第二三話「狙われた勇者 末路」

「なっ! なあんだとおお……きっ、貴様! たった一人で四人を!?」

「勇者の親友を舐めんなよ……ゼーハー、ゼーハー」

 何故か何もしていない直人が偉そうにドヤ顔で反応を返す。

「おっ、お前は桐生直人よりも強いんじゃあないのか!?」

 その言葉に京と直人は顔を見合わせた。

「戦歴は……」

「五分五分だ……」

 二人が口を揃えて言葉を返した。

 スピード狂 VS 反則王……ちなみに反則王はUNPA剣道部での直人の仇名だった……

 同じ剣道有段者である二人の勝負は明確な決着が付かないまま、ここまで芋づる式に続いて来たのである……それはまるで彼等の友情の様でもあった……切れそうで切れない縁……つまり腐れ縁と言う奴だ。

 和貴は戦力を見誤っていた……

 戦意喪失した彼の腰は完全に引けている。

 どうやらたった今崩れ去った大山が、和貴の切り札だった様だ。

「どうする? 負けを認めるなら……」

 京が全てを言いかけた所で凛とした声がその場に響いた。

「まだ勝負は付いていません! 次は私の番です!」

 和貴の横で今まで秘書の様に帯同していた少女が口を開いた。

 遠山楓とおやまかえで――和貴の幼馴染にして、高ノ宮家でメイドとして働く高ノ宮財閥の信奉者だった。ショートカットに切り揃えられた髪の毛の下で、両のまなこが鋭い光を放っている。

「そこの沢木を狩る必要何て、初めからこれっぽっちも無かったんですよ……」

「私達の目標は会長を傷つけた変態勇者・桐生直人! 只一人だった筈……戦闘狂の男共が突っ走って自滅したのは計算外もいい所です……ほんっとうに男って……」

 そこまで言うと楓は和貴をチラ見した後で口を閉ざした。

「本当に男ってシスコンが多いよな……」

 直人は自分のことは多いに棚に上げて、楓の言葉を引き継ぐ様に言った。

「ほ……ほざけていられるのは今の内だけですよ。変態視姦勇者・桐生直人! あなたはこの惑星全女性の敵です!」

 楓はウジ虫を見る様な目で直人を見下げて言い放った。

 その言葉に仲間である筈の紗花が、うんうんと神妙に頷いているのが多いに気になった直人だった……

 映画であれ小説であれ、“裏切り”は物語が進む時の常套手段……直人の額から冷や汗が今日も順調に流れ落ちて行く。

 その刹那、楓の全身からマゼンタのオーラが迸った。


「ウインド・ブレイド!」

 バリイイイイイイイイイイ――――――――ッ

 一瞬の間隙かんげきを突いて、楓の放った風の刃がN・Aバリアを粉々に打ち砕いた。

「勝負は一瞬で付くんですよ……次はその首を狙うから覚悟するんですね、この変態視姦勇者!」

 楓が直人と紗花に餞別の視線を投げる。

「玉木紗花、あなたがバリアを張るスピードより、私の風魔法の方が断然早い……そこでどうでしょう? 今、あなたが桐生直人を差し出せば、私はあなた達には何もしないと約束します」

 楓が確信と共に啖呵を切った。

 ……遠山楓……そう言えば聞いたことがある。

 直人は記憶の糸を手繰たぐり寄せていた。

 UNPAでは上位の成績優秀者にランクされる風魔法の使い手……だった筈……

 楓のショートカットが風でサラサラと揺れた。

 その眼光は矢の様に鋭く直人自身の両目を貫いている。

 ……殺意を感じる。

 直人はゴクリと生唾を飲んだ。

 まだ首を斬られる訳にはいかない……妹を守れるのもそして何より妹を視姦できるのも首が付いていればこそだ……

 直人は一抹の不安を感じ、お伺いを立てる様に下から紗花の表情を覗き見た。

 大丈夫だ……紗花は友達を売る様な人間ではない……多分……恐らく……あ~~どうかな~~どうだろうな~~あっさりと売りさばく様な気もするな~~

 エキセントリックな親友に、自信を無くして行く直人がそこにいた。

 それにしても……高ノ宮早紀……そして和貴……更に早紀の信奉者である生徒会メンバー達。

 そんなにこの俺が……勇者が憎いのか!?

 それとも真に憎いのは勇者協会・デュランダルか???

 一体何故そこまで熱くなれるんだ!?

 何故お前達はそこまでするんだ!?

 退学の……そして刑務所行きのリスクまで犯して……

 直人は常軌を逸した彼等生徒会の執念を怖れずにはいられなかった。


「直人はあげないわ!」

 紗花が直人の前に右手を突き出して彼を庇う。

「彼は希少種よ……私の実験動物モルモットに手は出させないわ……」

「……………………!?」

 一先ず身の安全を確認した直人だったが、その理由に関しては残念ながら納得することが全くできなかった……

 “モルモット”呼ばわりされて納得する人間が果たしてこの世にいるだろうか!?

 “肉奴隷”辺りなら……直人はこの期に及んでスケベなことを考える自由を忘れてはいなかった……変態視姦勇者としての彼の真骨頂がここにあった……

 そんな直人のスケベな思惑など意に介される筈も無く、女子組二人の会話は続く。

「それに、私の方が早いわよ。あなたじゃ相手にならないわ」 

 紗花の挑発とも取れる言葉に楓の目が吊り上がる。

「ふう~~~~ん…………そう……ですか。あなた……自信過剰って人からよく言われませんか?」

 楓の瞳が鈍い光を放ち紗花を凝視する。

 そして再び直人に視線を合わせる。

「良い友達を持って幸せな人生でしたね……変態シスコン視姦勇者・桐生直人! 会長を傷つけたことをあの世で後悔なさい!!」

 直人の額から再び冷や汗が滴り落ちた。

「ウインド・ブレイド!」

 ――風の刃が空間を切り裂きながら、直人の首筋へと一直線にひた走る。

 直人の目は点になっていた。

 楓は嘘を付いていなかったのだ……脅しやはったりでは決して無い、何たるスピード!?

 楓の放った風魔法・ウインド・ブレイド……ことスピードにおいては、紗花がバリアを張るスピードを遥かに上回っていたのである……

 その刹那――――

 “バシュッ――――――――!!”

 ウインド・ブレイドは虚空と化した空間を切り裂いていた。

 彼女の視界からは紗花と桐生兄妹が忽然と消えていたのである……

「えっ!? なっ……!?」

 “ブゥ――――――――――ン!”

 楓の耳に虫の羽音の様な異音が響いた。

 その瞬間、楓は自身の背後に“何者か”の気配を感じ取っていた……

 ぞっとするとはこのことだ……その者はいきなり楓の背後を取ったばかりか、背中に片手で触れていたのだ……

 ――紗花だった。


 紗花はウインド・ブレイドのスピードを超えて、一瞬の内に楓の背後を取っていた。

 楓の背中は隙だらけだった……

 彼女は楓の背後に桐生兄妹を引き連れていた。

「…………黒だな」

 楓の背後で力無くうずくまっている直人が呟いた。

 楓が真っ赤な顔で制服のスカートを押さえたが、もはや後の祭りだった……

「緊張感台無しよ……直人……」

「済まん……」

 直人は誰に対して謝るでもなく謝っていた……しいて言えばパンティーの色の予想を大きく外した自分自身の未熟さに謝っていた……

「…………………………」

 そんなアホ過ぎるやりとりを勇者とその親友がしている間も、楓は羞恥心と恐怖から一歩たりとも動くことができなかった。

「じゃあちょっと行ってくるね♡」

 紗花が直人と京に言う。

「どこに?」

 直人と京、そして楓が口を揃えて言った。

「パ・タ・ゴ・ニ・ア♡」

「えええええっ――――――――!?」

「テレポーテーション!」

 紗花の全身が山吹色のオーラで一際眩しく発光する。

 その直後、彼等の前から紗花と楓が忽然と姿を消した……

「テレポーテーション……だと!?」

 しばし蚊帳の外だった和貴は呆気あっけに取られていた。

 超能力……しかも超の付く程高等な……まさか扱える人間がこの学園内にいたとは!? しかも勇者でも何でも無いあの少女が……

 和貴は狼狽うろたえてその場にペタンと座り込み頭を抱えていた。

 “ブゥ――――――――――ン!”

 再び、虫の羽音を思わせる異音……実際は空間が軋む時に発せられる音だ。

 紗花は帰って来た……

 一人で……

「もう一人はどうしたんだ?」

 一応京が確認する。

「捨てて来たわ……」

 紗花が朝のごみ捨てのルーティンを実行したかの様にあっさりと言う。

「泣き叫んでいたけれど……殺人未遂は頂けないわ……」

 ……怖え女。

 京は心の中でその言葉を噛み殺していた。


「さあ、お前一人になったぞ!」

「南極と北極……どっちがお好み?」

 京と紗花は鬼の形相で、体育座りをする和貴を上から睨め付けていた。

 和貴を見下しながら拳をバキバキと鳴らす様は、カツアゲを糧とするベテランの不良以外には見えなかった……

「せっせせせ……生徒会に入れてやる……内申ないしんに効くぞ……それで手を打たないか?」

「死んでも入らん!」

「ええ……あなたがいる限りね……」

「そっ……そっそっそっ……それなら世界の半分を貴様達にやろう! それでどうだあ?」

 パニックから中二病を引き起こした和貴には、もはやまともな理性は残されてはいなかった……

「やはり一〇発程しばいとくか?」

 と京。

蝋燭ろうそく荊棘いばらのムチ……どっちが好み?」

 と紗花。

「簀巻きにして渋谷川にでもうずめるか?」

 と直人。

「いや、浅すぎるだろっ!」

 直人の分かる人にしか分からないご当地ジョークに、親友二人が突っ込みを入れる。

「じゃあそれなら……」

 直人が改めて罰ゲームの提案をした。


 ――夕刻。

 高ノ宮早紀の弟・和貴は、簀巻きにされた状態で渋谷川……ではなく、高ノ宮家のお屋敷の前に放置された。

 彼は一体何をされたのか!?

 白目を剥き気絶した状態で、その蒼白く変色した唇には、今回の一件について書かれた手紙が咥えられていた。

 ……時を同じくして、妹の復讐に燃える勇者・桐生直人の行動は迅速だった。

 意識の戻ったモブA・Bを脅し、早紀のメルアドを聞き出すや、かの“シスコン賛歌”から、一時的に俺の記憶を植え付けておいた”という和貴のくだりまでを当事者である早紀へと送り付けたのだ……

 ――弟・和貴の特殊な性癖が、姉の前で白日の下に晒された瞬間だった!

 後日和貴が体調の回復した早紀に吊るされて、二四時間に渡ってケツバットを浴びたという話を風の便りで聞いた……

 果たしてそれが罰ゲームになり得たのか!?!?!?

 実際の所、シスコンである和貴にとって、それは待ちに待った御褒美だったんじゃあないのか!?

 否、御褒美だったに違いない……どんな形であれ、愛する者とのコミュニケーションには違いないのだ。同じシスコン属性として、姉と妹の違いはあれど、シスコンの気持ちが手に取る様に分かる直人だった。つまり敵対関係だった両者は、幸か不幸か同じ変態属性だったのだ。

 今回戦闘には参加できなかった直人だったが、こうしてまんまと復讐を果たしたのである。

 一方、今回の事件の被害者である唯は、何とも複雑な心境だった。

 生徒会への復讐は兄である直人によって果たされた……しかし、唯の一番のダメージは、何を隠そう夢の中でその兄に視姦され続けた精神的ダメージだったのである……

 このままじゃいけないわっ!

 兄との新しい関係の構築に向けて、深々と現状と対策について考え直した唯だった。

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