第一五話「何を賭ける?」

 ――放課後。

 普段はテニス部の使用する第四グランドに兄妹はいた。

 グランドの周囲には教師や生徒、生徒の親族、学食のおばちゃん等の学校関係者、そしてどこで話を聞きつけたのか? 報道陣までもが大挙として詰めかけ、今や遅しと試合が始まるのを待ち構えていた……

 その数――優に数千人。

 グランドは人で膨れ上がっていたのだ。

 兄妹の応援団には、彼等のクラスメート、デュランダルの面々~コーディネーターのレンとマッチョの機動隊員達が、二人の立つコートの後ろを陣取っている……ちなみにレンは戦いを前に黄色い声援を上げて、鼻の穴を拡げて興奮しまくっていた。

 一方、反対コートの後方では高之宮財閥の面々……黒服の男達やらメイドやらが集結しており、不気味な沈黙を保っている。

 その中でも兄妹の目を引いたのは、テレビ局などのマスコミ関係者だった。彼等はコートの先頭を陣取り、運び込んだ見るからに高そうな機材のチェックに余念が無かった。

 加えて、何故そこまでするのかは不明だが……第四グランドに入りきれない観客の為に、第一グラウンドには映画館さながらの大型ディスプレイが設置されていた……理由はともあれバックアップは万全だった……不謹慎にも全校を上げて、勇者 VS 生徒会の大喧嘩を楽しんでいたのである。


「何でこんなことになった???」

「兄さんが喧嘩を売ったからでしょ」

「野良犬の餌にするまでは言ってない」

「コンセント、外れてるんじゃないか? ……の方が決定的だったわ」

 この期に及んで責任を相手に擦り付ける……決して美しくはない骨肉のリアルな兄妹の姿がそこにあった……

「ま……まあ……似た様なものだろ……」

「……………………」

 その発言に唯は頬っぺたをぷく――――っと膨らませて怒った。

「絶対に兄さんの方が酷いことを言ったわ」

「それよりほら、大勢の観客が俺達を待ってるぞ」

 大勢の観客――直人はそれを見て唇を噛みしめていた。

 ……UNPA、つまり学校側は勇者業の正当性を証明したい……一方財閥である高之宮家は、勇者業の不当性を証明したい……といった所だろうか?

 ――この国の大きな財閥である高之宮家は、勇者業運営組織であるデュランダルに、国費の多くが流れている現状に異を唱えているのだ。そして高之宮早紀が生徒会長の立場に君臨し好き放題できるのは、”財閥によるデュランダルへの批判をかわしたい”という思惑おもわくがあるという……

 ……何てこった!

 これは、高之宮家 VS デュランダルの代理戦争じゃないのか!?

 高之宮早紀……本当は校則違反なんて……ましてや俺のアフロなんて、本当はどうでもいいんじゃないのか!? 最も俺にとってアフロは、今や最愛の妹の次に大切な存在だが……既に名前まで付けているのだ……“アフロディーテ”と。直人は自分のカツラに名前を付けて寵愛するフェティシズム嗜好の変態でもあったのだ。

 アフロはともかく、直人はこの決闘の真意に、疑念を抱いていたのである。

 しかし、時すでに遅しだ……俺達に逃げ道はもう無い……そう、勇者に祭り上げられたあの日から……俺達は戦うことを義務付けられた存在なのだ。

 

 兄妹は熱狂的な声援を受けて、コートに向けて歩を進めていた。

 早紀と美亜は既にコート中央を陣取って、柔軟体操を行っている。

 直人は試合のことは置いといて、敵である女子二人のブルマー姿に見とれていた……

 容姿端麗のスレンダー女子である早紀は、ギリシャ彫刻の様な完璧な美しさを湛えている……後ろ髪をポニーテールで纏めたことにより露呈されたうなじが、妖しい色香を発散していた。

 一方美亜は、一見小学生的な体型ながら、ムチムチの太股&巨乳のギャップが何ともアンバランスで、これはこれで凄まじくエロかった……

 などと考えていたら、直人のいやらしいに視線に気づいたのだろうか? 二人が揃って一瞥をよこして来た。

 直人はさっと視線を外し、宙空に視線を泳がせた……そんな視線の定まらない怪しい兄を、妹は侮蔑の表情で睨んでいた。

「ちょっと兄さん、敵をエロい視線で舐め回すの止めてくれる?」

「視線で犯してる様にしか見えないわ!」

「そ、そんなことする訳ないだろ……奴等、これから戦う相手だぞ」

「勇者なのに……捕まったらどうするつもりなの?」

「捕まるって……一体どんな罪だよ?」

 唯は直人の突っ込みにしばし小首を傾げると、聞いたことの無い罪状を告げた――

「視姦罪……かしらね? 普通の人ならいざ知らず、兄さんなら十二分に有りうるわ!」

「……そうなのか!?」

「訴えられたら……人生それで終わりね……間違いなく詰むわ……」

 直人は唯の言葉に我に返り、敵を視線で犯すのをあきらめた……実際の所あきらめたくは無かったのだが……ひとまず唯に視線を移したのだ。

 唯はいつもの様に、フランス人形の様な物憂げな表情で直人を見つめ返している……いつも可愛い唯ではあるが、今日に限ってはブルマーを履いているのだ……こんなイベント興奮しない筈がない!

 ――ブルマー……それは、幼さをアピールしつつも姿態にジャストフィットすることで、保護欲やら性欲やらその他諸々がそそられてしまう体操着の中の体操着、つまり体操着のお姫様! である……直人(談)。

 加えてだ! 横目で我が妹を盗み見ると、歩く度に体操着の下で膨らみ始めた胸が、ぽんよよよんっ♪ と弾んでいるではないか!!

 これが至福のひと時でなくて何であろうか!?

 う~~む、やっぱり俺の妹最高! 直人は心の中でガッツポーズをした。

 誰よりも可愛いい妹の為に、やはりこの勝負負けられん……

 先程の疑念が嘘の様に吹き飛び、直人の闘争本能と特殊な性癖に火が付いた瞬間だった。


「それでは試合を行います。選手代表は前に歩み出て下さい」

 審判の一人である玉木紗花が声を掛けた。審判は勇者チームと生徒会チームから、それぞれ二名を選出する決まりだ。

 勇者チームからは直人、生徒会チームからは早紀が歩み出る。

 早紀は早速ぶちギレモードで、直人のことを睨み付けていた。

「さっきあなたから、すっご~~くねっとりしたエロ~~い視線を一身に感じたんだけど……気のせいかしら?」

「視姦されたにゃあ――――」

「「「オ―――――――――――――――――!!」」」

 校庭の観客達は試合前の舌戦ぜっせんに興奮を隠せなかった……コートには選手の会話を拾う為に、高性能マイクとそれを伝えるスピーカーが設置されているのだ。

 心理攻撃か? 成程、既に試合は始まっている様だな……この時点では直人の心は平静だった……直人は早紀の発言にポーカーファイスを崩さなかった。

 ……が、しかし……

「ちょっとあなた!」

「今の発言、兄さんがあなた達に欲情したみたいに聞こえたわ!」

「その通りでしょう? 可愛いだけが取り柄の妹ちゃん♡」 

 早紀は直人に続いて、唯にも口撃を加えた。

 挑発に弱い唯のこめかみが、ピクピクと痙攣を繰り返した……危険な兆候である……

「あなた達、只じゃおかないわ!」

「それに、もう無事じゃ済まないわ」

「兄さんは実の妹でさえも、嫌らしい目で視姦する男よ!」

「せいぜい自分の身に気を付けることねっ」

 唯の啖呵たんかは高性能マイクで拾われて、校内中のスピーカーから大音量で放送されていた……直後、観衆から波のうねりにも似たどよめきが沸き起こった。

 直人は妹の爆弾発言を受けて、血の気の失せた表情で只その場に立ち尽くす他なかった……

 終わった……終わったんじゃないか!? 俺の学園生活。

 直人の額から冷や汗がナイアガラ瀑布さながらに流れ続けていた……穴が合ったら入りたいぐらいだが、無論そんな場所はどこにも無い……直人は数千人の人間からなる侮蔑の視線を一身に受けて、戦う前から窮地に立たされていた。

 審判の紗花は唯の発言を受けて、フォローするどころかウンウンと相槌を繰り返している……そこ頷く所じゃねえだろ! 直人は心の中で必死に叫んでいた……

 色んな意味で頭の切れる早紀ではあるが、こと心理戦においては生徒会チームが勇者チームを完全に掌握していたのである……

 

「逃げずによく来たわね……視姦マニアの変態お兄ちゃん!」

 そこで会場からどっと笑いが沸き起こった……

 事実とは言え、他人から言われると何故か頭に来る直人がそこにいた。

 落ち着け……事実だけど……敵の口撃に乗せられては行けない……事実だけど……

 ポーカーフェースを装って直人が言い放つ。

「それで、ルールはどうするんだ?」

「一本勝負にしましょう!」

「ボールを当てられたら場外に出る……ただしコートへの復帰は認めない。場外からの攻撃も認めない」

「生徒会の私達には時間が無いの……見習い勇者ちゃんと違ってね……」

「このルールでいいかしら?」

 兄妹は返事の代わりに黙って頷いた。

「それで、何を賭ける?」

 直人が低い声で二人に問いただした。

「私達が勝ったら、変質者ルックでの登下校は認めないわ!」

「分かった……」

「じゃあ俺達が勝ったら、勇者の一日付き人になってもらおう……そのブルマー着用でな!」

 それを聞いた早紀と美亜と唯の表情に揃って影が射した……三人がドン引きしたのは言うまでもなかった。

「へ……変態ね……………」

「へんたいにゃあぁぁ~~」

「兄さん……………………」

 早紀は震える身体で何とか言葉を絞り出した。

「こ……この変態の変質者めえっ! 私達はケダモノの変態なんかには絶対に負けない」

「今だけよ、今だけ変態の要求を聞いてあげるわ」

 早紀はそこで大きく息を吸い込むと、詰めかけた群衆に向けて大声で語りかけた。

「みんな聞いた? ここにいる全員が証人よ!」

 “ピィ―――――――――――――――!!”

 そこで、審判の一人である生徒会書記のショートカット女子・遠山楓が、高らかにホイッスルを搔き鳴らした。

 ――様々な思惑を懸けた、彼等の戦いの幕がここに上がったのである。

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