第2章 運命の勇者
第一話「三ヶ月前」
――三ケ月前。西暦二〇××年、四月。
桐生直人・唯兄妹は、東京都渋谷区の学校に揃って通う、ちょっと風変わりな高校生だ。
魔法適性のある人間が収容される特別学校、UNPA(United Nations Psychic Academy)に二人して通っている。直人が高校一年生、唯は中学一年生で、共に進級したばかりだ。
UNPAは国連の一機関であり、魔法士を育成・管理する国際機関である。一度入学すると、小学生から高校生に至るまで、エスカレーター式に進学して行くのだ。
直人達生徒は学費に関しては完全免除されるが、生活費に関しては自分で稼がなければならない決まりである。
科目は全生徒強制科目である魔法鍛錬クラス(略称マホタン)を筆頭に、普通・情報・工業・芸術・芸能・スポーツなど、様々な専門クラスを有していた。学校を卒業しさえすれば、他の学校と同等に高校卒業の単位が取得できる。
兄妹にとって学費が免除されることは、
危険な社会分子である魔法士を社会化して、多数派である普通の人間と同等の仕様に仕立て上げる……
この世界における直人達魔法士の立場は、魔法を使えない人間から畏怖される危険因子でしかなかった。砕けて言えば、首輪を嵌めて管理すべき鼻つまみ者だったのである。魔法適性が認められた人間は、指紋と立体写真を撮られ、国連組織のデータベースで厳格に管理されるのだ。現代を生きる多くの魔法士は、怪物を討伐し人々から尊敬を集める英雄には成れなかったのである。
そう、唯一の例外である勇者を除いては……
勇者――――
国連からライセンスを与えられ、怪物を討伐できる特別な存在。稀有な役職。
怪物との戦闘は、勇者が一身に引き受けており、直人達ライセンスのない魔法士や、一般人の戦闘への参加は【命の保証ができない】と言う真っ当な理由で許可されていなかった。
直人は思う……俺も他の魔法士同様、社会における鼻つまみ者の一人だと……異端の能力である魔法で生計を立てることなど、これっぽっちも考えてはいなかったのだ……
プロとしてはへっぽこだが、へっぽこ現役プログラマーである直人は、情報化のクラスを取得して勉強に励んでいる毎日だ。ITの現場で求められる無数の言語、情報を蓄積するデータベース、ネットワークの知識……憶えなければならないことだらけで吐き気がするが……金にはなる! 日進月歩を繰り返す面白い世界だ。
一方、物心付いた頃からアイドルに憧れている唯は、普通科に加えて芸能科のクラスを専攻していた……妹には夢を追いかけて欲しいし、夢を掴み取って欲しいと思う。
しかし、家族を養う義務のある直人としては、金になる情報化のクラスだけを受けたいと常日頃考えていたのである。
……ちなみに、今日の午前中の授業は、いつもなら眠くて死にそうになる魔法の歴史に関する授業だった……紀元前より脈々と受け継がれるこの星の魔法の歴史。魔法の名称やその効果、歴史に名を刻んだ偉大なる魔法士とその遺産。
直人にとってそれらを憶えることは、リゾートビーチに来て砂の数を数えることと同様に、意味を見い出すのが困難な作業だった。
しかし今日に限っては、そんな彼の予想は良い意味で初めて裏切られたのである……それは昼休み前の、四時限目の出来事だった……
授業では伝説の勇者”
内容はざっとこんな感じだ。
――勇壮なBGMと共に、長剣を携えた九雅相馬が
守るべき街と怪我人を背負い、敵に立ち向かう九雅相馬。伝説となったガーゴイル百人斬りのシーン、自分の数倍もあるゴーレムを長剣で一刀両断するシーン、そして最後の戦いとなった黒龍との壮絶な一騎打ち……
締め括りに今尚多くの憶測を呼んでいる、黒龍戦後の行方不明事件……九雅相馬は黒龍と戦った際、怪物もろとも倒壊したビルの瓦礫の下敷きになっていたのだ……死体が見つからなかった為、マスコミはこの事件を“謎の失跡”としてミステリアスに報じていた……
そのPVは一編の長編映画の様に美しく、一人の英雄の生き様を生き生きと勇ましく伝えていた……
直人はそれを見て身体中に鳥肌が立った……人間は他者の為に、人生において何かを為さなければならない……それが勇者・九雅相馬のPVが伝えたいことの様に思えた……
勇者は確かに格好良い。給料も良いし余程のことが無い限り女にモテる……ここは重要だ……しかし残念ながら個人差はあるらしい……
このテクノロジーと怪物が共存する危険な世界において、必要不可欠な存在だとも言える。
しかし……そこで直人は疑問に思うのだ……人の為に何かを為すことは、勇者でなくても可能ではないだろうか?
自分の様にプログラマーでも良いし、命を助けたいならば医師を目指せば良いのだ。
つまりいくら勇者が格好良くても、それに成りたい人間がいるかどうかは全く別の話なのである。それは、魔法士の育成機関であるこの学校の生徒においても同じことだ。いくら政府がプロパガンダをして勇者の募集をしても、、自発的に勇者を希望する者など現れる筈がなかったのである…………
――勇者の殉職率――九五パーセント。
このクラスで勇者への就職を希望する者は、誰一人としていなかった。
その後生徒達は、何故西暦二〇XX年の現代において怪物が出現するのか? 何故この世界に勇者が必要なのか? そして勇者を取り巻く環境について先生から講義を受けていた……
近世までの勇者は、魔法を家系毎に継承し王家に仕えてきた……そして現代では、国連が魔法適性者を一元管理する様になり、任命も国連の組織主導で行うことになっている。
そしてここは重要な所だが、現代の勇者の人選はスーパーコンピュータ―によってランダムに抽出されているのだ……
ちなみに、ここ日本における魔法士の数は僅か一万人足らず……その数は全人口の0.01パーセントである。この数字は世界的にも似たり寄ったりだ……
その魔法士の中から、強制的に選抜されるこの国の勇者は、ほんの二十人程度。彼等は国防で国の根幹を支える極めて重要な存在である。
……しかし実際の所、魔法士は勇者として怪物を討伐し、何とか市民権を得ている社会的マイノリティに他ならなかった。討伐目的以外での魔法使用は、法律で厳しく制限されているのだ……ちなみに、稀に起きる魔法を使用した犯罪には、専門の捜査官があたっている。
通常人間同士の争いには警察、国と国との争いには軍隊、そして人間と怪物との戦いには勇者が出動する取り決めだ。
――そして今年。政府は目減りした勇者の数を保つ為に、この国の魔法士から新しい勇者を二人選抜する……と告知していた。その運命の日は、様々な憶測と共に、一万人の魔法適性者を一喜一憂させながら迫っていたのだ。
講義を終えた歴史の先生は、授業の締め括りにこう言った。
「この中にはいないと思うが……勇者に選ばれた国民は、二四時間以内に政府機関に出頭することが義務付けられている。逃げたら極刑だぞ」
そう言って先生は、首を手刀で斬る動作を行い、誰を見るでもなく教室全体を見回した。
……それでもやりたくない奴は逃げるさ。
直人は心の中で毒づいていた。
その時彼は当の自分が選抜対象になっているとは、夢にも思っていなかったのである……
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