第一九話「狙われた勇者 強襲」

 ――ドッジボール戦争の三日後。


 UNPA(United Nations Psychic Academy)日本校、下駄箱前。

 兄妹は重い脚を引き摺り、学校の下駄箱前へと足を運んでいた。

 ここで親友の沢木京・玉木紗花と待ち合わせをしているのだ。

 彼等の身体にはいつもの様に身バレしない為の変質者セット……もとい変装セットが張り付いていた……直人はこんなこともあろうかと思い買っておいた、予備のオーダーメードアフロとグラサンにマスク、唯はもはや定番になりつつある金髪ウイッグと牛乳瓶メガネ、加えてブラックマスクの装着までを終えていた。

 これらは全てあの忌まわしきドッジボール戦争によって、にっくき生徒会から勝ち取った代物だ……いわば戦利品である……譲る訳にはいかない……特にこのアフロだけは……

 直人はそんなことを考えながら、今や妹の次に愛してやまないオーダーメードアフロの乱れを鏡を使って整えていた。


「じゃあ帰るか?」

 親友のきょうが兄妹と紗花さやかに声を掛けた。

「ちょっ……ちょっと待ってくれ……」

 直人は京に一声かけると、下駄箱に手を付いて“ゼーハー、ゼーハー”と肩で荒い息を繰り返した……別に下駄箱に置かれた不特定多数の女子の靴に欲情している訳では多分無い……その様な趣味が今の所無い直人ではあったが、その様な特殊極まりない性癖も決して悪くは無いと思う変態の直人だった……

「大丈夫? 直人???」

 直人が下駄箱の靴に欲情したのか心配になった紗花が声を掛けた……

 彼と付き合いの長い紗花は、幸か不幸か直人の特殊な性癖を知る人間の一人だった。

「駄目だ……体調が悪すぎる……」

「そう……だったんだ……良かった……」

「…………!?」

「カバン持ってあげようか?」

「おっ、マジか? 助かる」

「五〇〇円ね♡」

「うわ――っ、たっけ――、めっちゃたっけ――――!!」

 ヴリル欠乏症を他所よそに直人は声を張り上げて猛抗議した!

 怪訝な表情で紗花を見る。

 その紗花は満面の笑みを湛えて微笑んでいた。

 ……冗談なのか本気なのか全く分からん……ついでに言えばかれこれ一〇年以上の付き合いになるが、未だにこいつの考えていることが毛先程も分からない……

 紗花は学園内では特殊な感性の持ち主として、“不思議少女”もしくは“サイコパス女”はたまた“薬中女”としてその名を馳せていた……いずれも不名誉なあだ名ではあったが当の本人は大いに気に入っていた……

「やっぱ止めとくよ。五〇〇円は高過ぎる……」

 直人は五〇〇円を死守することに決めた。

 勇者になって以来、金の心配の無くなった直人だったが、身に沁みついた貧乏性が未だに抜けないのだ。

 ……浮いた五〇〇円はアフロのクリーニング代に回そう……今度こそオプションのふっくら加工に挑戦だ……直人の溢れ出るアフロ愛はもはや尋常なものではなかった。

 そんなこんなで兄妹と親友達は、いつもの様に冗談を言い合いながら、帰宅の途へとついたのだ。

 しかし、そんな他愛のない会話とは裏腹に、京は一抹の不安を隠せなかった。

 ……直人は完全にヴリル欠乏症。唯ちゃんはヴリル欠乏症予備軍にして、極度の疲労から口数も少ない。何も起きなければいいが……

 ――勇者の親友である二人には、疲労困憊で木偶の棒と化した彼等を、自宅まで送り届けるミッションが課せられていたのである。


 “ゼーハー、ゼーハー、ゼーゼー、ハーハーッ、ハウアアアアアア――ッ!!”

 直人は相も変わらず肩で息をしながら、足を引き摺って歩いていた……その姿はまるで、長いこと獲物である人肉にありついていないリビングデッドを彷彿とさせた。

 そしてここは華のある渋谷のおしゃれな繁華街である。

 幸いにもここには彼の特殊な性癖を刺激するかもしれない下駄箱は無かったが、不幸にも変質者を疑われかねない美しい女性達が山の様に控えていた……

 そんな直人に対して親友二人がけん制を入れる。

「直人……余り言いたくは無いが……お前、確実にアレな人だぞ」

「アレな人!? ゼーハー、ゼーハー」

「ええ……残念ながら完膚なきまでにソッチ系の人ね……私達がいなかったら五分以内に確実に捕まるわ……」

「ソッチ系の人!? ゼーゼー、ゼーハー、ハウ、アー」

 兄妹の親友は残念な人を見る目でそれとなく直人に釘を刺した。

「アレな人ってことは……そうかっ! セレブ有名人としてのオーラを隠し切れてなかったのか!? オーダーメイドアフロのかさを二倍にしよう!!」

「……………………」

「……………………」

「直人……詳細は言いたくない……察してくれ……」

 そう言うと京は直人の肩をポンッと叩いた。

 長い付き合いの親友とはいえ、言えないことというのもあるものなのだ……

 見た目に関してはアレな人にしてソッチ系の人……つまり“変質者”と揶揄される直人ではあったが、親友への礼までは忘れてはいなかった……

「二人供、今日はありがとな……家まで送ってくれて」

「気にするな」

「問題無いわ」

 そう、京と紗花は体調激悪な兄妹のことを気に掛けて、自らボディーガード役を買って出たのである。

 ――勇者は誰からも好かれている存在ではない。

 兄妹とその親友が生徒会長・高之宮早紀との一件で学んだ苦い教訓だった。

 

 四人は最も警戒していた渋谷のスクランブル交差点を足早に通過した。

 その勢いのまま歩道橋を使い、八車線の国道・首都高速三号渋谷線を跨ぐ。

 その間紗花は、特殊な性癖を持つ変態の直人が、いつ渋谷の麗しき女性達に発情して襲い掛かるか気が気ではなかった……

 ともあれ四人は今、人気ひとけもまばらな渋谷区南平台町の裏通りを歩いていた。車一台が譲り合って通る様な穏やかな道である。

 体調の悪い直人はほっとして、ようやくにも肩の荷が降りた思いだった。

 ……やはり人気の多い場所は緊張する。

 兄妹の脳裏には渋谷スクランブル交差点での事件が、未だに脳裏に焼き付いていたのだ。

「まあここまで来れば大丈夫だろう……」

 直人がフラグ以外には聞こえない、危険極まりない問題発言をした時に正に事件は起きた……ちなみにその発言を聞いた親友二人はドン引きしていた……

「待っていたぞ! 見習い勇者・桐生直人!!」

 突如、一人の男が四人の前に立ち塞がる様に、柱の影から現れた。まるで直人のフラグ発言を受けたかの様な登場の仕方に、親友二人は更なるドン引きを隠せなかった。

 それはひょろりとした体躯の男だった。身長は直人と同じ位だろうか? 彼等と同じUNPAの制服を身に纏い、腕には “生徒会”の真紅の腕章が巻き付いている。

 その表情は邪悪に歪んでいた。

 正確には思い出せないが、どこかで見たことのある顔だなと直人は思った。

「き……貴様は!」

 必死になって、ここ最近の記憶の引き出しを照合した直人だったが、疲労困憊の彼の脳は残念ながらすぐに力尽きた……

「…………誰だっけ!?」

 直人の発言に、その男は豪快にずっこけていた。予期していなかった反応に、少なからずショックを受けている様に見える。

 しなしながら彼は直ぐに立ち上がると、膝の汚れを叩き、衣類の乱れを直した。

 それから一つ“コホンッ”と咳払いをした後で言い放った。

「俺はUNPA生徒会・副会長の高之宮和貴だ! 貴様が内臓破裂させた高之宮早紀の弟だ!」


 ――始まりは突然だった。

 和貴かずきの身体からライムグリーンのオーラが迸った。

 片手を上げるや問答無用で魔法攻撃を放つ!

 ……唯に向けて。

「えっ……!?」

 その刹那……唯は両膝を地面に落とすと、そのままゆっくりと渋谷の路上に向けて倒れ込んで行った。

「唯!」

「唯ちゃん!」

 ヴリル欠乏症で身動きの遅い直人に代わり、紗花が瞬時に唯の元へと駆け寄って行く。

「唯ちゃん……唯ちゃん……しっかりして……」

 紗花が唯を抱きかかえて介抱する。牛乳瓶眼鏡にはヒビが入りマスクはずり落ちていた。

「貴様! 唯に何をした? ゼーハー、ゼーハー」

「睡眠魔法だ」

「睡眠魔法……だと!?」

「安心しろ、貴様の妹は只眠りに落ちているだけだ……最も小一時間程度眠っては貰うがな」

「……………………」

「今頃、さぞかし素敵な夢でも見ている頃だろうよ……」

 和貴が御丁寧に解説をした。

 その言葉に紗花が反論する。

「素敵な夢ですって……あなたにそんなことをする権利は無いわ!」

「そうだ、そんなこと子供だって知ってるぞ!」

 京が加勢する。

「そうね、誰だって知ってるわ。直人には一生恋人ができないぐらいに普遍的な真理ね……可哀そうな直人……」

 どさくさに紛れて、紗花がいらん一言を付け加えた。

「ゼーハー、ゼーハー……」

 その問題発言に対して、一言口を挟みたかった直人だったが、残念ながら言葉にはならなかった。

「それに唯ちゃん……何だか苦しそうよ……」

 その刹那、唯が目を閉ざしたまま可憐な唇を上下に動かした。

「うっ……兄さん……視姦は止めて……」

「……………………………………………」

 その言葉を聞いた親友二人と和貴までもがドン引きした……

「あ……悪夢じゃねえか!? 貴様、今すぐ起こしやがれ! ゼーハー、ゼーハー」

 直人は自分のことはさておき、和貴に人差し指を突き立てて凄んだ……怒りを和貴にぶつけることで“視姦”に話題を向けさせない姑息な作戦だった……

「一体何が目的だ!? 唯を眠らせてイタズラでもするつもりか? ゼーハー、こんなことをして只で済むと思っているのか? ゼーハー、ゼーゼーハーハー」

 ……そう、兄たるもの、妹に近付く不穏な輩は、何人たりとも排除せねばならないのだ。

 和貴を変質者扱いした直人だったが、どちらがより変質者に近いかは、はっきり言って怪しかった。

 “フンッ!”

 直人の問いに和貴は鼻を鳴らして答えた。

「貴様の妹には興味が無い! 俺の目的は貴様だ、桐生直人――――――っ!!」

 そこで和貴は立ちポーズを決め直すと、ビシイイイイイイイイイイッと直人に向けて人差し指を突き立てた。

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