第六話「渋谷の破壊神」

 ――今知るべきは敵がどこにいるのかということだった。

「動けるか? 唯」

 唯は直人の言葉に静かに首を振った。

「分かった。俺が唯を抱いたまま飛翔魔法の舵を切る……唯は攻撃魔法に専念してくれ」

「動きと攻撃を分けるのね……分かったわ」

「作戦は初めの通りだ……今夜、渋谷に人はいない……ビルを盾にして背後から不意打ちを狙う」

「まあ……仕方ないわね」

 ――唯が渋い表情で頷いたその時だった。

 不意に、真昼の太陽が顔を出した様に、南西の空が一際眩しく発光した……バドラのいた方角だ。その場所で何かが光り、とばりの下りた闇の世界を真昼へと反転させたのだ……敵の新たな攻撃であることは明白だった。 

「何が来るんだ!?」

 兄妹は首を振って周囲を確認した。

 その時だった……

 ガオンッ――――――――――――――――――――――――――――――――!

 耳を衝く大音響と共に、収束された白色の光が、高速で兄妹の右手を通過して行った……

「今のは何だ!?」

「レーザービームか!? 幅一〇メートル以上あったぞ」

「何て……何て凶悪な……」

 唯は身体の震えを止めることができなかった。

 その直後……二人が見た光景は、惨いとしか言いようがないものだった……粉微塵に崩壊した東急ハンズの方がまだましだとは……

 光線が通過した場所は、円形に穴が穿たれていた――そう、何も残っていなかったのだ! 定規で引いた様に、直線上の物体がことごとく消失していた。

 足場を失ったビルが大音響と共に、次々と倒壊して行く……剥き出しになった鉄やコンクリートの残骸がドロドロに溶解し、惨たらしい屍を晒していた。


「今のは何だ唯?」

「ライトニングボルトよ……」

「………………………………」

「光と雷の合わせ技と言った所ね」

「基本は大勢の敵を相手に使用する魔法だけど……エネルギーを一極に収束して、パワーを最大で放ったのね」

「化け物だ…………」

 兄妹はビルの非常階段の一五階に身を隠していた……先程まで右手にあった街並みは、バドラのライトニングボルトによって直線状に消失していた。

 ――その時、南西の空が再び眩しく発光した――

 奴は俺達がビルの谷間に隠れていることを知っているのだ……だとすれば狙うのは、目障りなビルの群れ……

 前回の攻撃でライトニングボルトの発射タイミングは頭に入っている――

「唯、脱出するぞ」

 三・二・一…………第二撃目が来る!

 直人は唯を胸に抱き飛翔魔法を起動した。

 タイミングは完璧だった――飛翔魔法で上空に飛んだ直後、収束されたレーザービームが眼下を光速で駆け抜けて行った――

 兄妹がいたビルはライトニングボルトの直撃を受け、上半分が完全に消滅していた。

 地響きと轟音と土煙が渋谷の街を覆って行く……このまま行けば、渋谷が地図から消えてもおかしくはなかった……人外じんがいであるバドラの魔力がこれ程のものだったとは……

 足場を失ったビルの群れが次々に倒壊。レーザーで溶解したコンクリートが、アメーバの様に地面を覆い、下方へと垂れて行った。

 ……胸が……胸が痛む……しかし今の兄妹には、街の再復興計画を気に病む余裕はなかったのだ。

 二人は眼下で瓦礫の山と化した渋谷の街を離脱した。


 ――兄妹は今、高度一〇〇メートルの上空にいた。

 東に舵を切る。

 眼下には渋谷パルコホテルがあり、視線の先にはJRの高架橋が見える。

 ……とにかく動き続けることだ……止まれば奴のライトニングボルトが来る。動きの中に勝機がある筈だ……パワーと魔力で劣るなら、スピードと頭で勝てば良い。

 俺達がやっているのは殺し合いであって、ルールのあるスポーツではないのだ。

 観客は正義の使者たる勇者を期待するのだろうが、そんなことは俺達の知ったことでは無い。最後に立ってさえいれば良いのだ。

 直人は自分に一つの誓いを立てていたのだ……勇者に選ばれたあの時から……

 その時腕の中の唯が、後ろを振り向いて叫んだ。

「兄さん! あいつが来る!!」

 振り返るとバドラは兄妹の後方一〇〇メートルの位置にいた。

「何て速さだ……」

 兄妹はまるで、安全な場所から炙り出された巣の中の蜂だった……

 そしてバドラは、獲物を嬲り殺すことを生き甲斐とする狩人だった。

 バドラの眼は空腹の末ようやくにも獲物を見つけた肉食獣の様に爛々と輝いていた。

 今の兄妹は怪物退治に来た勇者ではなかった。兄妹の立場は初めから狩る側では無く狩られる側だったのだ。

 しかし……直人は唯と約束したのだ……一緒に家に帰ると……

 そして自分自身に誓いを立てていたのだ……妹の命だけは絶対に守ると。

 ……無様に屍はさらさない! そう、最後に俺達が立ってさえいれば良いのだ……今更人目や格好などどうでもいい……俺は勇者だが、俺の本質は勇者でも何でもない……俺がどんなに卑怯ひきょうだと罵られ様が、悪人と後ろ指を指され様が一向に構わない……俺は妹を生かす為ならば何だってやる……

 俺は悪役ヒール――悪役ヒール勇者・桐生直人だ!

 ――その時、バドラの眼光がギラリと赤色に発光した。

 唯には奴が新たな魔法を起動した様に見えた……

 振り返ると、生成された二メートル大の竜巻が、バドラを中心に円運動を繰り返していた……その数二〇は下らない……竜巻の円盤の中心で、怪物は邪悪な笑みを湛え、薄気味悪く微笑んでいた。 

「唯、あの魔法が分かるか?」

「あれはテアートルネード……竜巻で敵を切り裂く魔法よ」

「逃げて兄さん!」

 唯が叫んだ。 

 バドラは自らの口を引き裂かんとばかりに、限界まで大口を開き、再び雄叫びを上げた。

 刹那、死の刃――テアートルネードが全弾発射された―――― 

 旋回する竜巻の大群が、超高速で兄妹目掛けて突き進む――当たれば、やいばと化した竜巻の風が、兄妹の身体を縦横無尽に切り刻むだろう。ミンチどころではすまない筈だ。


 あの竜巻……遠隔操作されているのか? だとしたら最悪だ……

 直人は飛翔魔法で空を飛びながら、高度を徐々に下げて行った……ビルとビルの谷間に潜り込む。

「テアートルネードとビルをぶつけてやる!」

「街に被害が出るわ」

形振なりふり構っていられるか! ビルを盾にしてやる」

 真正面には渋谷丸井の八階建てのビルディンング。前方左には渋谷モディの九階建てのビルが飛び込んで来る。

 丸井の壁には現在公開中のハリウッド映画の看板が掲げられている。

 飛翔魔法の速度を上げる――街の景色が高速で後方へと流れ飛んで行く……兄妹は加速した時の中にいた。

 テアートルネードの大群は、二人の目と鼻の先に迫っていた……時速一〇〇キロは出している筈なのに……  

「兄さん、追いつかれるわ!」

 唯は後方の敵を凝視して叫んだ。

 直人は腕の中の妹を両手でしっかりと抱きしめた……先程の二の舞は御免だ。

「唯、絶対に手を離すな!!」

 ――眼前にはハリウッド映画の看板が高速で迫っている。

 兄妹はビルの直前で急速旋回した――左にターンする――遠心力で身体がビルの方角へと引っ張られる……

 何てきつい曲がりだ!

 曲り切れなければ、兄妹は身体毎ビルに突っ込むのだ。ハリウッドスターの鋭い眼光が目と鼻の先に迫っていた……

「ぶつかるわ!」

 直人は右足でハリウッドスターの鼻っ柱に思いっきり蹴りを見舞った。

 ボゴオッ!!

 大穴が看板に穿たれた。

 何かの恨みだろうか? スターの整った顔立ちが直人の一撃で陥没した。

 そのまま蹴りの反動を利用して左に飛ぶ。

 飛翔魔法に全エネルギーを注ぎ込み激突を回避する。

 ……その直後だった。

 標的を失った竜巻の大群が、ビルの中へと雪崩れ込んで行った――狂暴な死の刃が看板はおろか、窓ガラス、ビルの外壁、果てはメインフレームに至るまで、全てをズタズタに寸断して行く……悍ましい大音響は、野生動物の断末魔の金切り声を思わせた。

「ひぃ――――――――――――――――――――――――――っ!」

 唯の目から再び涙が零れ落ちる。

 ――渋谷丸井が金切り声と共に崩れ落ちて行く……

「何てパワーだ! 圧倒的じゃないか!?」

 バドラは飛翔魔法で全速力で飛ぶ直人に迫っていた。

 怪物はフィジカル、魔法力、そしてスピードに至るまで兄妹を凌駕していたのだ。

「どうする!? 考えろ、桐生直人! 妹と約束しただろうが!」

 実際の所、直人はパニックを抑えるだけで精一杯だった……

 一方唯は脳震盪のダメージで頭が朦朧もうろうとしていた……

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