第二四話「勇者へのラブレター」

  ――勇者・桐生兄妹、襲撃事件の翌週。

 その悲劇は突如幕を上げた。

 直人が何気なく下駄箱を開けると、淡いピンク色の封筒がはらはらと落下して来たのである。

 一緒に登校している唯が目ざとくそれを拾い上げると、封筒を繁々と確認した。 

 唯の鼻孔を仄かな香水の香りがくすぐる……

 封筒の表には達筆でこう書かれていた。

 ――勇者・桐生直人様に愛を込めて――

 唯は平静を装い、震える手で封筒の裏を確認した。差出人は不明、封筒を閉める封緘ふうかんの部分には、紅色のリップマークが付与されていた。

 唯はリップマークに触れない様に最新の注意を払い、三日はき続けたけがらわしい兄のパンツにでもに触れる様に封筒の端をつまんだ。そのまま手首のスナップを利かせ、ビシッと直人の胸に叩きつける。

 唯が恐ろしく低い声で一言告げた――

「誰?」

 直人は得も言われぬ悪寒を感じながら封筒を受け取った。

 今度は直人が平静を装う番だった。

 鑑識が犯行に使われた凶器にでも触れる様に繁々と表面を観察する。

「男……ではないみたいだな」

「そんなこと分かってるわ」

「私が知りたいのは~~~~、心当たりが無いのかってことよ!」

「全く無い」

「嘘ね!」

 唯は眼光鋭く、直人の目を真正面から睨み付けていた。

 唯は直人の嘘を一撃で見抜いていたのである……

 実際の所、勇者に成って以来、直人は実に多くの女子から告られていた……女子高生から女子大生、OL、人妻、幼女、はたまた商店街のおばちゃんに至るまで告られまくっていたのである。

 しかしそれを唯に話す訳にはいかない……話したが最後……


「兄さん、交際相手はよく良く選んで頂戴ね! 妹の私の身にもなって欲しいわ」

 唯が啖呵を切った。

「勿論だ唯、交際相手は紹介する」

「約束よ、兄さん」

 直人は頷きながらも……多分ね……と心の中で呟いていた。

 と言うのも、過去に交際相手を紹介した結果、数週間経つとその女性達が蜃気楼の如く姿を消して行く……という謎の怪奇現象が多発した為だった。まるで、元来存在していなかった砂漠のオアシスさながらに、交際相手の女性達が跡形も無く直人の前から姿を消して行ったのである……

 女性達は住所を移し、電話番号を変え、二度と会わない様に粛々と生活していたのだった。

 どうにも気になった直人が、数ヶ月かけて相手の居所を突き止め、何とかアポを取り問い詰めてみたところ……

「直人君のことは嫌いじゃないんだけど……」

 という話の流れに決まってなり、

 最後にはいつも……

「妹ちゃん怖い!」

 と言いながら女性達は蒼い顔をして、身体を震わせながら泣き崩れて行くのだった。

 それを聞いた直人の顔色も同様に蒼ざめて行った……夜な夜な白装束を着込み、彼女の家の前で待ち伏せし、交際相手そっくりの藁人形の眉間に五寸釘を打ち込む妹……話を聞いただけで身の毛がよだつ直人だった。何と妹は兄の交際相手との関係をぶった切る達人と化していたのである。

 つまり直人は、唯のお眼鏡に適った相手を見つけない限り、未来永劫彼女ができない運命にあったのだ……

 

 直人がそんな過去の経緯を思い出し、ラブレターを素早くカバンに押し込もうとした時に事件は起きた。

「……何してるの?」

 唯が獣の眼光で直人を睨め付けていた。

「何って?」

「その手紙、危険物かもしれないわ。今すぐ爆破すべきね」

「ば……爆破――――――――――――――――――!?」

「忘れたの兄さん? 勇者は誰からも歓迎されている存在じゃない。生徒会長との一件はその良い例だったわ」

いや、俺には単なるラブレターにしか見えないけど……」

「もし手紙に爆破魔法が付与されていて、封を切ることがトリガーとなっているとしたら……よく良く考えてみて……指を欠損するだけじゃ済まないわ」

「つまり……」

「命が無いってことよ」

 直人は思案していた。取り越し苦労かもしれないが、唯のいうことも一理ある……勇者は誰からも好かれている存在では無いのだ。

 直人はこくりと頷いて、しまいかけていたラブレターを取り出した。

「どうすればいい? 唯」

 唯は美しい赤髪に指をかけてくるくると回しながら、何とも気怠けだるげな表情をした……

「そうねえ……校舎裏に行きましょう」

 ここまでのやり取りで、直人は完全に唯に呑まれていた……彼はまるでアリゲーターに丸飲みにされる寸前のヤギと化していたのである。

 一抹の嫌な予感と共に、直人は静かに頷く他無かった。


 ――校舎裏。

 静寂だけが空間を支配していた。

 直人は差出人不明の一通のラブレターによって妹に尋問を受け、過去のトラウマを思い出し、そして今人気の無い校舎裏にいる……

 直人はラブレターを地面に置き、既に距離を取っている唯の元へと駆け寄って行った。早くこの件を片付けなければ、朝の授業に間に合わない……

「じゃあ爆破するわ」

 唯の身体から真紅のオーラが立ち昇った。

「ちょっっ、ちょっと待ってくれ……」

「まだ爆発物と決まった訳じゃないだろ。せめて中身を確認させてくれ……」

 そう、ラブレターの正体が本物で、且つ唯のお眼鏡に適う女子からの手紙かもしれないのだ。

 直人は粘った……もう女日照りの人生はこりごりだ。

「仕方無いわね……でも時間が無いの、早く済ませて頂戴」

 直人は頷くとヴリルを開放した。直人の全身が鮮やかな紺碧のオーラで包まれて行く。

「サイコキネシス……」

 直人の思念が一〇メートル先にある手紙に触れた……直人と同様に差出人不明のラブレターも、紺碧のオーラに包まれて行く。

 手紙の封緘部分が起爆剤になっている可能性がある……直人はサイコキネシスで手紙の端をゆっくりと千切って行った。

 どうかとは思うが……勇者・桐生直人は今、一通のラブレターを前にオーラを天高く立ち昇らせ、戦闘訓練で怪物と戦う時以上に集中しまくっていたのである。

 直人は指を動かす様に遠方の封筒を千切り終えると、今度はその内部へと思念を通わせた。

 感触的には……それは手紙以外の何物でもなかった……一瞬ためらった後、静かに封筒内部の手紙を引き抜いた。

 起爆は起きなかった。

「ふう~~~~~」

 直人は一呼吸置くと、サイコキネシスで手元にラブレターを誘導した。

 今ラブレターは直人の手の中に収まっていた……ヴリルの発動を収束させる。同時に紺碧のオーラが消失して行く……

「な~んだ。やっぱり何にも起きないじゃないか唯。お前の取り越し苦労さ。はっはっはっ」

 唯にはそれが気に食わなかった様で、ぷく~っと頬っぺたを膨らませている。

 その唯がラブレターに人差し指を突き立てた。

「それ、何が書かれているか読ませてくれる?」

「じょ、冗談だろ? そ……そんな恥ずかしいこと……」

「兄妹ではどんな隠し事もしない! 両親が亡くなってからの私達のルールよ。忘れたの兄さん?」

 妹に自分宛てのラブレターを読み聞かせる??? 一体、どんな恥辱プレイだろうか!? 嫌いでは無いが……やっぱりあり得ん!

 直人は溜息を付くと、震える手で自分宛てのラブレターを唯に差し出した。

「恥ずかしすぎる、自分で読んでくれ」

 唯は何とも可愛らしく華奢な指で手紙を広げると、兄宛てのラブレターを自分の目の前にかざした。

「……………………………………………………」

 唯の目は点になっていた。

 その後、まず頬っぺたが紅くなり、次に顔面を紅色に染め上げると、最後には全身が真っ赤っ赤に変色して行ったのである……その姿はまるで鍋の中で不幸にも茹で上がって行くタコさながらだった。

「唯……唯……どうしたんだ。何が書かれているんだ!?」

 唯は全身を紅色に染め上げて、頭から湯気を発散していた……まるで沸騰を続けるやかんさながらに、湯気の量は一秒毎にかさんで行った。

「まさか……魔法なのか? 手紙に魔法が付与されているのか!?」

 直人は硬直する唯の手から急いで手紙を取り上げると、繁々と中身を確認した。

「え~~~~何々……愛するあたしだけの勇者・桐生直人様――昨晩は……」


【――昨晩は私の●●●●と●●●発射して……好きものねっ♥ ●●●●もう我慢できない! ●●●●がヒクヒク●●●●昇天●●● あなたのチン●●大好き! ♥♥♥何回も何回も♥♥♥わ♥ 本当に●●チン!ね……今すぐあなたの●●●●が欲しい……あたしの恥ずかしい秘部に●●●●●●●注射して♥ 荒縄で●●●●●舐って、ワレメ●●●●●●してぇ♥ 後ろから犬みたいに●●●●●●●●●してっ♥ 御褒美●●●●●して●●●●●●●●出してっ!……下半身●●●●●一晩中、一滴残らず●●●●●●●●●●頂戴♥ あなたの●●●●を考えるとオマタが●●●●●!♥♥♥あたしの穴という穴に●●●●鞭で●●●! ●●●●凌辱●●●!!】

 

 直人はテレビであれば“ピー音”連発間違いなしの禁断のワードを、実妹の前で考えも無しに言ってのけた。

 そこで直人は全身を紅色に染め上げた唯の身体が、小刻みに震えているのを知った……

「いつまで…………」

「えっ???」

「いつまで読んでんだ――――――――――――――――――――――――っ!!」

 次の瞬間、直人のどてっ腹に唯のボディーブローが減り込んでいた。

 直人は口から泡を吹き、両膝を地面に付くと、手から零れ落ちたラブレター……もといエロレターの上に倒れ込んで行った。

 まさか勇者をからかったエロレターによって生死の境を彷徨うとは……

 ……彼女いつできるんだろ?

 俺も一晩中●●●●や♥♥♥♥したい……そして穴という穴に……

 直人は薄れゆく意識の中で、午前中の授業のことではなく、未来の彼女との秘め事について思いを抉らせていた……

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