第八話「レベル4」

 講義を受けるA-3ルームは、学校の教室の様な場所だった。

 横長のホワイトボードに《魔法と精神感応力について》という講義内容がでかでかと書かれている。ホワイトボードの対面には、どこぞのメーカーのプロジェクターが置かれていた。

 レンは学校の教師さながらにスーツを身にまとい、目にはあからさまに伊達と思われる黒縁の眼鏡をかけていた。手には薄型のノートパソコンが握られている。兄妹はというと、何故か勇者のコスプレ衣装を着せられたままだった……座学だから私服で問題ないと思うのだが……

 レンを前にして左に直人、右に唯が着席する。甲冑やら何やらが周囲の机にぶつかり、ガチャガチャと耳障りな音を立てた。

「さて、これから魔法の発動原理についてお伝えします」

「よろしくお願いします」

 兄妹は完全一致で声を合わせて返答した。

「お二人は異能力者ですから、魔法は既に使えている訳ですが、ロジックを確固たるものとすることで、魔法の発動にも自信が持てるという訳です」

「なるほど」

「それでは……魔法とは一体何でしょうか?」

 直人は甲冑を身にまとった右腕を上げた。

「火・水・土・風に宿る精霊の力を詠唱によって発動したもの……でしょうか?」

「違~~~~~~~~~~~~う!」

 その時、レンの銀色の目がグワッと見開かれた。

 いきなりスーツのポケットから白墨のチョークを取り出すと、直人に向けてノンステップで投げつける!

 直人は条件反射で、前方1メートルの位置に氷の盾を生成した――バリア魔法の一つである氷の盾が、白墨のチョークを粉々に打ち砕く。

「な、何をするんですか!?」

 直人は思わず立ち上がっていた。

「生ぬるい回答はよして下さい! 直人君。それは前時代の認識です」

「あなたは今の魔法を、詠唱で起動しましたか?」

「……いいえ」

「よろしい。では着席して下さい」

 そう言うとレンは、スーツの膨らんだポケットに手を入れた。

「ちなみに……私のポケットには、数えきれない程チョークが入っているので、それをお忘れなく……」

 兄妹はその言葉を聞いて顔が青ざめて行った……レンは教師と言うよりも鬼教官の類に違いない……

 一拍間を置いて、魔法少女姿の唯が恐る恐る手を上げた。

「はい、気を取り直して唯さん! 魔法とは一体何でしょうか?」

「人の意思が素粒子に影響を与える現象です。詠唱はイメージを明確にする為のセリフ、もしくは只の言葉遊びに過ぎません」

「よろしい! 今度は現代的な回答になりました。正解です」

 レンはポケットから手を出して、白墨の付いた手で拍手を送った。

「先程直人君は、氷の盾を頭の中でイメージして、素粒子を氷に変容させることで、私の必殺!チョーク攻撃を凌いだ訳です。つまり本来魔法の起動に詠唱は必要ありません」

 鬼教官の《正解》の言葉に、兄妹は肩を落として安堵した。

「それでは話題に上がった素粒子に関して説明しましょう……」

「この世界には無限に物質が有る様に見えますが、実際はそうではありません」

「桐生直人君・唯さん・私・そしてチョーク……全て違うものに見えますが、現代の我々の認識ではそれは間違っています」

「そうなんですか!?」

「物質世界は、ミクロな素粒子が集合化したものに過ぎません……つまりもとを正せば、全て同じものなのです」

「え~~と……つまり俺と、レンさんの投げたチョークは、素粒子レベルで見れば同じものだと言うことでしょうか?」

「そうです! 本は同じものだからこそ、我々は意思を通わせることが出来るのです」

「でも、例えば唯とレンさんは全く形が異なってますよね」

 直人は気付かれない様に、二人の胸を交互に見比べてから言い放った……

「ぬるい、ぬる過ぎですよ、直人君!」

「ひえっ!」

 胸を見ていたことがばれたのだろうか? 直人はとっさに身構えていた……

「物の形は素粒子の振動パターンと振動数の総和に過ぎません」

「つまりこの宇宙を作り出しているものは全て同じ物なのです!」

「そして……」

 レンはあからさまな伊達メガネの角度を一度直すと、兄妹に向けてビシィィィィィィィィッと人差し指を向けた。

「あなたたち異能力者は、自分の手を動かすように素粒子に干渉ができる存在……つまり、レベル4の存在なのです」

「レベル4?????」

 聞きなれない言葉に、唯はチャーミングに小首を傾けた……講義中ではあるが、我が妹の可愛らしさに直人は萌え死にしそうだった……

「異能力が発動しないこの星の人間は、一つ下のランクであるレベル3に属しているんですよ」

「ふ~~~~ん」

「はぁ?」

 兄妹は揃って、分かった様な分からなかった様な声を出した。

「そしてあなた達、レベル4の人間にも個体差があって、素粒子に干渉できる度合いが強い人と弱い人がいる訳です」

「なるほど」

「それを私達は、精神感応力が強い人・弱い人と言っていますが……」

「つまり勇者に選ばれた人間は、その精神感応力がずば抜けて高いということでしょうか?」

「察しがいいですね、直人君」

 そう言うとレンは、左のポケットに手を突っ込んだ。

 先程のモーションと同じだ――兄妹は反射的に身構えていた……

「ご褒美です!」

 そう言うとレンは、兄妹に向けて豪快にキャンディーを投げ付けた……キャンディーは彼等の顔面へ真っ直ぐに進み、突然空中で停止するや、直角に降下してテーブルに着地した。

「これって!?」

「つまりレンさんも魔法士なんですね?」

 唯が同胞を見る様な親し気な目でレンを見つめた。

 レンは返事をする代わりに、唯に微笑を返した。

「呼称は何でも良いですけどね……魔法士……魔法使い……超能力者。皆、同じレべル4の存在なのです」

「はい……」

「それと超能力に関しても一言、言っておきましょう……」

「超能力とは、エイリアンが自身の環境で生き延びる為に獲得した能力になります」

「……………………」

「そのエイリアンの能力が、その他大勢のエイリアンよりも圧倒的に優れていた場合、それは“超能力”と呼ばれるのです……」

「なるほど…………」

 ……超能力の理屈ロジックは分かったが……エイリアン何て本当にいるのか? 映画や小説の中の話ではないのか? はっはっはっ……直人は心の中でその話を笑い飛ばしていた。


 レンの講義は、その後二時間ぶっ続けで行われた。

 講義の内容はエキセントリックではあったが、兄妹は撮影の疲れを忘れて大いに楽しんだ。

 ……これから勇者として戦うにあたり、レンが魔法士であることは頼もしい。

 しかしだ、直人は彼女の話の内容に、不可解な印象も抱いていた……

 ”俺達魔法士はレベル4の存在で、魔法の使えない人間はレベル3の存在!?”

 ……認識がおかしくないか!?

 今まで学校や社会では、俺達異能力者こそが異端児(問題児)であると教わって来たのだ。

 俺達は進化の系統における突然変異体であり、故にその能力は政府の管理下に置かれるべき危険因子だと……異端児はその危険な能力を封印して、皆と同じ様にしなければならないと……

 そう……事の起こりは、五歳の時に受けた精神感応力テストからだった――兄妹は精神感応力テストで《陽性》の判定を受け、異能力者のみ収容した特殊な学校に通うことになったのである……国連の一機関であるUNPA(United Nations Psychic Academy)だっだ。

 陽性の結果を知った時の母の悲し気な表情を、兄妹は今でも忘れてはいない……

 そして彼等は、小・中・高と、くだんの学校に通うことが義務付けられたのだ。

 学校では一般の勉強の傍ら、魔法の起動方法や制御の仕方、悪用した時に課せられる刑罰について、頭と身体に厳しく叩き込まれて行ったのである……実際の所、彼等にとってこの能力は、日常生活を制限する足枷あしかせでしかなかった。魔法は使えるが、無論人間に対して悪用することは論外だった……悪用すれば魔法犯罪者として、重い刑罰が科せられかねない……

 手にした圧倒的な力と、それを行使できないもどかしさ。

 ……我々異能力者は人類が危惧すべき突然変異体なのか?

 それともレンが言う様な進化種族なのだろうか?

 現時点で直人には、真偽の程は分からない。

 しかしこの時、彼の心の中で確実に、この国の政府への疑念が芽生えて行ったのである……

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