第一二話「桐生直人 VS クラーケン」

 直人は一瞬たじろいた……額から冷や汗が流れ落ちる。しかし自分が行くと言った手前、引くに引けない。なにより唯やレンさんに格好いい所を見せたい……ぶっちゃけモテたい。それに所詮これはVRだ、やられた所でダメージは無い。

 横目でレンを見る。レンはその巨大生物を見て、鼻の穴を広げて興奮していた……握り締めた両方の拳を口の前に合わせ、キャーキャー言いながら跳び跳ねている。UMAが好きなのだろうか? それにしても初対面とキャラが違い過ぎる……まあこれはこれで悪くはないが……

 直人は右手にズルフィカールを携え、クラーケンに向けて切り込んで行った。

 距離一〇メートル……奴の間合いに入る。

 クラーケンは巨体を大きく仰け反らせて威嚇のポーズを取った……ビルにして五階建て相当に匹敵するサイズ。威圧感が半端ではない……

 直人は更に加速を付けて、敵の後ろ脚に突進した。

 その時、クラーケンの吸盤付きの右足が閃いた――

 直人が右に大きく跳躍する。

 標的を失ったクラーケンの右足が、直人のいた地面の奥深くへと突き刺さる……

 ズズ――――――――――――ンという地鳴りと共に、闘技場全体が大きく左右に揺らぐ。

 クラーケンの右腕は、半ばまで地面に深くめり込んでいた……闘技場のグラウンドが幅五メートル大に陥没している。まともにくらったら、今の一撃でゲームオーバーだったに違いない……そしてもしこれが現実であったなら、今の一撃で人生が終わっていたのだ――兄妹はもはや、後戻りできないステージへと立たされていたのである。

 敵の懐に入った……るなら今だ……

 クラーケンは直立の姿勢のまま、八本足で自重を支えている。

 この怪物は巨大だ……まずは奴の機動力を削ぐ……足を一本づつ切り落としてやる。

 直人はクラーケンの左端の足に狙いを定めていた。

「ズルフィカール!」

 直人の呼び声に答え、二又の剣が一際青白く発光した。

 ズルフィカールの剣を横一文字に全力で振り抜く――

 スパッ――――と言う音と共に、クラーケンの足が真っ二つに裂けた。

「ギィェ―――――――――――――――――――――!」

 怪物の叫び声が闘技場に反響する。

 あるじから切り離された左足が、闘技場の観客席にすっ飛んで行く。

 クラーケンの足から緑色の血液が迸る……直人は顔面に勢いよく飛んで来た奴の返り血を左手で防いだ。

 ジュッ……………という音と共に、直人の左手から煙が立ち昇った……クラーケンの血液は酸性で、それ自体が猛毒だったのだ。


「うわああああああああああ!!」

 直人は驚いて左手を凝視した。血を浴びた左手に激痛を感じたからだ。剣を地面に突き立てて、よろけた体制を立て直す。痛みが尋常ではなかった……

「この痛みは何ですか!? レンさん!」

 レンはその言葉にキョトンとしている。

「何でこんなに痛いんです? これは訓練じゃないんですか!?」

「無論訓練ですよ。実戦形式のね……直人君の様にプレーヤーがダメージを受けると、ウエアブル機器から電流が流れる仕組みになっているんですよ」

 レンは自慢げに微笑みながら言った。

「えっ…………」

 兄妹は顔を見合わせてギョッとしていた。

「すっげ――――、痛いんですけど…………」

「痛みの程度は、プレーヤーのダメージを反映しています。ウエアブル機器は、《針でさされた程度の痛み》から《耐え難い苦痛》まで、再現することができるんですよ……フフフフ」

「マジ……ですか!?」

 耐え難い電流による苦痛……それって拷問じゃあないのか??? 兄妹の顔色は見る見るうちに蒼ざめて行った。

「さあ、直人君。敵の反撃が来ますよ!」

 ……耐え難い苦痛だと!? 冗談じゃないぞ。これはシミュレーションでも何でもない。殆ど実戦じゃないか!

 クラーケンが、地面にめり込んでいた右腕を引き抜いた……パラパラとコンクリートの破片が闘技場に零れ落ちて行く。

 その表情は怒りに我を忘れた悪魔さながらだった……こいつは俺を殺したいに違いない……その場合俺はダメージに匹敵する分の痛みを背負うのだ。

 クラーケンは残り七本となった腕を、ぬるぬるとくねらせていた。腕を動かす度に粘液が地面に零れ落ち、くちゃくちゃと嫌な音を立てた。

 その時、クラーケンの一本の腕が閃いた――ムチの様にしなる大腕が直人を襲う!

 跳躍魔法を起動して左に大きく跳ぶ……飛距離一〇メートル……直人がいた地面は粉々に砕け散り、大穴が穿たれていた……

 直人は今の跳躍でクラーケンの右側面に付けていた。

「かかって来い! イカ野郎!!」

 直人は中指を突き立てて、万国共通の危険なポーズを取った。


 挑発するやクラーケンは直人の方に向き直り、後ろ脚二本で体重を支え、体を大きく仰け反らせた。

 直人とクラーケンの視線が交錯する。

 クラーケンのラッシュが始まった……怪物は七本の足を自在に使い、ムチ攻撃を仕掛けて来たのだ。一発でも食らえば、手足は捥げ、全身複雑骨折するに違いない……つまりそれに比例する激痛を直人は味わうのだ……

 クラーケンの腕が、側面、上面、斜めから執拗に直人を責め立てる……それはプロボクサーが放つコンビネーションブローそのものだった。唯一プロボクサーと違う点は、この怪物には攻撃する腕が七本もあるということだった。

 風切り音と疾風怒涛の中に直人はいた……跳躍魔法で前後左右に跳び、ムチ攻撃を何とか凌ぐ……まるで暴風の檻の中に閉じ込められている様だ……絶望感が直人を蝕む……呼吸が苦しい。このままではジリ貧だ。いずれ殺られる!

 ――防御から一転、攻撃に転ずる。

 ズルフィカールを上段に構え、一気に間合いを詰める――怪物との距離五メートル。

 不意に間合いを詰められて、敵は虚を突かれていた。

 クラーケンが右腕をフックぎみに振り回す。

 ……チャンスだ! と直人は思った。

 跳躍魔法で敵の頭部目掛けて一気に跳ぶ……クラーケンの右フックが僅かに足元をかすめた。

「くっ……」

 つま先に激痛が走る。

「くたばれえ!」

 直人はクラーケンの大目玉にズルフィカールを突き立てた……

「グモォォォォォ――――――――――――――――――――――――――――」

 そのまま剣にありったけのヴリルを注ぎ込む。ズルフィカールが一際青白く発光する。

 闘技場全体が直人の紺碧のオーラで包まれて行く。

 クラーケンは手足をバタつかせ、断末魔の絶叫を上げた……

 そして……クラーケンは宝石が砕け釣るように四散し、VR空間から姿を消した。


 ――直人のVRモニターには【You are the Winner】と、英語でメッセージが表示されていた。


 直人は足を引きずって、唯の元へと歩を進めていた。

 パチパチパチパチパチ…………レンは鼻の穴を一際大きく広げて拍手を送った。

「ワンダフル! ビューティフルゥゥ! 素晴らしい! 素晴らしいわ二人供」

 直人はつま先と左手の痛みで、賞賛の言葉が耳に入らなかった……

 唯が心配そうな表情で直人に近寄り肩を貸した。

「あまりに素晴らしいので、今日の戦いは早速サイトにアップします」

「えっ!?」

 兄妹は揃って顔を見合わせた……

「どうゆうことですか? レンさん」

 唯が尋ねると、レンは唯の視線を上方へと誘導した……そこには見るからに高そうなカメラが設置されており、兄妹とレンの動きを追跡していた。

「ここには複数台の、超高解像度カメラが設置されているんですよ……一台ウン百万と下らない。早速VRとリアルの映像を合成しないと……」

「唯……カメラには絶対魔法を当てるな……」

 直人は思わず呟いていた。

「それでは二人供、あと九十九時間この調子でお願いしますね♡」

 そう言うとレンは兄妹にウインクをした。

「何の話ですか? レンさん」

 唯に肩を担がれた直人が、下からレンを見上げて言った。

「模擬戦です。あと九十九時間残っています」 

「…………………………………………………」

「ああ~~~~この距離で……こんな間近で勇者の戦いを見られるなんて……コーディネーター冥利に尽きるわあ♡♡♡」

 そう言うレンの目は、うるうると光り輝いていた。 

 九十九時間……兄妹はその言葉を聞いて、膝から崩れ落ちていた……

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