第六話「アヴァロンの魔剣」

 何だ? 何が起きているんだ!? 身体が動かないぞ……指一本動かせない……しかもこの状況……

 気が付くと直人は試着室に押し込められ、小さなおさげ髪の女の子と二人っきりの状態だった。

 まずい。色々とまずいぞ。敵の攻撃なのか? 敵? 敵だって!? ここは政府の管轄する《勇者協会》のヘッドオフィスだぞ……それに、幼女からのちょっかいは攻撃とは言わない……それはご褒美と言うのだ……あまりのことに彼の頭はパニック状態だった。

「緊張してるのね……可愛い♡」

 直人は小さなおさげ髪の幼女に、頬を撫でられていた。

 ……間違いない……これはご褒美だ。直人の直感は確信へと至った。

「桐生直人君、初めまして。私は佐藤加奈。みんな私のことはサトカナって言うの」

「……これでも成人してるのよ♡」

 試着室で二人っ切りの状態での、成人女子宣言は心臓に悪過ぎた。動悸が速まる……

「今、あなたの動きを魔法で封じているの……」

『ゥ――――――――』

 直人の言葉はやはり、呻き声にしかならなかった。

「あなたには色んなことを、これから教えてあげたいけど……」

「まずは甲冑の着方からレクチャーしてあげるね♡」

 サトカナの“色んなことを教えてあげる♡”宣言と共に、直人の衣服は一枚づつ剥ぎ取られ、最後にはパンツまで試着室の外に放り投げられて行った。

 直人の顔面は沸騰したやかん並みに蒸気を発散していた。

 勇者業はパンツまで脱がなければいけないのか!? 御褒美だけど。

 そもそも、何で甲冑を着る為にパンツまで脱がなければならないんだ? 御褒美だけど。

 お~~い、聞いてね~~ぞ!

 責任者、出て来い!!

 直人の心拍数は、サトカナの魔法”フリーズ”に反して急上昇する一方だった……

 

 甲冑を着た直人が、茹でタコ状態で試着室から脱出すると、又もスタッフの皆さんから大拍手が沸き起こった。

 皆が熱い眼差しで、直人のことを見つめている……これではまるで有名人ではないか!? 直人は生まれて初めての経験に、どうしていいか分からなかった……

 真っ赤に染め上げられた顔面は、変わらずに蒸気を発散し続けている。それもそうだろう……幼女? に身体の自由を奪われたうえに、すっぽんぽんにまでされたのだ……そしてコスプレさながらの甲冑を付けて外に出ると、スタッフ全員から大拍手を受けたのである。

 良く見ると、コーディネーターのレンさえも、うっとりとした眼差しで直人のことを見つめているではないか!? 勇者のコスプレは万人に人気があるのだろうか?

「直人君、格好いい。最高!」

 スタッフの輪の中から、先程のカメラマン辻彩夏が飛び出し、拍手しながら近づいて来た。

「唯さんは今着替え中なの。先にシングル撮影から始めましょう!」

 直人は彩夏に強引に腕を引っ張られ、恥辱の輪の中から脱出した。そのまま広いスタジオの一角に連行されて行く。

 うっ……腕が胸に喰い込んでいる……直人の左腕は、彩夏の胸の谷間に完全に埋没していた。彩夏はプロポーション抜群の、スポーティーなお姉様だったのだ。

 これも勇者特典か!?

 直人は赤い顔で彩夏のバストを十二分に視姦してから視線を逸らした。

 

 ……直人が連れて行かれたのは、青一色のクロマキーで覆われたスタジオだった。天井には数えきれない程の照明が設置されており、スタジオを隅々まで照らし出している。彩夏が首から下げていたカメラは既に三脚に設置されており、被写体が来るのを今や遅しと待ち構えていた……

「じゃあ、はいこれ、持ってみて」

 彩夏は両手で、派手な装飾の剣を手渡した。

 それは、ゲームにでも登場しそうな長剣だった……つかの部分も合わせると、直人の身長より遥かにでかく、二メートル以上は優にありそうだ。つばにはゴツゴツとした髑髏どくろがこれでもかと張り付いており、ゴシック芸術さながらの奇怪さだった……

 しかしいざ剣を手にすると、直人はそのギャップに拍子抜けしてしまった。見た目に反してその剣は阿保みたいに軽く、玩具であることが明白だったからだ。これではスライムでさえも倒せない……筈だ。

 直人は言われた通りにスポットライトの真ん中に立ち、玩具の剣を構えた

「じゃあ、レンズを恋敵だと思って、睨みつけてみて」

 演技の経験の無い直人ではあるが、言われた通りにやって見ることにした。

 ――中学二年生の時好きだったクラスメートの女の子……その女子は他の女子よりも発育が早く、クラスの男子中から羨望の眼差しを浴びていた……整った顔立ち、豊満な胸、腰まで届く美しい黒髪……そして何よりもそそられたむっちむちの太股……しかし、悪夢は期せずしてやって来た。クラスの野郎共のアイドルだったその女子は、生徒会長だった三年生の眼鏡男子・藤野啓介が横からさらって行ったのだ……

 グワッ――――直人の瞳孔が失恋のトラウマと共に大きく見開かれた。

「藤野啓介、待ってろよ、今すぐぶっ殺してやるっ!」

「は~~~~~~い、カット」

「どうでしたか? 彩夏さん」

「ごめ~ん、全然ダメダメだったわ……」

「何と言うかなぁ……気迫がいまいち伝わって来ないのよ」

 ……そんなこと言われても……唯と同じ芸能科のクラスも取っておけば良かったと、今更ながら思う直人だった。


「お困りの様ね」

 不意に背後から、艶のある色っぽい声が聞こえて来た。

 二人が振り返ると、コーディネーターのレンが、銀色の瞳を妖しく輝かせて立っていた。

 手には鞘に収まった長剣を携えている。

「取り扱いにはくれぐれも注意して下さい……」

 レンは真剣な表情で、手に携えた長剣を直人に差し出した。

 その剣は全長一六〇センチ超。刀身がわずかに湾曲しており、鞘には英字で《AVARON》と刻印されていた。 

「直人君、この剣は対人用の武器ではありません。対怪物専用の武器になります」

 レンのシリアス極まった表情は、剣が尋常な代物しろものではないことを伝えていた。

 直人はゴクリと唾を飲んだ。

「つまり?」

「もし使用すれば、人間など一溜まりもないでしょう……」

「これはアヴァロンの剣――火、水、風、土、あらゆる属性に変化する魔法の剣」

「アヴァロンの剣は生命エネルギーたるヴリルを吸うことで、威力がどこまでも強化されます」

「…………どこまでも、ですか?」

「はい。全ては所有者である勇者次第です……」

 直人は剣を両手でしっかりと受け取った。腕にズシリと伝わる重たい感触。それだけでこれが、紛い物ではない本物の武器であることが分かった。

「抜いても良いですか?」

「その為に渡しました」 

 直人は左手で鞘を握り締め、震える右手で恐る恐る剣を引き抜いた。

 何だ、何も起きないじゃないか!

 直人は拍子抜けして、引き抜いた抜き身の長剣を、しげしげと眺めた……異変が起きたのはその直後だった……

 剣のつばに埋め込まれたサファイア色の宝石が、眩しく発光を始めたのだ……スタジオ全体が瞬時にマリンブルーの光で満たされて行く……ダイバーが海中で見る蒼の世界を彷彿とさせた。

「う、うわあぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っ!!」

 直人は思わず叫んでいた。まるで輸血でもしている様に、自身の生命エネルギーであるヴリルが、剣に搾り取られて行くではないか!?

 う……腕のしびれが止まらない……

 抜き身の長剣は蒼白く発光し、刀身からはおびただしいオーラのスパークがほとばしっていた。

「これは、一体なんなんですか!?」

「鍔の蒼い魔法石が、直人君の魔法力を吸って、刀身に伝えているのです」

「この場合、魔法士がバッテリーに当たります」

 レンはこともなげに告げた……

 眩暈を覚えた直人の足元が振らついている。

「直人君! しっかり立ちなさい。呼吸を整えて。剣に伝える魔法力は魔法士がコントロールできます!」

「全てはイメージ次第ですよ」

 ……直人はヴリルのスイッチが切れて、刀身に流れないイメージを描いた。

 すると……長剣が発していたオーラがゆっくりと消失し、刀身は蒼白い発光色から元の銀色へと変化して行ったのである。

「ふ――――――――――――――――っ」

 額の汗を手で拭う。気が付くと夏の炎天下に運動した後の様に、全身から汗が噴出していた。

 何だこれは??? 何て刀だ!?

 直人は恐怖で身体の震えを止めることができなかった。

 もし自分がヴリルのスイッチを切らないで、逆にエネルギーを注いでいたらどうなっていたことか? 自分は勤務初日から、ミイラの様に干乾びていたのではあるまいか!?

 直人は苛立ち、横に立つレンを見て、不愉快な表情で言った。

「何で先に言わなかったんですか?」

「簡単です。あなたならできると思ったからですよ」

「…………………………………」

 習うより慣れろと言う方針だろか? しかし勤務初日からこれでは先が思いやられる。

「彩夏さん、写真はどうですか?」

 直人の気持ちなど全くお構いなしに、レンが彩夏に尋ねた……カメラマンが今のシャッターチャンスを逃す筈もない……

「完璧!」

 彩夏はウインクしながら親指を立ててよこした。

 彩夏が見せた画像は、直人が鬼気迫る表情でアヴァロンの剣を握り締めているカットだった。

 今にも魔物に飛び掛かりそうな顔をしているが、実際は剣の魔力をコントロールできず、貧血で倒れそうなだけだった……事実を知らない人間には分かる筈もないが……

「剣を使いこなすには、まだ時間がかかりそうです」

 直人は率直な印象を述べた。

「いいえ、初起動でここまでできれば大したものです。来月辺り、実戦を経験して貰っても良いでしょう」

 さらっと言うレンの言葉を聞いて、又直人の額から大粒の汗が流れ落ちた。

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