、彼等がうずくまっている床の手前に突き刺さっていた……結果的に火炎弾の炎と煙が、兄妹の視界を塞いで行く。

「目くらましだ!」

 気付いた時には手遅れだった。

 今度は左の脇腹に激痛が走った……

直人は脇腹を押さえたながら、大きく後方に吹っ飛ばされていた……唯から大きく離されて、闘技場の中央に孤立する。

「ぐはっ…………」

 一瞬、呼吸が止まった。

 脇腹を触るのが怖い……折れている気がするのだ……

 竜司の踏み込みざまの右足刀が、直人の脇腹を捉えたのだ。

「どうした! 実戦だったら今ので死んでいたぞ。お前等!」

 竜司が鬼の形相で一歩づつ直人へと近付いて行く。

「こんなものか、新米勇者の実力とやらは!」

 竜司は闘技場の地面に唾を吐いた。

「兄さん!」

 ……今なら兄さんをポーションで治せる!

 駆け寄り手を伸ばした唯の右手を沙月が切りつけた。

 ガラス瓶のポーションが、地面に落下して粉々に砕け散る。

 手の甲から滴る鮮血が、闘技場のグランドを紅く染め上げて行く……

「卑怯……な~~んて言葉は、実戦には存在しないのよ。このクソガキ!」

 兄妹はお互いに引き離された状態で、ランキング一位の勇者と向き合っていた。

 初手で分かった……この二人はとてつもなく強い!

 直人は側頭部と脇腹、唯は右手の甲にダメージを負っていた。

 実力もさることながら、この二人、実戦慣れしている……

 直人は声を張り上げて唯に指示を出した。

「唯、俺は剣技でコイツと勝負したい。一人で持ちこたえくれ」

「問題ないわ!」

 唯はフンッと鼻を鳴らして答えた。

 それを聞いた竜司の顔色が変わった。

 鞘に収まっていた愛刀……アルマスの氷剣をゆっくりと引き抜く。

 刹那、場の空気が凍りづいた――氷剣が青白い輝きを放ち、刃先からマイナス二七三度の冷気が発散される。魔剣のつばに嵌め込まれた魔法石が銀色の光を放っている。

 ……魔剣の能力は通常、魔剣に封じ込められた刀工の意思プログラムが素粒子に影響を与えて発現する……そして魔剣の発動条件トリガーは通常、抜刀することであるが、直人の持つアヴァロンの剣だけは他の魔剣と仕様が大きく異なっていた……

 直人は身震いがした……竜司の氷剣は圧倒的な強度を誇り、鋼鉄を一撃で砕き、ドラゴンの鱗を一太刀で切り裂くと言われているのだ。それは敵が切断面から氷漬けにされて行くという伝説の魔剣だった。

 ……まさか、ランキング一位の勇者と真剣で切り合うとはな……直人は震える手でアヴァロンの魔剣を握り締めた。

 魔剣アヴァロン――剣士のヴリルを吸い己の糧に変えるヴァンパイアソード……自分に使いこなせるのか!?

 直人がヴリルを起動した――全身が紺碧のオーラに包まれて行く。

 同時に、直人はアヴァロンの剣にゆっくりとヴリルを注ぎ込んだ……

 生けとし生ける者、全生命のエネルギー源であるヴリル……自身の生命エネルギーの二〇パーセントを魔剣に注ぎ込んで行く……直人はアヴァロンの剣を、自身の腕の様に体感し、剣と自分が一体化した様に感じていた。

 直人は魔剣に対して灼熱の炎のイメージを描いた……瞬時にアヴァロンの剣が鋼鉄をも溶解させる灼熱剣に変容する……刀身は紅く染まり紅蓮の炎を身に纏っている……

 アヴァロンの剣は、剣士のイメージを具現化し、あらゆる属性の剣に変容するのだ……かつて竜司がこの剣を手にした時、あまりの扱いづらさから所有権を放棄した剣だった。


 ――どちらが先に動いたのかは分からなかった。

 お互いの殺気が二人を前に出さずにはいられなかったのだ……

 両者の刃が激突した!

 息を飲む一瞬――刃先が互いの眼前で擦れ合う……絶対零度の氷剣と灼熱剣が相互にマウントを取り合う……剣圧は拮抗し、互いの刃が敵を切り刻まんとして、ギリギリと嫌な音を立てる。

 直人は相手の剣を弾くと、脇腹、手首、首筋へと灼熱剣を叩き込んだ。

 ゴウウウウウウ――――ッ……剣を振る毎に灼熱剣の刀身から炎が噴出する。

 竜次は涼しい顔をしていた……刀身で直人の攻撃をいとも簡単に弾き返して行く。

 直人の連続攻撃が続く――手首、顔面、二の腕、側頭部、脇腹、胴突き、金的突き、顔面突き……一方竜司は氷剣による防御と体捌きで、直人の攻撃をいとも容易くさばいて行く……その間も身体の正中線は全くぶれなかった。

 キ――――――――――――――ン!!

 再び、魔剣同士が正面衝突した。鈍い金属音が闘技場に反響する。

 つばぜり合いの中、勇者二人が刀越しに睨みを効かせる。

 ビシイイイッ……相対する二人の足元で、闘技場の地面にひびが刻まれて行く……

 レンは驚愕の表情で二人の戦いを見つめていた……竜司が押しているのは当然としても……直人がここまで食い下がるとは……彼の実力なのか!? 否、違う……これは魔剣アヴァロンの……レンは息を飲み、魔剣のつばに嵌め込まれた禍々しく発光する宝玉に睨みを効かせた……

 氷剣アルマス VS アヴァロンの灼熱剣!

 竜司が剣を振るうとブリザードが、直人が剣を振るうと紅蓮の炎が撒き上がった。

 互いの間合いを侵食せんと、氷と炎がせめぎ合う!

 剣の魔力は互角か!?

 しかし……

 次の瞬間、両者はお互いの剣圧で後方にふっ飛ばされていた。

 竜司は飛ばされる刹那、狙いすました三日月蹴りを直人のレバーに叩き込んだ。

「ぐはあ――――――――――っ」

 肝臓から悶絶する痛みが全身に広がって行く。

 痛みで視界が暗くなり、呼吸が停止する。全身から脂汗が噴出した。受け身など取り様もない。直人は背中から闘技場の地面へと叩きつけられて行った。眩暈と吐き気で立つことが厳しい……

 まずい……敵が来る。

 直人はアヴァロンの剣をグランドに突き立てて何とか立ち上がった……まるで生まれたばかりの子鹿の様に両膝はガクガクと震え、只立っているだけの有様だ。

 ……やはり強い……この男、実戦慣れし過ぎている……

 顔を上げると、直人の視界から竜次の姿は完全に消失していた。

 ヒュ――――――――――――ッ

 不気味な風切り音が直人の背後から聞こえた……

 身の毛もよだつとはこのことだ。

 竜次の振り降ろした氷剣が直人の首を狙っていた……一瞬で直人の背後に回り込み、首を切り落とすべく、愛刀を素早く振り抜いたのだ。

 ディフェンスするのがやっとだった……剣を垂直に立て、音のする方角へと咄嗟に向ける。

 力の無い直人のディフェンスは、只首の切断を免れたに過ぎなかった。

 直人は真横に勢いよくすっ飛ばされ、力無くそのまま地面に崩れ落ちた。

 しかし……竜司は情け容赦の無い王者だった。

 竜司はここに来て初めてヴリルを起動させた……全身が眩い白銀のオーラに包まれて行く。満を持して魔法による攻撃を仕掛けるのだ……

「これで終わりか……あっけないな」

 竜司は口元に冷笑を湛えながら言った。その姿はまるで、フルコースの創作料理を締めに行く一流シェフを思わせた。

 地面に倒れた直人目掛けて、氷結魔法を起動する。

「ブリザードブレイク」

 竜司の唇が微かに動いた。

 刹那、アルマスの剣から注がれた絶対零度の猛吹雪が、直人の全身を包み込んで行った。

 か……身体が凍る……凍り付いて行く……

 動け……ない……

 唯…………

 直人は薄れ行く意識の中で、他の誰よりも妹の身だけを案じていた……

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