第一四話「勇者 VS 生徒会」

 ――プレスリリースの三日後。

 兄妹は身分を隠す為、今日も変質者スタイルで学校へと歩を進めていた。

 直人はグラサンにマスク、そしてオーダーメードで特注したアフロのかつらをかぶっている。唯もグラサンにマスク……までは同じだが、更に金髪のウイッグをかぶり、頭には手品師を思わせるシルクハットをかぶっていた。

 残念なことに兄妹は、誰がどう見ても変質者以外には見えなかったのである……


 一昨日大惨事を引き起こしたスクランブル交差点を、二人は冷や汗をかきながら足早に通り過ぎて行った……

 今日はツイている! これなら遅刻はしない筈だ。

 唯が身支度に手間取った為、余り時間に余裕はないが……

 直人は唯を気遣いながらも、早歩きで学校へと歩を進めていた。自宅から歩くこと一〇分余りのちょっぴり危険な通学路である。

 ……そして、ついに兄妹は学校の校門を射程に捉えたのである。

「よし、我ながら今日の変装は完璧だった!」

 直人が校門の前でアフロの乱れを整えていた正にその時だった。

「来たわね! 変質者」

 そこには真紅の腕章を袖に巻き、腕組みをして鬼の形相でこちらを睨みつける女子二人が仁王立ちしていたのである……腕章には《生徒会》と刻まれていた。

「誰が変質者だ!」

 一応言い返した直人だったが、傍目には誰がどう見ても、百発百中変質者以外の何者でもなかった……

「私は生徒会長の高之宮早紀たかのみやさき、そしてこちらは副会長の猫船美亜ねこぶねみあよ」

「あなた達の服装は校則違反です! 生徒会の名において変質者を処罰します!!」

「おい、俺達は国民を守る勇者だぞ、口を慎め!」

 それを聞くと早紀は口に手をあてがい「フフフフフ、アーハッハッハッハ――――――――――――――――――ッ」と高笑いをした。

「あなたなかなか面白い子ね……」

「勇者……見習いでしょ……正確には」

「……………………」

「実戦経験も無い素人が、勇者の名を語るなんて態度がでかすぎるわ!」

「あなた達の不細工なファッションと同様にね!」

 UNPA日本校生徒会長・高之宮早紀……噂には聞いていたが、何て高慢ちきな女だ! 直人は苛立ち歯ぎしりをした。


 ――高之宮早紀。

 友達のきょうの話では、大手財閥の令嬢で成績優秀、魔法力絶大、容姿端麗のスレンダー女子と話には聞いていたが……いざ対面して見ると、ズケズケと物を言う剃刀の様に良く切れる女だった。それより何より直人が気に入らなかったのは、“大金持ち”……という点であった。

 勇者見習い呼ばわりされたこともあり……事実ではあるが……直人は早紀の挑発に乗ってみることにした。

「会長、あんた噂通りの人間だな。頭も切れるが、心もキレる……コンセント、外れてるんじゃないのか?」

 直人はそう言って、こめかみに親指と人差し指をあてがい、コンセントを抜く動作を繰り返した。

 その刹那、早紀の顔色が一変し、完熟トマトの様に真っ赤っ赤になった。

「何ですって~~~~~~~~~!!」

 早紀が激怒した刹那、何者かが猛スピードで突っ込んで来るのを感じた――

 ……速い……まるで弾丸だ!

 気が付くと直人は、頭にかぶっていたオーダーメードアフロを取られていた……何たる不覚! 両手で頭を押さえた時には既に後の祭りだった。

「やっぱり見習い勇者だにゃ~~!」

 アフロを取り上げたのは副会長の美亜だった。得意満面の表情でカツラをくるくる回し「はい、会長」と言って、カツラを早紀に放り投げた。

 早紀はアフロをキャッチした矢先、大嫌いな虫を掴んだ少女の様に、カツラを地面に投げ捨てた。すると、何と上履きでアフロに向かってストンピングを始めたのである……

「こんなもの! こんなもの!」と言いながら執拗に繰り返すストンピングは、一分超に渡って繰り返された……正にコンセントが外れた様なキレっぷりだ。

 兄妹と周りを取り囲む生徒達は、そのシュールな行為が終わるのを、只口をあんぐりと開けたまま見守る他なかった……

 勇者になりはしたが未だ貧乏性の抜けない直人は、自分のズタボロのかつらを見てがっくりと肩を落とした。

「お……俺の……オーダーメードアフロが……」

 唯が直人の前に歩み出て、意気消沈する直人を庇った。

「ちょっと、いくら何でもやり過ぎよ。暴言を吐いた兄さんも悪いけど、人の物に手を出すのは良くないわ」

「それに、変装しての登校は、担任の白木先生から特例で認められているのよ」

「あなた唯さん、だったかしら? あのねえ……私達は全~~然認めてないのよ、その変態ルック」

「どんな、理由で?」

 早紀は又、仁王立ちの姿勢に戻り、唯の眉間に向けて人差し指を突き立てた。

「何よりもまず、不細工で不細工で仕方がないわ! 美的センスのかけらすら見当たらない! カスね!」

 早紀は一呼吸で言い放った。

「それと理由はまだあるの」

「一人の校則違反者は、二人目の校則違反者を生むわ。そして二人目を認めたが最後、ふざけた校則違反者が芋づる式に拡がって行くのよ」

「そう、あなたのふざけたアフロからね!」

「お前もだにゃ~~」

 そう言うと美亜は、ネコ科の野生動物を思わせる俊敏な動きで、唯のシルクハットと金髪ウイッグを掴み取った。

「キャ――――――――――ッ」

 唯は虚を突かれ、後ろから地面に倒れ尻餅を突いた。

 今度は直人の表情が一変した。

「お前等、いい加減いしろ。今度唯に手を出したら許さんぞ!」

 直人は語気を強めて、生徒会の二人を睨みつけた。

「許さない……ですって。どう許さないのかしら?」

 早紀は腕にはめていた仰々しい白手袋を外すと、直人の胸に投げつけた。

「望む所よ。私達と勝負しなさい!」

 ……時刻はUNPAに通う生徒達の登校ラッシュである。

 《勇者 VS 生徒会》……のカツラを巡る大喧嘩を、群衆と化した生徒達が固唾を飲んで見守っていた。


「今、あなた、何て言ったの???」

 “勝負”の一言に、唯の表情が激変した……可愛い外見とは裏腹に、唯は売られた喧嘩は買う主義だったのだ。

 ……唯の全身が真紅のオーラで包まれて行く。

 空間は軋み、邪悪極まりない殺意が大気に拡散して行った。

 マジかよ……直人は全身から冷や汗が、滝の様に流れて行くのを感じていた。

「兄さん、こいつら火炙りにして、野良犬の餌にしてやるわ!」

 唯がはったりでも何でもなく、大真面目に啖呵を切った……家の妹は可愛いが、キレると導火線に火が付いた爆発物と同様に、取り扱いには注意が必要である……そして残念なことに、導火線に火が付いた爆発物の方が取り扱いは簡単である!

 直人は理性を取り戻し、あわてて両者の間に割って入った。

「ま、待て唯、一般市民への魔法使用は禁止されている。実戦デビューの前に俺達二人して監獄行きになるぞ!」

「それがどうしたの?」

「……その場合、お前はアイドルにはなれない」

「一生を刑務所で過ごすことになるからな」

「それは…………ちょっと困るわね……」

 “ちょと”かよ……直人は心の中で最愛の妹に突っ込みを入れていた。

「そう、生徒同士の魔法を使用しての決闘は禁止されているわ」

「残念ながらね……」

 そう言うと、早紀は生徒手帳を開き、直人の目の前にかざして見せた……直人は生まれて初めて左右に開かれた生徒手帳をしげしげと見つめていた……

 これ、読む奴いたんだ!?

 直人は早紀を特別天然記念物でも見るような目でまじまじと見つめた。

 早紀はそんな直人を、フンッと鼻を鳴らして一蹴した。

「この勝負、正々堂々と……」

「こいつで勝負だにゃ!」

 副会長の美亜の左手が紫色に怪しく発光した。

 次の瞬間、美亜の左手に、彼女には少し大きめの茶色いボールが乗っかっていた。

「魔法ドッジボールで勝負だにゃあ!」


 ――魔法ドッジボール――略してマホドジ……何ともまぬけな略称ではあるが、学園で定着しているので仕方がない……

 直人達の通う学校UNPA(United Nations Psychic Academy)で、体育と魔法の授業を兼ねて行われているれっきとしたスポーツである。

 魔法で相手を直接攻撃することを除いては、全ての魔法使用が認められていた……

 スポーツではあるが、興奮した生徒達が熱狂のあまり相手を再起不能にしたり、病院送りにしたり、何かと怪我の絶えない危険極まりない競技である。

「“試合”は今日の午後四時から、第四グランドで行うわ!」

「勇者が地に落ちるのが楽しみね」

「ア――――――ハッハッ、ア――――――――ハッハッハ――――――――!!」

 早紀が兄妹をねめつけて捨て台詞を吐き、とどめとばかりに高笑いをした。


 こうして生徒会に目を付けられた兄妹は、宣戦布告された挙句、決闘をするまでに至ったのである。勇者としてプレスリリースされて、僅か三日後のことだった。

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