第四話「爆炎魔法対決」

 ――唯は両腕を翼竜の様に大きく広げ、深く息を吸い込んだ……息を吐くと同時に、エネルギーを両手の内側に集約させる……大気が震えビリビリと振動を始めた……更にエネルギーを充填する……両手の間に直径一メートル大の火球が生成されて行く……それは超高温の火の玉だった……

 ヒットした後で大爆発を引き起こし、敵を木端微塵に粉砕する爆発系の魔法を起動したのだ。以前この魔法を喰らった相手は、肉片さえ残らず地上から完全に消滅していた……

 その火球に更にヴリルを注ぎ込む……最終的に火球は五メートル大のサイズへと成長を遂げて行った。唯の全身から真紅のオーラが迸った。

「ファイア――――――――――――ボム!!」

 唯の叫び声が深夜の井の頭通りを貫く。

 ――生成された巨大な火球が、敵目掛けて一直線に突き進む。

 恐るべきスピード――発射された火球が空間を高速で切り裂いて行く――

 衝撃で林立するビルの窓ガラスが次々と砕け散り飛散する。

 ……この歳でこの才能だ……成長したら如何ほどの魔法士になるのか想像すらつかない。

 唯の才能は同年代の能力者を圧倒的に凌いでいたのだ。


 火球はバドラのどてっ腹に狙いを定めていた――このスピードでも遠隔操作で微調整ぐらいは可能だ。

「当たれ――――――――――――――!!」

 唯が敵を睨みつけて絶叫した……装甲の厚いバドラの鱗でも当たれば風穴が開く筈だ。

 ……流石だ唯……我が最愛の妹。これで兄妹揃って家に帰れる……そして俺は最愛の妹を視姦……じゃなかった……愛玩できる。直人はこの一大局面に於いても変態シスコン兄貴としての属性を忘れてはいなかった……しかしながら直人はそこでようやくにも異変に気付いた。

 敵は五メートル大の火球を前にしても、その巨体を微動だにしなかったのだ。

 逃げることもバリアを張ることも無く、表情さえも変わらない……直人はいぶかりその光景を凝視した。

 五メートル大の死の火球が、バドラの眼前に迫っていた。

 その時だった……

 バドラは両手の平を内側に向けると、鱗で覆われた両腕を大きく横に開いたのだ。

 そして――――

 バチ―――――――――――――――――――――――――――――――――ン!

 耳を突く激しい音!

 バドラが掌底を叩き合わせたのだ。

 掌底の間から真紅の光とスパークが拡散した。衝撃波が周囲のビルの窓ガラスを次々と粉砕し落下させて行く……ガラスのスコールが渋谷センター街の路上を叩く……

 鼓膜が、割れる!

 直人はその音に思わず耳を塞いでいた……爆弾が耳元で破裂したかの様な衝撃派。

 何が……起きたのだ!?

 直人が驚きと共に敵を凝視する。

 ――怪物の土手っ腹を狙ったファイアーボムは、奴の掌底の中に消えていた……

 バドラが手の平を叩き合わせて、火球を叩き潰したのだ。

 兄妹は恐怖で顔面が引き攣っていた……単なるフィジカルの力だけではファイアーボムは防げない筈だ……防御系の魔法を一瞬で両手に生成し、爆発を防いだとでも言うのか!?

 ……それはつまり、一五メートル級の全身鱗に覆われた巨躯の化け物が、魔法さえも起動できることを意味していた……

 敵に対してフィジカルはおろか魔法力でも劣る場合、勇者の生存率は桁違いに低くなる……

「嘘…………でしょ!?」

 唯の瞳孔は驚きで見開かれていた。足は恐怖で震えている。

 バドラの両手からは、くすぶる煙が立ち昇り、漆黒の闇を灰色に変えていた……その冷徹な眼は、敵である兄妹を真正面から睨み付けて離さなかった――


 次の瞬間、バドラは両腕を翼竜の様に大きく広げていた……ファイアーボムを放った唯と同じ様に……

 方腕だけで優に六メートルはあろうか? 両腕を横に広げると、怪物は一層巨大に見えた。兄妹は自分達が鳥籠に押し込められた小鳥の様に感じていた。

 バドラは両腕の間にエネルギーを集約している様に見えた……すると、巨木の如き両腕の中に火球が出現したのだ。生成した火球が、みるみる内に巨大なサイズへと成長を遂げて行く……兄妹を肉片さえ残さずほふる気に違いない。

「唯、お前と同じ技だ」

「あいつ何なの!?……魔力が尋常じゃないわ……深くて底が見えない程にどす黒い……」

 唯は怪物が魔法を起動し、ファイアーボムを生成する姿を驚愕の表情で見つめていた。

 唯への当て付けなのか!? 既にバドラのファイアーボムは、一〇メートル大に成長していた。倍のサイズだ……三階建てのビルディングに匹敵するヴリルの爆弾……あれをもし食らったら……兄妹の顔色はみるみる内に青ざめて行った……

「どうしよう兄さん???」

「一つだけ策はある、唯」

 直人が即答した。

「…………………………」

「戦術的撤退さ! いつもの様になっ!」

 そう言うと、直人は唯のちっちゃな手を握り締めた――すぐさま飛翔魔法を起動する。

 魔法起動後、兄妹の身体は眩いオーラに包まれて行った。上空にふわりと浮き上がると一気に高度を取る。

「ファイアーボムが来るわ!」

 兄妹が東急ハンズの屋上から離脱した正にその時だった……死を約束するファイアーボムが高速で発射された。

「速い!」

 速度は唯のそれを遥かに上回っていた……巨大な火球は発射と同時に、二人の目と鼻の先にあったのだ……

「速すぎる! 空間をワープでもしたのか!?」


 ――次の瞬間、一〇メートル級のファイアーボムが、東急ハンズ渋谷店に激突した。

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