第七話「萌え殺し」

 直人の記念すべき初撮影が終わった頃、試着室の方ではどよめきが沸き起こっていた。黄色い声が波の様に重なり合いフロアーを包み込んでいる。

 ……ざっとこんな内容である。

「可愛い~~~~~~~~~♡」

「キャア―――――――――♡」

「最高――――――――――♡」

「結婚して――――――――♡」

 見なくても分かっている……唯が試着室から出て来たのだ。


 唯はゴシックロリータファションから、魔法少女を思わせるロリロリの服装に着替えていた。

 胸元を僅かに覗かせた可愛らしいピンクのドレスに、空まで飛んで行けそうなふわふわの軽やかなスカート、お腹にはピンクの大きなリボンが巻き付いている。極め付けとして、手には星形の魔法のステッキが握られていた……直人にはどう見ても勇者ではなく、魔法少女のコスプレファッション以外には見えなかった。

「お兄ちゃん……どうかな♡」

 唯が頬をピンクに染めながら、上目使いで聞いてくる。それは直人が見た中で、妹史上最高に可愛らしい妹の姿だった……コスプレだけど……直人の頬も思わずピンクに染まる。

「すっごい可愛いぞ、唯!」

 直人が即答した。

 唯は両手で顔を押さえて、イヤイヤをして本気で恥ずかしがった。それを見た全員が、萌え死にしそうになっていた。

 皆、唯のあまりの可愛らしさに見惚れていたのだ。

 唯の萌え死にポーズにさらされた辻彩夏は、興奮の余り鼻血を出していた。

 おいおい……あんたどうゆう趣味だ! 直人は心の中で突っ込みを入れていた。

「さあ、撮影を始めましょう♡」

 鼻血を右手で隠しながら、彩夏が唯に言った。左手には鮮血で染まるチィッシュペーパーが握られている。

 唯も危険を察知したのだろう……彩夏から即座に数歩後ろに後退した……正しい状況判断だった。怪しい人には付いて行くな……可愛すぎる唯に、幼少期から直人が刷り込んだ教えが活きた瞬間だった。

 ……妹は変態には渡さん!

 直人は胸騒ぎを覚えて、撮影に同行することにした……妹がこの歳で手籠めにされては適わない。


 ――不穏な空気と共に、唯の撮影が始まった。

 既にスタジオは異様な熱を帯びて、男女問わずギャラリーで膨れ上がっていた。

 唯は魔法のステッキを持って、テレビで完全にコピーした魔法少女の変身ポーズを次々と決めて行った。

 ポースを決める毎にギャラリーからは、

「もっと~~~唯ちゃん♡」やら、

「キスさせて♡♡♡♡♡♡」やら、

「✖✖✖✖✖✖✖(放送禁止)」などの合いの手が矢継ぎ早に入る。

 撮影する彩夏の鼻は、時と共に大きく開口されて行った。本人も気にしているのか、しきりに鼻を触っている。直人はそんな彩夏を見るにつれ、妹がいつ押し倒されるか気が気ではなかった。

 そしてついに問題の瞬間はやって来た……

 唯が魔法のステッキをくるくる回しながら、ファインダーに向けて、必殺技の名前を告げた時のことだった。

「フィニトラ――――・フレティア――――!!」

 必殺技の呼称と共に、唯は悶絶必死の、最高に可愛いウインクを決めた。

「ブハ――――――――――――――――――ッ」

 彩夏の鼻から、大量の鼻血が水芸の様にほとばしった!

 顔面を天井に向けたまま、彩夏は膝から地面にストンッ……と落ちて行った。

「彩夏!?」

 異変を察知したギャラリーが、一斉に彩夏に駆け寄る……しかし当の本人は、気絶しつつも恍惚の表情でシャッターボタンを押し続けていた。

 ――唯が魔法を使わずに、一人の人間(女性)を悩殺した瞬間だった……


 若干のトラブルは起きたものの、撮影は無事に終了した。

 気絶で撮影続行不可能になった彩夏は、早々に医務室に運ばれて行った。代わりに直人を全裸にした女性・サトカノが、兄妹のツーショット撮影を行ってくれたのだ……サトカノは鼻血を吹かない真っ当な女性だった。

 ――しかし、勇者初日の勤務は、まだこれだけでは終わらなかったのである……

 兄妹が疲れ切って、休憩室のソファーにぐったりと腰を落としていた時のことだった。

 コーディネーターのレンがノックと共に部屋に入って来て、こともなげに言ったのである。

「それでは、午後四時から魔法に関する講義を行いますので、A-3ルームまで同行して下さい」

「はい……」

 兄妹は力なく返事をした。

 既に二人共ふらふらに疲れ切っていた。直人は幸か不幸か初対面の女性に全裸にされ、唯は魔法少女の衣装で、撮影中踊り続けていたのだ。

 これが勇者の仕事か……

 高い給料を貰う以上、成果を出さなければいけないのだ。

 兄妹はスライムの一撃を受けただけで今にも死にそうな状態で、肩を落としながらゆっくりとA-3ルームの中へ入って行った。

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