第一六話「ドッジボール戦争 死刑宣告」
試合はジャンプボールから始まる。
勇者側は直人、生徒会からは美亜が歩み出て、コートの中央で対峙した。
稲妻の様な熱い視線がバチバチと音を立てて交錯する。
二人の間を一条の渇いた砂塵が吹き抜けて行った……
紗花が上空にボールを放る。
魔法で制御されたボールは、エレベータの様な垂直軌道を描き、上空へ向けて空高く舞い上がって行った。
先手を取ったのは美亜だった……
ネコ科の野生動物としか思えない俊敏な動きでスタートを切り、瞬時に跳躍を開始したのだ。
直人は
デュランダルの肩を持つ気は毛頭ないが、勇者というだけで不当な扱いを受けるのは我慢ならない……俺達だって好きで勇者をやっている訳ではないのだ……
――ボールは青空へ吸い込まれる様に舞い上がり、既に地上一〇メートルに位置している。
その時美亜は直人より身体一つ分抜きん出ていた……美亜の全身から黄金のオーラが迸る……魔法力の源たるヴリルを開放したのだ。
は、速い……なんてスピードだ……直人は渋った。
「うりゃ――――――――――――――――――!!」
直人は剣道の気合さながらに腹から声を出し、全力でジャンプした。
そのまま飛翔魔法を起動して、先行する美亜を追いかける。
――そこで事件は起きた。
ゴチイッ…………!!
地上六メートル付近の出来事だった。
直人の頭頂部に激痛が走った。
まるで、ブロック塀で頭を殴られたかの様な鈍い衝撃。
「何が……起きた!?」
直人は頭を押さえて上を見上げた。
そこには……豊かに張り出した二つの山が、直人の進行方向へと大きくせり出し、彼の行く手を阻んでいたのである。
「おっぱいブロックだにゃ~~~~~~~~♡♡」
直人が正面衝突したのは、美亜の巨乳だった。
アルプス
上空では美亜が、凶器と化した巨乳を突き出し、あっかんべ~をしている。
あともう少し速度が出ていたら、本当におっぱいに殺されていたかもしれない……この時直人は、人類史上初めて巨乳に殺された希有な人間として、歴史に名前を刻んだ可能性があったのだ……
猫船美亜……何て奴だ!
「お……おっぱいを高質化だと……反則だろ――――――!!」
直人は上空で大きくバランスを崩し、ズドンッ! と地面に落下した……無様にも着地に失敗し尻餅を突く……
それを見た高之宮側のコートから嘲笑が沸き起こった。
美亜は右手にボールを持ち、左手を腰に当て、醜態を晒した勇者を勝ち誇った様に見下している。
「……挟まれるなら柔らかい時に挟まれたい」
美亜の巨乳を前にして、思わず心の声が漏れた直人だった。
無論、彼のHな独り言は高性能マイクで拾われて、全校生徒の耳へと確実に届けられて行った……
場内はまたしても騒然となり、四面楚歌の中一人冷や汗をかく直人がそこにいた。
気のせいだろうか?
否、気のせいではない……
女子生徒の目が……冷たい……鋭い……
まるで、北極圏の氷河並だ!
視線が……刺さる……グサグサと……
それはともかく……言うことだけは言わなければならないのだ。
「おい! 魔法を使用しての直接攻撃は禁止だろう!」
直人は声を荒げて、美亜と早紀そして審判を交互に睨んだ。
「美亜は身体の一部を高質化しただけ、そこへあなたが勝手に突っ込んで行ったのよ」
「ご褒美だったんでしょう? 挟まれたいあなたには……」
「感謝するにゃ!」
生徒会の二人が公然と言い返した。
審判の一人である紗花は直人と目が合うと、両手を上にあげて天を見上げた……
ルール上は有りなのか?
巨乳は武器!?――ということか???
直人はこぶのできた頭を押さえて立ち上がった。
唯はお冠だった……目が合うと急にふくれっ面になり、ぷいっとそっぱを向かれてしまったのである……ラッキースケベは妹のお気に召す所では無い……ということか? まあ内の妹は、兄をゴミを見る様な目で見る時でさえ可愛いがな……直人にとって、兄をゴミを見る様な目で見下す妹はこの上無い御褒美だったのだ。
「くやしかったら真似てみるにゃ!」
美亜は高質化した胸をコン! と叩いて、直人に向けて言い放った。
その一言に、唯と早紀のこめかみがピクピクと痙攣を繰り返した。自分の放った何気ない一言によって、二人の女性の闘争本能に火が付いたことを美亜自身は知らなかった……
こうして先攻は生徒会チームに決まり、学園を
――生徒会長・高之宮早紀はボールを脇に抱えて、反対コートの勇者二人を睨め付けていた。
千人を超えるギャラリーが、皆固唾を飲んでその光景を見守っている……場内は急に静まり返り、ポップコーンを食べていた男子生徒の手が口の手前で止まっていた……動画の静止画を思わせるフリーズした世界――
早紀が口を開いた。
「あなたにふさわしい間抜けな死に場所ね、見習い勇者さん」
場内に設置されたマイクは早紀の声を拾い、校内中にその内容を伝えている。
「デュランダルがどれだけ腐った組織か思い知らせてやるわ」
その言葉と同時に、早紀の身体を紫色のオーラが覆って行く……
「それがお前の本意か? 高之宮早紀」
早紀は直人の言葉には応じずに続けた。
「まずはあなた達を叩き潰す。世界の再生はそこから始まるのよ……」
「ここで死になさい!」
早紀が語気を強めて言葉を放つ。
早紀の全身から紫色のオーラが迸る。地面を思いっきり蹴り上げる。地響きが走る。
その刹那、早紀の身体は天空に吸い込まれるが如く、一気に上昇を開始した。ロケット発射を思わせる爆発的な推進力……
早紀は一気に上空三〇〇メートルまで飛翔していた。
――上空から見下ろす下界の世界。
……桐生直人・唯に個人的な恨みはない……しかし……
新人勇者が世間からもてはやされ、ちやほやされるのを見るのは我慢ならない。
デュランダルの操り人形は叩き潰さなければならないのだ……それがお父様の意志だ。
早紀は拳を握り締め、歯を食いしばり、決意を強固にした。
殺るしかない……
グラウンドは既に手の平に収まる程小さく、敵の身体は豆粒の様に小さかった。
「な……何が始まるんだ!?」
期待と恐怖が入り混じった場内は、異様な熱を帯び騒然となっていた……生徒の数人は戦いを前にして失神し、その場に崩れ落ちていた。
「風よ鋭い刃と化し彼の者を切り刻め」
早紀の詠唱により、快晴だった空が一瞬で暗転……雷鳴の音がグラウンドの観客の耳を根こそぎ貫いて行く……
雷鳴を背に上空三〇〇メートルに君臨する早紀は、ドッジボールを手にした悪魔の様だった。
グラウンドを陣取る観客達は更に騒めきだち、口々に言葉を発した。
「あの力……空を一瞬で暗転させたぞ……」
「魔法力が桁違いだ……現役勇者でもおかしくない……」
「……否、現役勇者以上だ」
コートに立つ桐生兄妹の額から、冷や汗が止めどもなく流れ落ちて行った。
「塵へ還れ! ヘルトルネードォ――――――――――――――――――――!」
早紀は咆哮を上げると同時に飛翔魔法を解除した――身体が上空三〇〇メートルから自由落下を始める。
全身が風を受ける……
視界に映る敵の姿が徐々に鮮明になって行く――発動した竜巻魔法がボールを高速回転させている……それに自由落下の重力を加えるのだ。
「行けえ――――――――――――――――!!」
絶叫と共に早紀がボール投げ付けた――――
死を約束するボールが時速二〇〇キロの猛スピードで、高速回転しながら突き進んだ。
狙いは直人だった……
ボールの後方から棚引く紫色のオーラは、彗星の尾を思わせた。
直人の顔面は引きつっていた。
……殺意以外感じることができない。
これはもうドッジボールの試合では無い……あいつは俺を殺す気だ……直人の直感はそう告げていた。畜生……勇者に選ばれたばっかりに……何なんだよ畜生!
直人は高質化魔法を起動した――肘から先を鱗で覆い、固い外骨格で強化する。
ボールは変則的な動きを続けている……全身高質化したらボールの変化に対応できない……強化できるのは両腕までだ……しかし高質化していない場所との継ぎ目にダメージが行く筈だ……最悪腕が千切れるかも知れない……
「兄さん逃げて――! あいつ殺す気だわ――――!!」
隣で唯が絶叫した。
――ドッジボールによる事故死。
勇者ともあろうものがそんな最期を遂げたら、デュランダルは世界中の物笑いの種になるだろう……しかし、逃げたら逃げたで臆病者と揶揄されるのだ……ドッジボールから逃げる人間が怪物と戦えるのかと……
襲い来るボールを前に、勇者・桐生直人に逃げ道は無かった……
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