第一七話「ドッジボール戦争 妹台風」

「唯、祈っていてくれ!」

 直人は高速で接近する砲弾と化したボールと対峙していた。

 恐怖で全身から血が噴き出す思いだ。

 熱を帯びた回転する凶器が、直人の頭部を直上から狙っているのだ。

 ――距離一〇メートル。

 高速回転するボールの風圧が、体操着を切り裂いて行く。

 直人は上空のボールを受ける為に両腕を組み、レシーブの態勢を取った。

 一歩後方に跳び重心を落とす。両足を踏ん張る。

 砲弾化したボールが火と煙を棚引かせ、唸り声を上げながら直人目掛けて突き進む。

 心臓が高速で脈打つ。歯を力の限り食いしばる。

 ――砲弾をレシーブする。

「ぐああああああああ―――――――――――――――――――――――――!!」

 衝撃が両腕から全身へと駆け巡った……

 ビキイイッ!

 骨だか筋だかが鳴る嫌な音がした……


 早紀のヘルトルネードは、直人の両腕を削ぎ落とすには至らなかった……

 しかし、彼の両腕は痛みと痺れで完全に動かなかくなっていたのだ。

 レシーブにより弾かれたボールが上空で弧を描き、唯の前方へと落ちて行く。

「唯、ボールには絶対に触るな!」

「分かってるわ!」

 それは触れる者全てを問答無用で切り刻む、回転する凶器以外の何物でもなかった……

 唯は口を窄め、冷や汗と共に大きく息を吐きだした。

 唯の全身が真紅のオーラに包まれて行く……

 風魔法を起動する――落下するボールのコントロールに全神経を注ぐ。

 両腕を翼の様に大きく広げ、中心にヴリルを注ぎ込む。

 ピタリ! とボールは空中の一点に留まっていた。

回転する凶器は今、唯の前方一メートル手前で、高速回転しながらブレること無く静止していた……ボールの中心を糸が貫いている様にその動きは安定している。

 ……家の妹は天才だ!

 試合そっちのけで、今すぐ妹を抱きしめたいと思った直人だった。

 そんなシスコンの兄を他所よそに、唯はボールのコントロールに集中していた。

 ……回転の流れには逆らわず、逆に回転を加速させる。

 早紀のヘルトルネードの回転に、自分の風魔法を上書きするのだ――

 ゴ―――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ

 ボールは唯の手の平の上でフワフワと浮遊し、その回転は加速度を増して行った……

 砂塵が巻き上げられ、台風に匹敵する風が唯を中心に旋回している――

 耳に入るのは風がうねる音のみだった……

 観客は皆地面へとへばり付き、上空に巻き上げられるのを必死になってこらえている。

 ――唯は今台風の眼と化していた。


 唯は高速回転する凶器を腕の中に抱えながら、コートの反対に立つ敵を睨みつけていた。

 ……私の兄さんを傷つける人間は誰だろうと許さない……どんな理由だろうと許さない……

 まず初めに前衛の猫女を吹き飛ばす……そして次はお前だ! 高之宮早紀……お前は私の兄さんを殺そうとしたのだ……どてっ腹に風穴を開けてくたばるがいい……

 唯の顔は濃い影で完全に覆われていた。真紅に発光する二つの目から、赤い光の筋が十文字に伸びている……危険極まりない妹の戦闘スイッチがオンになった瞬間だった。

 それを見た生徒会女子二人の顔面が、急速に蒼白くなって行った。

 唯の本気を肌で感じているのだ。

 ……家の妹はヤンデレだ……本人には絶対に言えないが……

 神の悪戯か? たまに何かの間違いで奇跡的に告られることがある直人だったが、自分に告白する女子はこの様にして片っ端から抹殺……ではなく戦意喪失をさせて諦めさせて来たのだ。

 久しぶりに見る妹の本気モードを前にして、直人の顔面が敵以上に蒼白くなって行ったのは言うまでも無かった。悪夢が……今までの幾多の悪夢が蘇る……この時、直人のトラウマスイッチは完全にオンに入っていた。

 一方、コートの反対に立つ二人の女子は、迫り来る己の死と対峙していた。

 ドッジボールを借りた果し合いは、既に殺し合いへとそのステージを移していたのだ……

 子供には絶対に見せたくはない地獄の光景がそこにあった。

 唯の全身から真紅のオーラが発散された……稲妻が縦横無尽に迸る!

「デストルネードオォ―――――――――――――――――――――――――!!」

 唯が絶叫した。

 うなりを上げた死の竜巻(ドッジボール)が猫船美亜に襲いかかった――

 美亜は咄嗟に両腕をクロスさせて、防御魔法を起動させた。

「精霊の結界!」

 美亜の前方に、縦横五メートルの黄金の魔法陣が展開された。

 ……その中心には猫神様が降臨し、鬼の形相で睨みをきかせている。

 バリイッ!

 たった一撃だった。

 精霊の結界は一瞬で四散――煙の如く大気に消失した。

 美亜の展開した結界は、唯の本気モードの怒りの前には全くの無力だったのだ……

「うにゃあ―――――――――――――!!」

 美亜の小柄な身体が、荒れ狂う暴風に煽られて、上空へと吹き飛んで行く。

「美亜!」

 早紀が伸ばした手は僅かに届かなかった……

「人の心配をしてる場合か! 次は貴様だあぁ―――――――!!」

 唯はドッジボールの動きを完全に掌握していた……遠隔操作された死のボールが、凶暴な竜巻と化し、早紀の方角へと舵を切った。

「くたばれえ――――――――――――!!」

 早紀の美しい顔は恐怖で歪んでいた……

「死ぬのはお前だにゃ」

「えっ!?」

 上空から響いた美亜の声に、唯が顔を上げた。

「リフレクションにゃ――――――――!」

 美亜が起動したのは反射魔法だった……

 リフレクションは、自分が受けた魔法を相手に転移させるカウンター攻撃の魔法だ……この場合、浴びた魔法に匹敵するヴリルがなければ反射魔法は起動出来ない……つまり、美亜は勇者である唯の魔法力に匹敵する力を持っていることになるのだ。

 ……何てこと……自分の魔法で身体が上空へと舞い上がって行く……

 身体の上昇が止まらない……

「兄さん!」

唯がその白く細い腕を直人に向けて伸ばす……直人の伸ばした手は僅かに唯に届かない……

 少女の華奢な身体が竜巻に煽られて、旋回しながら舞い上がる。

 ……身体の上昇が速まって行く……制御できない……

 唯の直下を光速旋回するボールがすり抜けて、場外へと消えて行く。

 直人の顔面は引き攣っていた。

 ……唯は自力では旋回する身体を止められないんじゃないのか?

 もし気絶して地面に叩きつけられたら、待ち受けるのは死のみだ。

 もう勝負何てどうだっていいじゃないか!?

 妹の命に勝るものなど、この世の中には存在しないのだ。

 直人は飛翔魔法を起動して、唯を追い掛け様とした。

 その刹那、直人は高速で唯に近付いて行く人影を見たのだ――

 

 唯の意識は飛びかけていた……身体が体操選手さながらに回転を続けているのだ。

 ……死んじゃうのかな私?……モンスターと戦う前に……こんな……ドッジボールの試合なんかで……

 ……兄さん……ごめんね。

 唯の両目から大粒の涙が零れ落ちて行った。

 その時だった!

 上空へとあおられて行く唯の身体を、何者かがしっかりと抱き留めたのだ。

 ――猫船美亜だった。

 美亜は空中で驚異の身体能力を発揮……ネコさながらに空中でバランスを保つと、飛翔魔法を起動して唯を追って来たのである。直人にはサーカスの曲芸以外には見えなかった……

「……あなた……何で???」

 唯は怪訝な表情で美亜を見つめた。

「気が変わったにゃ」

「お前は可愛いし……死ぬことはないにゃ」

「でも……私はあなたを……」

「にゃ!」

 美亜は唯の唇を人差し指で塞いだ。

「済んだことにゃ、それに二人供もう場外負けにゃ」

 そう言うと美亜はにっこりと微笑んだ。

「そう……そうね……」

 唯は美亜に微笑み返した。

 直人は遠視魔法で遥か彼方にいる二人をつぶさに観察していた……どうやら場外乱闘はなさそうだ……あの二人、手と手を恋人繋ぎしてるしな……

 羨ましい! そこ変わってくれ! 今すぐに!

 あろうことか美亜にジェラシーを感じるシスコンの直人だった。


 ――二人の女子は学校から優に三〇〇メートル以上吹き飛ばされていた。

 蓄積したダメージも有る。二人は試合会場には戻らず、垂直に降下して、住宅街の公園の中へと恋人繋ぎの状態で消えて行った……

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