第二一話「狙われた勇者 剣客」

 京が伸縮性の警棒を一振りした。

 ガシインッ! という金属音と共にロックがかかる。

 ……これは避けられない戦いだ。

 姉に取り憑かれた高ノ宮和貴は、これから俺の友達を狩ろうとしているのだ。

 あのドッジボールの試合は自分もグランドで見ていた……あれはフェアーな試合だった筈だ……直人にしては……二度と起きない奇跡に違いない……

 京は紗花と同様にやはり語尾を濁した。

「紗花二人を頼む」

 ――京がヴリルを開放する。

 身体からライトブルーのオーラが発散される。

「高質化魔法――警棒の硬度をダイアモンドへと変換する――」

 京の言葉と共に警棒がライトブルーの輝きを放つ……見る見るうちにその硬度が上昇して行く……僅か数秒で彼の得物は、こと硬度においてダイアモンドと遜色がない代物へと変質を遂げていたのである。

 一方生徒会メンバーの手には、先端を鋭利に研いだ鉄パイプが握られていた。

 彼等は手にした鉄パイプを己の平手にパン! パン! と当てて、その感触を確かめている。

 ……確認しなくても分かる。あの得物はやばい。

 京に直感が走った。

「まずはうちの新人二人が相手をしてやる……」

「殺れ!」

 和貴が片手を上げて号令をかけた。

 その言葉を合図に生徒会メンバー二名の顔付きが豹変した。

 口々に「ウガルルルルルル…………」という野獣を思わせる雄叫びを上げ、目は完全にイっていた……口からは涎を垂れ流しているというおまけつきだ。

 ……これが催眠魔法か!?

 怖ろしいものだな……深層心理を操作して、人間をここまで敵意剥き出しの野獣に変えられるとは!? 高ノ宮和貴の手腕なのか? それとも新人であるこいつらに操られてしまう下地があったのか? 和貴は生徒会に入った新入生に対して、こともあろうか校内の生徒会室で洗脳をしていたとでもいうのか???

 京は生徒会の新人二人を繁々と観察した。

 ……何ということだ!

 気付いてしまったことが一つある。

 彼等は誰がどう見ても “ザ・モブ ”という様な顔立ちをしているではないか!?……モブの中のモブ……さしずめ “ザ・モブキング ”といった所だろうか!?

 ――没個性。

 それが京の彼等に対する印象だった。

 真っ白なキャンバスはどんな色にでも染めやすかった……ということか? 高ノ宮和貴はそんな彼等に目を付けてその特性を利用したのか?

 京は彼等に対してモブA、モブBという仇名付けた……失礼極まりないことは彼自身が重々承知していた。

 その頃直人も彼等に対して、モブA・Bという仇名を付けていた……偶然を通り越した必然がそこにあった!

 ……可哀そうに……彼等が後日この姿を見たら、ショックで三日は寝込むに違いない。

 しかし何に付け証拠は必要だ……直人は懐に隠し持った携帯で、さり気なく彼等の行為を記録していた……動けないなりに病人にもやれることはあるのだ……



 モブA・Bが鉄パイプを上段に振りかぶる。

「ウガルルルル――――ッ!!」

 野獣の雄叫びと共に京へと襲い掛かる。

 その刹那、彼等はもんどり打って倒れていた――

「何が起きた…………!?」

 和貴が驚きの声を上げた。

 そこで誰かが “ヒュ――――ッ ”という口笛を吹く音が聞こえた。

「解説してやろうか? 和貴?」

 口笛の主が前方へと歩み出る。

 その行為に和貴は目が点になっていた。

「そこの沢木京が、うちの足立と池田が鉄パイプを振り降ろした瞬間、飛び込みざま鳩尾とレバーを突いたのさ……たったそれだけのことだ……」

「たったそれだけ?」

 和貴はまだ目が点になったままだった。

「まあ、スピードは規格外だったがな……」

「オイ! 意識が無かったんじゃあないのか?」

 二人のやり取りに京が突っ込みを入れる。

 口笛の男が応える。

「意識が無いのはそこで倒れている一年の二人だけだ……俺とつよし、それにかえでは完全に覚醒してるぜ……」

 その言葉に和貴は自分の髪をワシャワシャと掻いた。

「あ~~もう、何でバラしちゃうかなあ~~お前等…………」

「俺達は自分の目的、意思を持ってここに来た……俺達三人は和貴! お前一人に罪を擦り付け様なんて初めから考えてないぜ……」

 そこで男は一つ深呼吸をすると名乗りを上げた。

「俺は高柳烈たかやなぎれつ、俺の目的はお前等二人だ!」

「…………………………」

 今度は直人と京の目が点になる番だった。

「俺達が……目的だと!?」

「まさか貴様もBL!?」

 直人のボケを軽く無視して烈が続ける。

「桐生直人と沢木京……前からお前等二人と真剣でやってみたかったのさ……」

 その言葉に直人が反応する。

「あ~~~~そうか、お前は???…………誰だっけ!?」

 直人は和貴の時と同じボケをぶちかました。

「俺はUNPA剣道部の一年、高柳烈だ! そこの沢木京と同じな!」

 列は和貴と違って直人のボケに豪快にずっこけることは無かった。

 ……ノリが悪いな、コイツ……芸人には向いてない。

 直人はここにいる全員にとっていらん心配をした。

「俺は憶えているぞ直人……もっとも生徒会が忙しいとやらで、めったに部には顔を出さないがな……まあそんな訳で、コイツは剣道部の中では余り評判が良ろしくない……」

「仕方ないだろ! 思いの他生徒会の活動が忙しいんだよ……」

「思いの他活動が忙しいというのには、この闇討ちも含まれるのか?」

「ふっ……ははははは……やはりお前、ムカつく野郎だな……」

「まずは貴様からだ、沢木……その後でお前の内臓を潰してやる、桐生直人……勇者を狩りさえすれば、会長だって認めてくれるさ……結果は事後報告でいいだろう」 

 そこまで言うと烈は、鋭利な鉄パイプの先端を京の顔面へと向けた。


「貴様に俺の剣が受けられるか? 俺はそこで倒れている一年とは訳が違うぞ!」

 烈の剣ならぬ鉄パイプが、沈んで行く西日を受けて鈍く輝いた。

 烈が先に仕掛けた――

 疾風を思わせるスピードで京の懐に飛び込む……同時に面を叩き込む!

 ビュウッ――――

 鉄パイプが宙を裂く音が、人気の絶えた渋谷の路地裏に響く。

 烈は初手をかわされた後で、京の左右のテンプルに鉄パイプを振り抜いた。

 ビュッ――――、ビュウウッ――――

 京はいずれの攻撃も、バックステップで空を切らせていた。

 烈が三手かわされた後で再び面、その後抜き胴を見舞う!

 ビュウウウッ――――、バシュウウウウ――――

 再び鉄パイプが空を裂く音。

 京のフットワークが軽い!

 足にバネが付いている様にしか見えないのだ……只後ろに下がるだけでなく、敵の間合いへの出入りを羽が付いたかの様な足さばきで繰り返している……

 あれでは烈の攻撃は掠りさえしないはずだ。

 両者が再び武器を構えたまま正対する。

 烈が口を開く……

「どうした? 逃げているだけではこの俺は倒せんぞ!」

「お前こそ、攻撃を当てなければこの俺は倒せないぞ……部活に来ない間に剣が錆びたんじゃあないのか? 生徒会!」

「ほざけっっっ!」

 そう言うと烈は路上に唾を吐き、鉄パイプの先端を京の心臓へと向けた。

 烈がヴリルを開放する――身体から紫苑しおんのオーラが迸る。

「悪く思うなよ……次で貴様を再起不能にする……次期、剣道部のエースはこの俺だ!」

「……んなこと言う前に、てめえは部活に来い」

 再び両者が動いた。

 烈が飛翔魔法で特攻を仕掛ける……中段に構えた鋭利な凶器は、京の心臓へと垂直に向けられていた。

 ……もらった。

 列が京の心臓目掛けて渾身の突きを見舞う!

 バシュウウウウウウウウウウ――――――

 再び、鉄パイプが虚しく空を裂いた。

 京は左に身体逸らせながら、後ろに半歩跳んでいた。

 両腕を前方に投げ出した隙だらけの男が、彼の目前もくぜんを跳んでいる……敵を完全に射程に捉えた瞬間だった。

 勝負は一撃で決着した。

 ベキイイイイイイイイイイイ!!

 骨が砕ける鈍い音がした。

「ぐわああああああああああああああ――――」

 烈が折れた右手首を押さえて倒れ込み悶絶した。

 カウンターで放たれた小手は、彼の右手首を完膚なきまでに粉砕していた。

 京の得物は高質化魔法でダイアモンドレベルに強化された警棒……手首の折れた彼に、もはやこれ以上戦う力は残されてはいなかった……

 烈が悶え苦しみながら、ふらふらと和貴の元へと歩いて行く……その動作は泥酔した酔っ払いを思わせた。

「和貴……和貴……折れちまった……何とかしてくれ……」

 仲間が助けを求める声に和貴の表情が変わった。

「声がでかいぞ……人が来る……」

 和貴の身体から世にも奇怪なエメラルドグリーンのオーラが迸った。

 痛んだ仲間に向けて右手をかざす。

 ストンッ――――

 烈は折れた右手を押さえたまま、無防備に地面へと倒れ込んで行った。

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