第二五話「最強勇者 VS 新人勇者」

 ――学校の放課後。

 兄妹はいつもの様に、東京ミッドタウンの公園脇にひっそりと佇むエレベーターの前にいた。

 これから国家機密の地下施設に赴き、勇者として実戦デビューする為のシミュレーション訓練を受けるのである。兄妹が勇者任命制度により、強制的に勇者に仕立て上げられてからの日課であった。

 ……まだ訓練時間は九〇時間以上残っている……シミュレーションで死ぬことは無い……願わくばシミュレーション訓練のまま、勇者業が終了してくれれば良いのだが……

 勇者になった兄妹の願いは只一つ――二人で生き残ること――それだけだった。


 いつもの様に高速エレベーターで、地下深くへと一気に下降する。

 気が遠くなるほどの時間の後、ようやくにも最後に扉が開く……その時間たるや地球の地殻を突き抜けてついに地獄に到達したのでは!? と思われる程だ。

 二人はお互いに目を合わせると、シミュレーション訓練を行っているフロア3へと足を向けた。

 コツコツコツコツ……靴音が誰もいない無機質な廊下に反響する。

 現れた堅牢な扉の前で指紋認証を行う。

 聞きたくもない“ゴ――――――――――――――ッ”という重々しい扉の開閉音。直人はこの音を聞くと緊張で胃が痛くなり、悪夢さながらの自分達の身の上を呪うのだった。

 フロア3の入口では、コーディネーターのレンが、腕を組み険しい表情で立っていた。

 兄妹と目が合うと、レンが重々しく口を開いた。

「今日で、シミュレーション訓練は終了します!」

「………………………………」

 開口一番、レンは上の決めた残酷な決定事項を告げた。

 兄妹は揃って絶句した。驚きの余り、口を開けたまま固まっている。

 レンが続けざまに震える声で言った。

「先程、勇者ランキング七位の小島兄弟が死亡しました……コーディネーターの予想を遥かに超えた強敵を前に、成す術もなく惨殺されたのです……」

「本当に、残念ですが…………」

「…………………………………」

 兄妹はショックの余り何も言えなかった。

 ――小島兄弟。

 新人勇者の歓迎パーティーで、浮足立つ俺達に温かいエールを送ってくれたあの二人が……死んだ……だと……

 確かまだ、俺達と同じ十代で……忙しくて長く話せた訳じゃなかったが……悪い奴等では決してなかった……

「これにより現在日本にいる勇者は一〇組になりました……あなた達を入れてです……」

「デュランダルには《常に一〇組の勇者を確保しなければならない》という組織規程があるのです」

「……つまり……それはどういうことですか?」

 直人はようやく口を開き、怒りで震える声で言った。口はからからに渇いていた。

「残念ですが……二人には、訓練期間を繰り上げて勇者デビューをしてもらいます!」

「……何で、何で……そうなるんですか!?」

 唯は顔面蒼白の状態で、レンに食ってかかった。

「組織は私達に満足な訓練を受けさせないつもりですか!?」

「中途半端な状態で訓練を切り上げて、デュランダルは私達に死ねと言ってるんですか!?」

 唯は取り乱し、声を張り上げて叫んでいた……

 兄妹で三年の任期を絶対に乗り切る!

 その為に一回の練習もおろそかには出来ないのだ。

「私達が死んでもいいんですか!? レンさん!」

 唯はレンににじり寄り、まじまじと銀色の瞳を覗き込んだ。

 レンは拳を固く握り締めて、何かに耐えている様に見えた……長身の身体が僅かにブルブルと震えている。

「…………私達はどうしても《規定》を守らなければならないのですよ……唯さん」

 直人は蒼白い顔でレンと向き合う唯を、後ろからしっかりと抱き締めた……直人の眼光も又、レンの瞳を真正面から貫いていた。

「何を言っても無駄だ、唯。……法律、規定、勇者任命制度……俺達の生活はいつもがんじがらめだ……この国の国民に自由なんて何も無いのさ。そう、生まれてから死ぬまで永遠にな!」

 直人は吐き捨てる様に言った。

「……でも」

「……それに……俺達はもう給料を貰っている」

 両親が亡くなって以来、永く続いていた二人の貧困生活は、勇者の給料によって確実に改善されていたのだ……直人は副業だったプログラマーの仕事を完全に辞めていた。

「…………」

 直人の言葉に唯は下を向き黙り込んだ。

 レンが口を開く。

「今日で二人のシミュレーション訓練は、残念ながら終了しますが……本日は、あなた達が確実にレベルアップできる相手を用意しました」

 レンはそう言うと、円形闘技場の方に向き直り、声を張り上げた。

「御紹介します!」

「勇者ランキング一位――二階堂竜司&ベネディクト沙月ペアです!!」

 シミュレーションフロアの照明が突如暗転――

 直後、円形闘技場に設置されたスポットライトが、闘技場に佇む二人の男女を照らし出した。

 ……嫌な感じだ……何だか芝居がかっているな……直人は訝った。

 闘技場では、事前に待機していたらしい複数台のドローンが宙を舞い、動画を撮影しながら蠅さながらに飛び交っていた……


 その男は長身でスマートな体格の美男子だった。

 栗色の綺麗な髪が肩まで延び、余裕の表情を湛えた口元には、女性層から可愛いと評判の八重歯がキラリと光を放っている。

 背中には青色の名刀――氷剣アルマスが差さっている。どこかから吹く風が、暗黒色に塗られたマントを格好良くひらめかせた。

 一方女性勇者の方は……理由は不明だが……菫色のスーツを身にまとっていた。

 その出で立ちは、勇者というよりも美人のキャリアウーマンを連想させた。身長一七〇センチ程あるのだろうか? 女性にしては大柄である。膝上丈でカットされたスカートの両側は僅かに膨らんでおり、短剣か拳銃でも仕込んでいそうだった。

 先輩勇者は桐生兄妹を真っ直ぐに見つめながら二人の前に歩み出た。

 ……強い!

 直人に直感が走った。

 ……この二人はやばい!!

 シミュレーションでしか実戦経験のない兄妹にもそれは理解できた……まるで隙がないのだ。

 加えて表情こそ笑みを湛えているが、威圧感が半端ではなかった。

 直人は思わず後ずさりしそうになりながらも、気持ちで何とかそれを押し留めていた。


 二組の勇者のペアが円形闘技場で睨み合っていた。

 勇者ランキング一位の座を一年以上守り抜いているベテランと、これからデビューを果たそうという新人勇者の初顔合わせだった。

 先に口を開いたのは、現在日本最強と目される勇者・二階堂竜司だった。その後をベネディクト沙月が続く。

「君達かね? これから死ぬことになる、新人勇者というのは!」

「よろしくね、可哀そうなド新人ちゃん……あなた、唯さんだったかしら? ちょっとだけ可愛いからって、いい気にならないで欲しいわ!」

 先輩と後輩の間柄ではあるが、初対面の挨拶としては、何とも歓迎的な挨拶だった……

 直人は一瞬頭にカチンと来たが、同時に何か違和感を感じていた。

 それとなく周囲を見回すと、暗がりの中複数台のドローンが飛び交っているのが確認できる……そう、今この間も俺達は撮影されているのだ。

 何か裏がある……直人はそう思い探りを入れようとした……しかしそれは彼の妹が許さなかった……残念ながら。

 唯は売られた喧嘩は真っ向から買う主義だったのだ……それに関しては決してブレることのない唯だった……本当に残念ながら。

 無論それは、勇者ランキング一位の大先輩勇者とて例外ではなかったのだ。

 唯がコツコツと靴音を響かせて、闘技場の横に設置された台座に向けて歩いて行った。

 台の上には物理攻撃が可能と思われる物騒な武器がいくつも置かれている。

 その中には直人がレンから譲り受けた魔剣――アヴァロンもあった。

 唯は手近にあったアヴァロンの剣を掴むと直人に向かって投げ付けた。一方自分は柄の長い魔法のロッドを鷲掴みにすると、いきなりヴリルを起動させた。

 唯の全身が真紅のオーラに包まれて行く……髪の毛は怒りで総毛立っていた。

「これからボコボコにされる先輩勇者さん。口が利けるうちに名前を頂けるかしら?」

「フッ……」

 男は唯の反応を見て嬉しそうに笑った。

「俺は二階堂竜司、これから君達を屠る者だ」

「私はベネディクト沙月、デビュー前に兄妹仲良く再起不能にしてあげるわ!」

 現在最強の勇者と、デビューさえもしていないド新人勇者との戦いが、こうしていきなり幕を上げたのである。

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