第二話「勇者任命日」

 直人は四時限目の歴史の授業を終えた後、仲間達と食堂で学食を食べていた。

 四人掛けのテーブルには直人と唯、加えて兄妹の親友である“玉木たまき紗花さやか”と、“沢木さわききょう”がいる。紗花は近所に住んでいる唯のお姉さん的存在で、何かにつけて唯のことを気に掛けてくれているのだ。一方京はUNPA中等部時代の剣道部の同胞である。

 UNPAは小中高一貫教育で同じ敷地内にある為、昼飯は兄妹揃って一緒に食べることにしていた。開放感のある食堂は生徒に人気があり、採光を大きく取った窓ガラスから、七色の優しい春の陽が差し込んでいる。

 直人は気のおけない親友を前に、思わず愚痴をこぼしていた。

「四時限目に歴史で勇者のPVを見せられた……」

「そりゃ災難だったな……今日が発表の日だからだろ」

 直人のうんざりが移ったのだろうか? 隣の席の京が憂鬱そうな顔をしながらハンバーグを食べている。

「憂鬱なくせによくハンバーグなんて食べられるね?」

 紗花が恨めしそうに、残り一口となった京のハンバーグを睨めつけていた。

「あ、あげないからな」

 そう言うと京は、ハンバーグの皿を手元へと引き寄せた。

「ケチくさいわね~京君は! そんなんじゃでっかい男になれないぞ」

 おなかが減っているのだろうか? 京の向かいの席に座っている紗花が突っかかった。

「紗花姉さん、よかったら私のパスタ食べる? 私、おなか一杯で……」

 憂鬱なのは唯も同じだ……今日は朝から少し顔色が良くない。

「だめよ! 唯ちゃんは今が育ちざかり。食べなきゃ大きくなれないわ」

 そこで、口を開いた紗花の八重歯がギラリと発光した。

「それに食べられたくない! という必死の抵抗を突破して捕食することが悦なのよ!」

 そう言う紗花の頬が仄かに赤くなった。

「はぁ~~~~」

 三人は顔を見合わせて思わず溜息を付いた。

 紗花の理論は時々彼女以外には理解が難く、クラスメートから”紗花メソッド”と言われているのだ……

「君の頭の中では、俺は草食獣か何かなのか?」

 京がそう言って、残り一口となったハンバーグにフォークを刺そうとしたその時だった。

 彼等の目の前で、京のハンバーグが皿から姿を消していたのである……

「あれ?」

 京のフォークが空となったプレートに空しく突き当たる。

「美味しぃ~~~~!!」

 キョトンとする京を無視して、紗花がむしゃむしゃ言いながら、口の中の何かを頬張っていた……

 紗花が手に持ったフォークを動かした形跡は、直人達には見えなかったが……

「……お、俺のハンバーグ返しやがれ」

 京がわなわなと肩を震わせて怒り始めた。

 一方紗花は夢心地の表情で “捕食”を堪能している。その紗花が彼の唯一の希望であった“最後の一口ハンバーグ”を食べ終わった後でこう言ってのけた。

「これにてハンバーグの処理は全て完了致しました……尚、お腹の中の物は一切返却することはできません……あきらめて新しいハンバーグを一からお買い求め下さい……それを又紗花に食べられても怒らないで下さい……ね……」

 紗花がまるでコンピュータがしゃべる様に、無駄に丁寧にアナウンスをした。

 実際の所、まだ物足りない紗花は、京に新しいハンバーグをたかろうとしていたのである! 彼女のその行為はまるで、捕食対象を骨までむしゃぶり尽くした後で、卑しくおかわりを要求するハイエナの様だった……

「こいつ!」

 そこで京の切れ長の目がギラリと発光した。無理からぬことだった……

「なあに? やるの?」

 ……食い物の恨みは恐ろしい……このまま親友同士が、ハンバーグをネタに決闘するのを見過ごす訳にはいかない。

「まあまあ京兄さん。良かったら私のパスタ食べて。それと紗花姉さん、横取りは駄目よ!」

 手慣れた対応で唯が二人の間に割って入る。流石だ唯、対応が早くて適格だ。

 ……それにしてもこの二人、俺達兄妹がいなかったら一体どうなるのだろうか? 毎日食べ物をネタに喧嘩を繰り広げるのだろうか? でも、何故かいつも一緒だし……仲が良いんだか悪いんだか?

 ほっぺたを膨らませて怒る京を他所に、紗花は涼しい顔をしているが……

「さあ、これにてバカ騒ぎは終了! 午後の授業も頑張らないとねっ!」

 ハンバーグを食べ終えた紗花が、八重歯を光らせてにこりと笑った。

 しかしそんな紗花でさえも、いつもと違ってどこか沈んでいる様に見えた……


 ――普段は楽しい筈の昼のランチも、彼等は心がざわざわして終始落ち着かなかった。無論、全員が”勇者適格者”だったからだ――


 授業を終えて家に帰ると、直人と唯は早めの夕食を済ませて、リビングでくつろいでいた。白を基調にした広いリビングは、今は亡き母がインテリアを決めた物だった。

 直人はソファに深く腰かけて、唯がお茶を入れる姿を眺めていた……眺めるべきは美しい絵画と、愛らしい妹に限ると直人は思う。

「緑茶でいいわよね? 兄さん」

 今日の唯は花柄模様の入った淡いピンク色のレースのワンピースを着ていた。ガーリーな服装なのだが、最近成長を始めた身体とのギャップがどこかエロい……特に胸辺りが……

 そんな直人の視線に気付いたのか唯が言った。

「兄さん……さっきからどこ見てるの?」

 唯が実の兄に突っ込みを入れた。

「お……お茶だよ。銘柄は何かな……」

 直人は湯呑を手の中でぐるぐると回した。

「嘘ね! また私の身体を嫌らしい目付きで、舐め回す様に見てたんでしょ。視線ですぐに分かったわ、このシスコン兄貴!」

 唯が確信を付いてきた……しかし人間嘘を見破られると、嘘を貫きたくなるのが人のさがというものではないだろうか?

「そ、そんなとこ見るわけないだろ! ちょっと可愛い服着てるなと思っただけだよ」

「ど――うだか! 最近、目付きが日に日に嫌っらしくなってますけど――」

「児童相談所にでも相談に行こうかしら? 実の兄の目がけだものみたいにいやらしいって、言いつけてやるんだから!」

「いいじゃないか! 見たって減るもんじゃないだろ!」

 ……直人は思わず口を滑らせていた……無論、今更口を塞いでも後の祭りである。

 その言葉は年頃の唯にとっては地雷だったようだ……唯の顔面が見る見る内に紅潮して行った。

「兄さんのド変態! シスコン兄貴! 家から出てけ――――――――!!」

 唯はそう言うと、熱湯のお茶をオーバーハンドで投げ付けた。

「うあっぢ――――――――――――――――――――!!!」

 絶叫と共に、直人はソファーから跳び跳ねた。

 反射的に起動した飛翔魔法で頭を天井に強打する……脳天直撃だった。

「痛ってぇ~~~~!」

 直人は頭を押さえてうずくまった。

「これに懲りて、嫌らしい目で妹の身体を見ないことね。この変態!」

 そう言うと妹は、ゴミでも見るような目で、実の兄を見下すのだった……


「ところで……」

 頭の痛みが引いた後で、直人は改めてソファに腰を下ろした。

 隣に座る唯は、まだふくれっ面をして怒っている……何より警戒している。直人は唯の隣で、反射的に胸を見ないように細心の注意を払っていた……

 顔から下はアウトだ、顔から下は……直人は呪文でも唱える様に、心の中でその言葉を繰り返した……

「……そろそろね」

 唯が口を開いた。

 唯が言ったのは午後七時に流れるニュースのことだ。

 今頃兄妹と同じように、一万人に一人はいる魔法士達が、これから始まるニュースに熱い視線を注いでいる筈だ……

「……それでは、これから臨時ニュースをお伝え致します」

 テレビにはスーツを着た、いかにも真面目そうな男性アナウンサーが映っていた。

「既に政府機関が発表しておりますが、人員不足となった勇者の数を増員する為に、この度新規勇者を選出する運びとなりました」

「該当するのは、魔法士である健康的な男女。年齢制限は有りません。直、任期は三年となります」

「それでは発表させて頂きます」

「今回選出される勇者はこの二名です……」

 演出だろうか? スタジオが一瞬暗転し、その後元の明るさに戻った。

 そこでカメラはアナウンサーに変わって、”今回選出される勇者”というテロップをアップで映し出した。

 ――そこには信じられない名前が映し出されていたのである。

「桐生直人・唯兄妹です!!」

「ブ―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」

 直人は口に含んでいた緑茶を、残さずテレビに吹きかけていた。

「ゲホッ、ゲホッ……」

 気管支に詰まったお茶が激痛を運んで来る……でも問題はそんなことではない。

「……兄さん……どうして私達の名前があるの?……」

 唯の漏らした言葉は、しかしそこから先に続くことはなかった。

 唯は真っ青な顔で下を向き、胸を押さえ、全身を震わせていた……

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