第2話
帰りのHRの時間になる。あと少しで冬休みに入る。みんなそわそわしていた。
私はさっきの会話を思い出していた。声がきれい、癒し系。なにより「歌ってみたら?」なんて大胆に勧められたのが嬉しくなっていた。
チャイムが鳴る。今学期が終わる、ついに冬休みだ。みんないっせいに帰る。早い人はドアの前で待機していた。
私はいつも通りに帰ろうと思っていた。
今年最後だし、なんとなく教室を見回してみた。慌ただしく帰る人、混雑を避けるためにわざとおしゃべりをしているグループ、見守っている先生。
そして、佑美と拓也くん。二人で玄関に向かっている。私はつい、二人のあとを追った。下足箱で上履きを持ち帰り、ブーツを取り出す。二人を見失わないよう少し急いだ。
「寒いっ」
佑美が短く叫んだ。外はすっかり冬だ。雪が降っている。寒がる佑美を見て、拓也くんが優しくほほえんだ。
あと少しで校門を出る、という距離に来たところで二人は手を繋いだ。その手を隠そうとしたのか、体がより密着する瞬間を見逃さなかった。私の頭のなかはまっ白になっていた。雪と同化した。
明日から冬休み。そうか、二人はもう、つきあっているんだ。私はもう、二人のあとを追えなかった。
校門を出ていつもと違う道を通る。もちろん、佑美と拓也くんを避けるために。
遠回りになるけれどもあの二人を見ることに比べたら苦ではない。
けれど私の精神はぼろぼろだった。いつもより長い時間歩くということはこの低温に身体がさらされるということだ。
私は本能的にコンビニに入った。暖房が効いているわけではないけれども風が遮られて少しはましだった。
ホットドリンクでも買おうか。もう少し歩くとバス停がある、バスもいいかもしれない。けれどもちょうどいい時間があるだろうか。
考えるのが面倒くさくなってきた。私はタクシーを呼んだ。もうすぐお年玉をもらうのでいいだろう。
タクシーが来るまで立ち読みをすることにした。本売り場はちょうど駐車場が見える位置にある。どこのコンビニでもこの位置な気がする。
適当に週刊漫画雑誌を手にとる。アニメが放送されていて知っている作品もあったが、見ているわけではないので内容がいまいち分からなかった。
時間を確認すると、十分ほど経っていた。タクシーを呼んで十分は、長いのだろうか。自分で呼んだことはないので分からなかった。とにかく寒いので催促の電話をした。
「十分ほど前に頼んだ
まず、先ほどかけた配車コールセンターに繋がる。携帯番号が登録されているのか、私の担当ドライバーに繋ぐと言われた。呼び出し音が二度ほどなり、誰かが電話に出た。
「あーお待たせしております、今着きましたので」
駐車場に目をやると、タクシーが一台停まっていた。
電話をかけたのと同じタイミングで到着したのだろうか。ちょっと申し訳ない気持ちになった。
いや、それよりも……。今の電話、スピーカーと同時にうしろから聞こえた。
うしろを見ると、金髪のチャラい男がいた。
「すいません、遅くなりまして。白石さんでよろしいですか?」
チャラい男はピアスをしてごつい指輪をしていた。着ている服は確かにタクシードライバーぽい感じだったが、人も服も細身のせいかずいぶんオシャレに見えた。
「あ、自分〇〇タクシーの者です」
私が疑っているのに気づいたのか、チャラい男は名刺を見せてきた。
確かに、タクシー会社に電話をかけたのは私だし、催促したときに電話に出ていたのもこの男だ。たぶん本当にタクシードライバーなのだろう。
というか、もうどうでもいい。もしこのチャラい男が偽物で怪しい人間だったとしても、どうでもいい。
私はタクシーに乗り込む。車内は暖房が効いて暖かかった。
「どちらまで?」
どちらまで? 家に帰る途中だったのを思い出した。そうだ、家に帰るんだ。あの二人を見たくなくて遠回りしてこんなところに来てタクシーを呼ぶはめに……。
「……お客さん?」
私がなかなか答えないからか、チャラいタクシードライバーはこちらに顔を向けた。
そうだ、いくらチャラくたってこの人はタクシードライバーだ、仕事なんだ。私が行き先を言わなきゃ困るんだ。
家の住所を言うだけでいいのに、言葉が出てこない
「ショッピングモールなんて、どうでしょう?」
チャラいタクシードライバーが言う。お客じゃなくてタクシードライバーが行き先を提案するなんて、そんなことがあるのか。
いや、もう私は色んなことがどうでもいい。そうだ、ショッピングモールには楽器屋が入っていた。ギターを見に行こう。
「はい、ショッピングモールにお願いします」
「かしこまりました」
タクシーはゆっくり発進して、コンビニから県道へ入った。
寒い雪のなか、おめかしした女の人が歩いていた。これからデートだろうか。
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