第一八話「ドッジボール戦争 終戦」

 ボールは今、直人の手に握られていた。

 ……唯はどうやら無事の様だ……しかし決着は付けなければならない……

 立場上、二人供引くことはできなかった。

 一人は勇者、そしてもう一人は生徒会長にしてこの国の大財閥の娘だ。

 選手はおろか観客も皆クタクタに疲れ果てていた。

 しかしこの場から離れようとする者は誰一人としていなかった……皆ドッジボール戦争の幕切れが気になって仕方がないのだ……というのは建前で、実際の所観客は立ち上がる気力と体力を失っていたのである……“妹台風”の衝撃で全身は極度の筋肉痛、口には砂が入り皆喉を痛めていた。


 勇者・桐生直人と、生徒会長・高之宮早紀が鬼の形相で睨み合っていた。

 二人の両目からは稲妻が迸り、コートの中央でスパークが飛び交いまくっている……勇者 VS 生徒会長の眼付け合戦である。

 ダメージがあるのは直人の方だ……腕は痺れブルブルと微振動を繰り返している……腕のコントロールがおぼつかないのだ。

 ……勇者になってから災難続きだ……何で俺達だけがこんな目に……この世界は、良くも悪くも勇者を中心に回っているのだ……その勇者の抹殺を目論んでいるのが、目の前にいる生徒会会長・高之宮早紀だ……直人は決意を固めていた……身に降りかかる火の粉と借金取りだけは、何人なんぴとたりとも払いのけなければならないのだ!

 コートを一陣の渇いた風が吹き抜けて行った。

 ……徹夜で考えたあの必殺技を使うしかない。

 直人は震える手でボールを抱え、胸の中央に持ち固定させた。右足を膝まで上げて、左足一本で片足立ちの状態になる……ここから自分自身が人間コマと化すのだ。

 初速はゆっくりとした回転だった……しかし今直人の身体は唸りを上げ、左足の踵を軸にして強烈なスピードで旋回を行っていた。

 ……魔法力では唯には届かないが……その分フィジカルで補うまでだ!

 直人の身体の回転は、今や超高速回転モードに切り替わっていた。

 身体の輪郭はぼやけ、踵はキリの様に地面を深くえぐっている。

 直人を中心に地面にひびが拡がって行く……

 この状態で風魔法を起動する!

 直人はここぞとばかりに、徹夜で無駄に考えた必殺技の名前を叫んだ。

「スピニングトルネードアタ―――――――――――――――――――――ック!」

 ……残念なことに、直人が徹夜で考え抜いた中二病的技名に沸き立つ観客は誰一人としていなかった……それよりも観客が魅せられたのは、勇者・桐生直人の身体のキレ、技のキレだった。

 今や直人は超高速回転する人間コマだった。

 ――回転エネルギーをドッジボールに伝達――そのまま豪快にぶん投げる!

 ドッジボールは今不規則な楕円軌道を描きながら、獲物を狩る為に突き進んだ……


 早紀は当惑していた。

 魔法力は妹に劣る……しかしあのボール……キャッチできる人間などいるのか!?!?!?

 あんな不規則な回転、見たことが無い……

 直人の投げたボールは、複雑な楕円軌道を描きながら、ある時は急速旋回で近付き、ある時は上下にブレながら着実にその距離を縮めて行った。

 そしてボールは今、早紀の目と鼻の先に合った。

 早紀は咄嗟に地面に伏せて、とにもかくにもボールをやり過ごした。ボールをキャッチする自信がなかったのだ。

 その時、反対コートに立つ直人の口元が嫌らしくニヤリと微笑んだ。

 直人は右腕を前方に突き出していた……人差し指をボールに向けながら遠隔操作しているのだ……

「これは……サイコキネシス!?」

「貴様、サイキックか!?」

 早紀がかわしたボールは後方で反転し向きを変え、地面に這いつくばる早紀に向けて低空飛行で突き進んだ。

「きゃ、きゃあ~~~~~~~~~~~」

 早紀はすぐに状態を起こし、上空へ向けて大きくジャンプした。足下数センチをボールが高速で駆け抜けて行く……

 直人がサイコキネシスでコントロールするボールは、複雑な回転を続けながら早紀に向けて執拗にアタックを繰り返した……早紀の気力と体力が徐々に削られて行く……

 早紀は次第に肩で息をする様になっていた。

 ……み……認めたくはないが……これが勇者に任命された人間の力なのか?

 早紀は渋っていた……このままではいずれやられる。そして私が負けると言うことは、高之宮家が負けることを意味しているのだ。もしそうなれば、この世界を陰で実行支配するデュランダルの陰謀を暴けない……私は絶対に負けられない、この身を犠牲にしてでも絶対に勝つ!

 早紀は歯を食いしばった……奴等を止める為ならば、私は死さえも厭わない!

 早紀の全身から紫色のオーラが迸った。

 生命エネルギーであるヴリルを振り絞り、飛翔魔法を起動する。

 上空へ――あのやっかいなボールを上空へといざなうのだ!

 早紀の思惑通り、サイコキネシスにより遠隔操作されたボールが下から食らいついて来る。

 高速回転するボールが黄金色に輝きながら早紀に襲い掛かる!

 まるで釣りね……餌は私……でも、私は賭けに勝った……

 早紀の身体がなおも上空へと舞い上がる……高度は優に三〇〇メートルを突破していた。

 上空で豆粒の様に小さくなった早紀が大きく両手を広げた……


「当たれえ~~~~~~~~~~~~!!」

 直人は最後の力を振り絞り、サイコキネシスに全精力を注いでいた。

 狙いは正確だった。

 無防備な早紀のみぞおちを、高速回転するボールが下から抉る!

「ギャャアァァァァァ―――――――――」

 早紀は悶絶し口から血を吐き出した……

 意識が遠のく中、高之宮家としてのプライドだけが彼女を支えていた。

 ……ボールをお腹で受けて動きを殺す……動きの緩やかになったボールにそっと手を添える……魔法を流し込む……

「反射魔法――リフレクション!」

「何だとおぉぉ――――――――」

 そのボールは、もはや直人の制御できるものではなくなっていた……

 上空三〇〇メートルで向きを変えたボールは、早紀の反射魔法と重力の加速を伴って、直人に向けて一直線に落下して行ったのだ。

 ――直人は目が点になっていた……ボールを受けなければならない……しかし足がもう動かなかった……身体はとっくに限界を超えていたのだ……過度の魔法使用により、生命エネルギーの源であるヴリルが一〇パーセントを切っていたのである。顔面は蒼白、血の気は失せ、直人の身体は今危機的な状態にあった。

「あの技は俺自身の技……俺は……俺は自分の技に負けるのか……」

 ドゴオオオオオオオオオオオオ!

 凄まじい大音響と共に、何かを抉る様な音がグラウンドに響いた……それは人の死を十二分に予感させる圧壊音だった。試合を観戦していた女生徒は両手で目を塞ぎ、恐怖で全身を震わせていた。グラウンドは巻き上がる砂埃によって、煙幕が炊かれた様になっていた。

 ふらふらの状態の早紀が、ゆっくりとグラウンドに降下して行く。

 顔面は蒼白で、直人と同じヴリル欠乏状態にあった。

 ……内臓がどうにかなってしまったのかしら? お腹が痛い……痛すぎる。

 早紀は地面に着地すると同時に、そのまま膝から崩れ落ち、グラウンドに倒れ込んで行った。

 何人かの生徒が悲鳴を上げた。助けに行こうと駆け寄る生徒を、審判である紗花達が手で制する。

「まだ勝負はついていない!」

「コートには入るな!」

 ドッジボールの試合は、命懸けの果し合いへと変化していたのだ……壮絶な結末に観客は理性を失いパニックになっていた。審判と観客が揉み合いコートの境界で争っていた。

 その時だった……砂埃の晴れたコートで、一人立ち尽くす男がシルエットとなって浮かび上がって来たのである。

 ――直人だった。

 顔面は以前にも増して真っ青だったが、身体は五体満足であり損傷は無い様に見受けられた。

 観客と揉み合っていた紗花の目から涙が零れ落ちて行った……

 ドッジボールは直人の鼻先をかすめ、数センチ先を通過していた。その直人の足元には、コートを鋭く抉ったドッジボールが、くすぶる煙と共に不気味に佇んでいた。

 直人は立ち尽くしたまま気絶していた……身体の損傷こそ免れているが、危機的状態であることには変わらない。

 紗花は両選手を見ると、首から下げていたホイッスルを咥え、高々とその音を搔き鳴らした。

「両選手気絶の為、これ以上の試合続行は不可能です! よってこの勝負、引き分けとします」

 会場が割れんばかりの拍手で満たされる。

「やってくれたわね、直人」

 ……涙が止まらない……

 紗花は直人に全力で駆け寄り抱き着いた。


 ――こうして、勇者と生徒会の命を懸けたドッジボールの試合が一先ず幕を閉じたのである。

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