第二〇話「狙われた勇者 暴走」

「ゆ……唯に興味が無いだと!?」

 和貴の思わぬ発言に直人は動揺を隠せなかった。

「馬鹿な……有り得ん……」

「フッ……どうやら驚いた様だな……」

「き……貴様……まさか!?」

「そうだ、そのまさかだ!」

「まさかBL!?」

「ちっが~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う!!」

 直人のBL発言に和貴は渾身のノリツッコミを披露した。

 ……しかしながら、やってしまった後でノリのいい自分を恥じたのだろうか!? 和貴は顔を真っ赤っ赤にして “コホンッ ”と一つ咳払いをすると直人の誤解を改めて訂正にかかった……

「俺が興味があるのは貴様をいたぶることであって、貴様の肉体からだなんてこれっぽちも興味何て無いんだからなっ!」

「つまり……」

 ツンデレ発言が若干気になった直人ではあったが、とりあえず先を促すことにした。

「つまりだっ! 俺が興味があるのは姉の肉体からだだけだ!!」

 その後……とっさに口を塞いだ和貴だったが、もはや後の祭りだった……

「オイ! 聞いたか今の!? ゼーハー、ゼーハー」

「ああ……聞いた……コイツ、どうやら筋金入りの変態みたいだな」

「ええ……絶望的だわ……生きている内に直人と同類の変態に出会うなんて……今すぐ神社に厄払いに行きたいわ……」

 兄妹の親友二人は、和貴を残念な人を見る目で同様に見つめた。

 ……加えて何故それを持っていたのか!? 紗花はポケットに入れていた携帯用の塩を勢いよく地面に向けてばら撒いた。

「ご……誤解だ――――――――――――!!」

「お……俺が言いたかったのは……姉の肉体が心配だ! という意味だ……一年三六五日、毎分、毎秒かかさずにだ……お、俺の言いたいことが分かったか!? おいっ! 分ったよな!?!?!?」

「つまり何が言いたいんだ……」

 BLやらシスコンやら、先の見えない堂々巡りの展開に直人は苛立ちを感じ始めていた。

「いいか? 俺が本当に言いたかったことを今から言ってやるから、覚悟して聞きやがれ!」

 ……前置きはいいから早くしてくれ……俺は帰りたいんだ……

 帰りたいけど帰れない……飲み屋で上司の愚痴を終電間際まで聞かされ続ける部下の様に、直人は頭を抱えていた。

「おい、桐生直人! よくも姉さんをいたぶってくれたな! 今から貴様の内臓を破裂させてやるぞ! じっくり、たっぷりいたぶってやるから覚悟しやがれ!」

「もっと早く言えよっ!」

 直人は思わず突っ込みを入れていた……彼の体調はこの時限界に達しつつあったのだ。

「うっ……うるさい……貴様がいちいちちゃちを入れるからだ……」

 ……要件は分かった……ようやくにも……

 そこで直人は、どうしてもはっきりとさせておきたかったことを聞いた。

私怨しえんか? それとも高之宮早紀に依頼されたのか?」

「この件に姉さんは一切関係ない……俺が貴様を許せないだけだ」

「ほ~~う……だから???」

「これから俺が貴様を殺してやる! 分かったかっ!」

 そう言う和貴の眼光は鋭かった。

 ……この言葉に至るまでの経緯はともかくとして……唯を一瞬で眠らせた手口といい、こいつは本気なのだろう……

 ――勇者はだれからも好かれている存在では無い。

 もっと踏み込んで言えば、一部の人間からは忌み嫌われている存在なのかもしれない。

 何てことだ……高之宮早紀に思い知らされた事実を、早くも彼女の弟にリマインドさせられるとは!?

「ちょおっと待った――――――――!!」

 直人が鬱モードに入ろうとする矢先、両者の間に人影が割って入った。

 親友の紗花だった。


「あなた! さっきから発言がガキっぽいわ!」

「何……だと!?」

「あの試合の審判は私よ! だからこそ口を挟まずにはいられないわっ」

「あの試合はルールのもとに行われたフェアーで真っ当な真剣勝負だったわ……直人にしては随分と珍しくまともに戦ったと思う……本当に今でも信じ難いけど奇跡的にね……」

 紗花は何故だかそこで語尾を濁した。

「ゼーハー、ゼーハー、ハアアアー……」

 そこで一言口を挟みたかった直人だったが、やはり今回も言葉にはならなかった……

「私は目と鼻の先で、全てをこの目で見て来たのよ」

「それに……私の妹分の唯ちゃんに催眠魔法まで使って……あなた、もう退学処分だけでは済まないわ! このことを警察に通報したらあなたの人生は終わりよ! いいえ……終わらせてあげるわっ! ねえ生徒会副会長さん、この一件どう落とし前をつけるつもりなの!?」

「フンッ、随分と勝気な女性だな……嫌いではないな……ゼーハー、ゼーハー……」

 その言葉を聞いて和貴の性癖を何となく理解した直人だった……

「俺だって馬鹿じゃない。そこはちゃんと考えてあるさ……」

 ご自慢のふわさらの前髪をファサッと撫で上げてから和貴が言った。

「これから君達全員の記憶は改ざんされる……俺の記憶操作魔法でね」

「後には、内臓破裂に陥った哀れな勇者見習いが、渋谷の路上でくたばっている……という寸法さ」

「記憶操作だと!? できる人間は限られていると聞くぞ!」

 京が訝し気な目で和貴を睨め付ける。

「フフ……それができるのさ……何故ならば俺は、高之宮の血を引く姉さんと同じ天才魔法士だからね……フフフフフ……アーハッハッハッハ――――!!」

 そう言い放つと和貴は改めてスタンディングで決めポーズを取った。

 ……こいつ……さっきから言動が何というか……中二病っぽいな……直人は和貴から幸か不幸か自分と同じテイストを嗅ぎ取っていた……否、それが恐らく不幸であることを徐々に理解しつつある直人だった……彼は遅ればせながら大人への階段を登り始めたのである……

「催眠魔法はともかく、随分と舐められたものだな……お前一人でこの人数を相手にどう戦うつもりなんだ……今からじゃあ、謝っても済まないぞ!」

 京が敵を睨み付けたまま凄んだ。

 そう、京と紗花は兄妹のボディーガード役として今ここにいるのだ。

 そして京と紗花も又、学園の魔法士にして勇者候補生だ……当然のことながら腕も立つ。

「勿論そこもちゃんと考えてあるさ……俺は生徒会・副会長を務める出来る男だからね……」

 ――その言葉を合図に、建物の陰からわらわらと人影が出現した。

 総勢五名。

 皆、UNPAのブレザーを身に纏い、腕には“生徒会”の真紅の腕章が巻かれていた。


「こいつら全員生徒会の人間だぞ!」

「ま……待ち伏せしてたの……」

「流石BL……じゃなかった……シスコン野郎! やはりシスコンは侮れん……」

 京、紗花、直人が口々に驚きの声を上げた。

「何はともあれ悪質だな」

「ああ……それがお前達、UNPA生徒会のやり方か?」

 京と直人が揃って避難の言葉を口にする。

 それを待ってか!? 生徒会のメンバーが次々と代わる代わるその口を開いた。

 まともな人間が聞けばドン引き間違いなしの内容だった……

「我等が姉は偉大なり……」

「姉の身体は深淵なり……」

「姉はすべからく高貴なり……」

「姉は世界を救うなり……」

「姉への恥辱は死刑なり……」

 彼等は皆が皆口を開くや、何故だか高らかにシスコン讃歌を謳い上げた。

 しかしその足元はゾンビの様に振らついており、目には一切の精気が無かった……

「貴様、まさか!?」

「そうだ、桐生直人!」

「生徒会メンバーである彼等には、一時的に俺の記憶を植え付けておいたのさ……兵隊になって貰ったんだよ……天才魔法士・高之宮和貴の催眠魔法でな……」

 その言葉に直人、京、紗花が驚愕の表情で和貴を見た。

「コイツはとんだ屑野郎だな!」

 京が吐き捨てる様に言った。

「どうやら直人以上の変態みたいね……だんだん興味が湧いて来たわ……」

 紗花が希少動物を見る様な目で繁々と和貴を観察した。彼女は直人に続き新たな観察対象を学園内で発見し、鼻の穴を広げて興奮していた……

「”姉は世界を救うなり”は悪くない……じゃなかった…………こいつはとんだサイコシスコン野郎だ! 許さないぞっ!!」

 シスコン同士シンパシーを感じ始めていた直人は、うっかり口を滑らせた後で慌てて言い直した……

 そんな直人を怪訝な表情で見つめながら京が言った。

「直人、お前はそこで休んでいろ。動かれるとフォローがしづらい……」

 京はカバンを開くや護身用として持ってきた警棒を取り出した。

 ……勇者を狙う暴漢用にコイツを準備してきたんだが……まさかうちの生徒に使うことになるとはな……


 ――こうして桐生兄妹とその親友による、UNPA生徒会との仁義なき抗争の第二幕が幕を上げたのである。

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