第二二話「狙われた勇者 神速」

 ……唯の時と同じだ。睡眠魔法で眠らせたのか!?

「おい! 助けないのか?」

 直人が咄嗟に叫ぶ。

「ああ……今はな…………」

「……………………………」

「そのことは高柳も承知の上だ……今はヒール魔法で無駄にヴリルを消費する訳にはいかない……」

「無駄ですって!?」

「仲間が痛んでいるのよ……それに、治癒は早い方が術後の回復も早まるわ!」

「悪いなお嬢ちゃん……」

 そこで一人の男が会話に割って入って来た。

 大熊・グリズリーを思わせる巨漢の男だった。

 身長一九〇センチは下らない……しかしそれにもまして目を引いたのはその男の体格だった……

 鍛え上げられた筋骨隆々の身体は、人間の域を遥かに超えている様に見えた。

 彼の右手には烈同様、鈍く光る鉄パイプが握られている。

「何度も言わせるなよ! 俺達は目的を持って今ここにいる。勇者・桐生直人! 貴様の命を手土産にして、会長に捧げなくちゃならん。仲間の治療はその後だ……」

「イカれてるぜ……お前等……」

「お前たちの崇拝対象は生徒会長か? それとも彼女に何か吹き込まれたのか?」

「…………………………」

 直人の問いに彼等は無言を持って答えた。

 ……奴等の崇拝対象は生徒会長……否、高ノ宮財閥か? 高ノ宮財閥は勇者協会・デュランダルに敵対姿勢を取るこの国の一大財閥だ……今回の一件が早紀の思惑でないにしろ、彼女はこいつらに一体何を話したのだ???


「次は俺の番だ!」

 その男大山剛は、巨躯の身体を左右に揺すりながら、仲間三人を潰した京の前へと立ちはだかった。

「俺はアームレスリングの高校生チャンピオンだ。俺の攻撃が痩せっぽちの貴様に果たして耐えられるかな?」

 剛の挑発に京の目の色が変わった。

「面白い…………」

 両者が武器を構えたまま渋谷の路地裏で睨み合う。

 京は右手右足を前に出すオーソドックスな剣道の構え。一方、剛はその真逆だ。

 剛が鉄パイプを上段に構える。

 得物は他の仲間の物よりも一回りはでかい……鉄パイプというより鉄棒の様に見える。

 ……あれをもしくらったら……一発で昏倒してあの世へ向けて一直線に旅立つだろう……

 それにしても……京は改めて得物を構える剛を見やった。

 はは……本当に熊の様だ。

 京は敵のでかさに只笑う他なかった。

 武器を上段に構えた剛は更に巨大に見える。

 熊と言うより……まるで巨岩の様だ……下になったらそれで終わりだ……威圧感が半端ではない。

 ――先に剛が動いた。

 踏み込みと同時に鉄パイプを京の脳天目掛けて振り降ろす。

 ゴオオオオオオオオオ―――――――!

 二階から鉄パイプが振って来る様だった。

 警棒を頭上へ水平に掲げてディフェンスする……警棒を左手で下支えする。

 バキイイイイイイイイイイイイン!

 互いの武器が正面衝突する鈍い音。

 ……何て重い打撃だ……と京は思った。

 まるで自分の身体が杭になって、地面へと打ち込まれて行く様だ。

 身体が下方へと沈み込む。

 ミシイイイイイッ……

 京の足元でアスファルトにひびが刻まれて行く。

 バキイッ!

 バキイッ!

 バキイッ!

 大山は京が頭上に掲げた警棒目掛けて、何度も何度も鉄パイプを振り降ろした。

 アスファルトに刻まれた皹が縦横無尽に拡がって行く……

「ぐっ……くうっ……」

 京の表情が苦痛で歪む。

「ちょっ……何してんのよ京君! 挑発に乗ってないでそこから逃げなさい!!」

 紗花がたまらず声をかける。

「そうだぞ京、我慢はするな、一端逃げろ……俺はいつもそうしている……ゼーハー、ゼーハー」

 直人が勇者としてはどうなんだ!? という問題発言をいつもの様に平然と言ってのけた。

 しかし京の足は動かなかった……否、正確には動かせなかったのだ……


 ……足が……足が異様に重い。

 まるで両足にいかりでもぶら下がっている様だ……

 これは重力魔法か!?

 ……剛は京の顔面への攻撃に集中していた……脳天、テンプル、人中、顎、眼球……顔面の急所目掛けて正確に打撃を打ち込んで来る。

 彼の身体はアンバーに光り輝いていた……そう、京の読み通り剛は重力魔法を行使していたのだ。

 京はディフェンスに追われていた。

 いつもの様に“羽が生えた”とまで言われるフットワークで攻撃をかわすことができない。

 警棒のコントロールを一瞬でも誤ったら、一撃で……そして考えうる限り最悪な形で決着が付く筈だ。

 剛の渾身の面打ちで、ついに京の状態が揺らいだ。

 仰向けに倒れそうになるのを両足で必死に堪える……倒れたらそれで終わりなのだ。

 しかし京はその時、がら空きのボディを敵へと晒していた……

 かつて喧嘩師と言われた剛がその瞬間を見逃す筈も無かった。

「そこだ! くたばれ沢木!」

 剛が踏み込みざま、がら空きのボディ目掛けて鉄パイプを水平に振り抜いた。

 バキイイイイイイイイイイッ――――――――!!

 再び渋谷の路地裏に鈍い金属音が響く。

 京は凄まじい勢いで遥か後方へと吹っ飛ばされていた。

 後一瞬ディフェンスが遅れていたら、肋骨が複雑骨折していたに違いない……

 ……しかし、奴が吹っ飛ばしてくれたおかげで、重力魔法の呪縛からは抜けられた様だ……そして敵の手の内はこれで分かった。

 京が満を持して飛翔魔法を起動する。全身がライトブルーの輝きを放つ。

 飛翔魔法の推進力を利用して、後方へとふっ飛ばされて行く身体に減速をかける……

 ――その時剛の魔手は、京が離れた隙を突いて勇者・桐生直人へと迫っていた。


 剛が手の中の鉄パイプの感触を確かめながら直人へと迫る……勇者を狩れるのが何故そんなにも嬉しいのか? 彼の顔は不気味に微笑んでいた……

 剛が直人に向けて口を開く。

「お前等がやりすぎたんだよ!」

「何……だと……ゼーハー、ゼーハー」

「恨むんなら、勇者協会・デュランダルを恨むんだな……」

 剛の顔面に殺意の影が射した。

 ……随分と距離を取られた。

 その時京は直人から二〇メートル程離れた地点にいた。

 直人は死に体……そして紗花は、直人と眠り姫と化した唯のおり役だ。

 ちなみに彼女は眠りに落ちてからずっと「兄さん、視姦は止めて……」という独り言を繰り返している。

 親友の変態っぷりを改めて理解した京は思った。

 早く助けた方が良いな……色んな意味で……

「N・Aバリア――――!!」

 紗花が迫り来る剛を前にバリア魔法を起動した。

 無論、兄妹を守る為ではあろうが、自分の身に危険を感じたのかもしれなかった……いかんせん剛の顔が怖過ぎるのだ。

 ……奴はノーメイクでホラー映画に出れるに違いない……と直人は思った。

 ちなみに直人は今にもチビる寸前だった……

 紗花を中心に半円形のバリアが兄妹もろとも包み込む。

「ハイ・グラビティ」

 剛が大木を思わせる左手を、紗花の生成したバリアへとかざす。

 直後、山吹色のバリアがアンバーへとその色彩を変えて行った……バリアが共振して激しく左右にたわむ、軋む……

「シスコンの信奉者にしてはやるじゃない……」

「ほざけ! 今直ぐこんなバリアぶっ壊してやる」

 剛が手に持った得物をバリアへと振り降ろそうとした矢先……京が飛翔魔法で剛目掛けて突っ込んで行った――


「そろそろ来る頃だと思ってたぞ、あんちゃん」

 剛が振り向きざま京目掛けて左手をかざす。

「ハイ・グラビティ」

 その瞬間、京は飛翔魔法を解除――横っ飛びで右へ跳んだ。

 ハイ・グラビティは京を捉えることができなかった……近くの空き缶がひしゃげて、不幸にも奇怪な姿へと変形を遂げる。

「ハイ・グラビティ」

 京が今度は左へ跳ぶ……

 彼のフットワークが重力魔法の呪縛を次々とかわして行く。

「ハイ・グラビティ! ハイ・グラビティ! ハイ・グラビティ! ハイ……」

 剛の重力魔法のラッシュを京はジグザグに跳ぶことでことごとくかわしていた。

 ダイヤモンドの警棒を携えた京が剛へと迫る!

「さっき吹っ飛ばしたのが失敗だったんだよ……」

「んっなああああああ――――――!?」

 京の神速とも言われるフットワークに剛は付いて行けなかった……そのスピードは京の残像を敵の目に作り出す程のものだったのだ……

 ――スピード狂。

 それがUNPA剣道部での彼の仇名だった。

 剛の目には京の姿が三体に映っていた……

 あっという間に京は剛の懐深くへと潜り込んでいた。

 勢いのまま警棒の先端を鳩尾みぞおち深くへと突き立てる。

「がはああああああああああああ……………………」

 剛は口から泡を吹きながら、地面に両膝を付き、渋谷の路上へと倒れ込んで行った。

「四人目……だったか?」

 京が昏倒した敵に警棒を向けたまま呟いた。

 勇者とその親友 VS 生徒会のパワーバランスが崩れた瞬間だった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る