第一一話「桐生唯 VS ガーゴイル」

 闘技場の中央、兄妹の一〇メートル手前にそのモンスターは出現した。

 性格は狡猾にして粘着質、当然狙った獲物は骨の髄までむしゃぶり尽くす……公私において決して関わりあいたくはない借金取りを思わせるモンスター……ガーゴイルだった。

 直人は敵に睨みを聞かせつつ、VRスクリーン上の《モンスター大全》で検索をかけた。

 ガーゴイルが早速、検索でヒットする……あろうことかそこには、何とも御丁寧にこれから戦うモンスターの特徴が記載されていたのである。


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[レベル3 ガーゴイル:

 素早く動き、空中戦闘も可能な小悪魔だ。Sっ気があり、両手の鉤爪で敵を切り刻むのが奴の戦闘スタイルだ。君ならどう戦う!? (注)悪口には要注意! 口撃で君のメンタルが揺さぶられてしまうかも!?]

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 ガーゴイルはクラウチングスタートのポーズで、鉤爪の付いた両手を地面に擦り付けていた。ギーギーと耳障りな音が、ヘッドセットから聞こえて来る……今まさに飛びかからんとして、鉤爪を研いでいるのだ。

 それにしても何てリアルな描写と音だろうか? プログラマーだった直人は、ソフトウエアの技術の高さと、何よりもデュランダルの金の掛け方に圧倒されていた。

 そいつは兄妹と目が合うと、大口を裂かんばかりに開口し、邪悪な笑みと共に何事か言葉を発した。口内には巨大な牙が無数に生えており、開口する度に涎が口から垂れて行った……得も言われぬぐらい醜悪なモンスターだった。

 VRスクリーンには、御丁寧に奴の発した言葉の意味が表示されていた……それは色情狂患者が徹夜で書き上げたラブレターの様だった……

「ウッヘエエエエエエ――――――このメス豚共めえぇぇぇぇぇえ。たっぷり可愛がって、イってもイってもぐっちょぐっちょに犯してやるうぅぅぅぅぅ。パイオツからケツの穴までむしゃぶってやるぜえぇぇぇ。ウッケッケッケッケエエエエエ――――――――――――ッッ!!」

「斬る!」

 直人は二又の剣・ズルフィカールを構えた。

 それにしても……何てゆうえげつない内容だろうか!? 実戦でモンスターがこんな卑猥な発言をするものなのか? 心理的に挑発して反応を試す訓練なのかもしれないが……少なくとも、一三歳の女の子に聞かせる内容ではない……直人はこの一戦の真意を訝っていた。 

 その時、ふと嫌な予感がして唯の方を振り返った……家の妹は超可愛いが、悪口や挑発には弱くすぐキレるのだ……

 案の定だった……唯はもの凄い剣幕で敵を睨み付け、顔面は紅潮、頭頂部からはやかんの様に湯気を出しまくっていた……まんまと敵の挑発に乗せられた……という訳だ。

「唯! 落ち着け」

 直人は叫んでいた。

「まずは敵の様子を見てからだ!」

 直人の必死の言葉は唯には届かなかった……

 直人には一瞥もくれず、低く震える声で言い放つ。

「一発で終わらせてやるわ!」

 唯の全身から真紅のオーラが立ち昇る。全生命のエネルギー源である“ヴリル”を激しく燃焼しているのだ。

 マインドブレークにめ込まれた魔法石が、どす黒い血の色をたたえ発光した。

「レンさん、教えてくれ。闘技場に魔法が当たったらどうなるんだ?」

 レンは直人の言葉には答えず、にやりと口元が笑っただけだった……

 唯がマインドブレークを地面に向けて突き立てた。

「ブレイジングウオ―――――――――――――――――――――――――ル!!」

 マインドブレークから射出された業火の壁が、敵に向けて一直線に突き進む――幅にして縦横一〇メートルは下らない巨大な火の壁だった…………

「ウギャオオアアアアアァァァァァ――――――――――――――――――――ッ」

 ガーゴイルは一瞬にして蒸発! 加速を付けたブレイジングウオールが、闘技場の観客席に襲い掛かった!

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン! 

 ブレイジングウオールの激突によって、闘技場全体が大きく揺れ動いた……直撃をくらった場所は、幅一〇メートル大にドロドロに溶解している。

 直人は膝から崩れ落ちていた……勇者の給料がいくら高いとはいえ……これで一気に借金まみれだ! 俺達は永遠に救われないのか!?

 唯は肩で大きく息をしていた……顔は怒りに囚われたまま歪んでいる。

「唯! 何てことをしたんだ」

「俺達はこれで破産だ!!」

 直人の言葉に我に返ったのか? 唯の顔は見る見る内に蒼くなり、崩壊した闘技場をただ茫然と見つめていた。唯の中で絶望的なイメージが頭をよぎる……両肩に重く借金がのしかかり、手錠を嵌められて、女囚として刑務所で一生を過ごすイメージだった……


 パチ! パチ! パチ! パチ!

 ……背後から大きな拍手が聞こえた。

 振り返ると、レンが満面の笑みを湛え、唯に向かって拍手を送っていた。

「素晴らしいわ!」

 直人はその言葉に呆気に取られていた……素晴らしいだと……俺達が借金まみれになることを言っているのか!?

「素晴らしい破壊力ですね! 唯さん。流石、選ばれし勇者だわ」

「でも……でも、私、闘技場を壊してしまいました……弁償……ですか!?」

「二人供、忘れたんですか? ここはVR空間ですよ。ヘッドセットを外してみて下さい」

 レンに促され、兄妹は恐る恐るヘッドセットを外した……

「ん!?」

 唯がドロドロに溶解させた筈の闘技場は、初めて見た時と同様に、美しく荘厳な空気を湛えている……傷一つ見当たらない……

「どうゆうことですか?」

「戦っていたのはVRですが、唯が発射した魔法は本物だった筈……」

 そう……もし地上の世界で使えば、刑務所直行間違いなしの魔法を唯は発動したのだ。

 直人の質問に、レンは涼しい表情で説明を始めた。

「ここは、勇者専用の訓練施設です。この闘技場の材質は、全て魔法を吸収する素材で作られています……ですから唯さんの魔法は本物の破壊力でしたが、実際に闘技場を破壊するまでには至らなかった……と言う訳です」

「……なるほど」

 兄妹はほっとして肩を撫でおろしていた。借金と刑務所暮らしだけは、何人たりとも避けなければならないのだ……

「ところが褒めてばかりもいられないのですよ、唯さん」

 何とか顔に血の気が戻ってきた唯が返事をした。

「その……どこに問題があるんですか? 敵は一瞬で屠りましたよ」

「ヘッドセットを被って、MPをよく見て下さい」

 見ると唯のMPは、一一〇から八〇に減少していた……

「ガーゴイル相手なら、狙いを定めてファーアーショット一発で十分でしょう。もしくはフォワード役の直人君にまかせて、剣で戦ってもらうとかね」

 普段はしっかりものの唯ではあるが、侮蔑や挑発にはキレてしまう悪い癖があるのだ。

「そうですね……」

唯がペロッと舌を出した。

 ……妹にばかり目立たれては、兄としてのメンツに関わる。

「次は俺が行きます」

 直人はズルフィカールを構え、レンに向けて言い放った。

「分かりました。反省を踏まえて、第二戦目と行きましょう」

「二戦目、レディィィ――・ファイトオ――ッ!」

 

 直人がメンツにこだわったのは一瞬だった。

 ……唯、変わってくれ……直人は心の中で呟いていた。

 ――そこに現れたのは、全長一〇メートルを超える海の巨大生物・クラーケンだった。

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