なんでもないクリスマス

青山えむ

第1話

 天井から何か出ている。ピンクの物体。ぬいぐるみだ。

 うさぎかクマか、ブタかもしれない。なんだっていい、ぬいぐるみは可愛い。少し笑っていて可愛くて誰からも愛される。


 クラスで一番仲がいい佑美ゆみが髪を染めた。インナーカラーとかいう、髪の毛の内側の部分だけ色が違う。もうすぐ冬休みなのでそれに向けて染めたのだろう。肩にかかる程度の長さの髪の毛は、揺れるたびにいい香りをまきちらす。

 きれいにカールされた長いまつ毛、薄いピンク色のつやのある唇。笑うとほっぺが紅くなるのはチークなのか自然なのか。


 佑美は気さくで話しやすくて自分磨きを怠らない女子力抜群の子だ。私は一番仲がいいと思っているけれども、佑美にとっての一番は私ではないだろう。


 佑美は最近そっけない。ううん、佑美はみんなと仲がいい。

 そっけないだけならまだいいんだ。佑美は私がひそかに想っている拓也たくやくんと急接近している。だから心が落ち着かない。佑美は私の気持ちを知らない。佑美に落ち度はひとつもない。


 佑美が気合いを入れて髪を染めたのは拓也くんのためだろうか。

 佑美のネイルが赤と緑になっていた。もうすぐ来るクリスマスカラーだ。どんどん輝いてゆく佑美と、その隣にいる拓也くんを見るだけの日が続く。


 私は自分の意見が言えない。自分に自信がない。

 みんなとファミレスに行っても誰かと同じものを注文してしまう。本当に食べたいものを言ったら「えーそれ?」と言われる気がして怖くて言い出せなかった。


かえでは何食べるの?」

 先攻でそう聞かれてしまったら「うーん」と言ってごまかす。



「楓は声がきれいだよな」

 気づいたら拓也くんが私の隣にいた。佑美は違うグループと話していた。佑美と離れたから、一人でいる私のところに来てくれたのだろうか。拓也くんはみんなに優しい。みんなと気さくに話す佑美とお似合いじゃないか。ふいにそんなことを思ってしまい、勝手に落ち込んでしまった。


「声……?」


 なんの話からそうなったのかよくつかめていなかった私は間抜けな返しをしていた。


「うん、張りがあるし高音響きそうだし。歌ってみたら? ギター弾いたりしてさ」

 拓也くんはおもしろいことを思いついたようなわくわくした調子で言った。


「拓也―、ちょっといい?」


「あーい。悪い、呼ばれたから行くわ」

 拓也くんは佑美に呼ばれて、私の隣から去って行った。


「楓、話し中にごめんね」


 佑美が遠くから叫んで両手を合わせて私に謝る素振りをした。


「ううん、いいんだよ」

 小さい声だったので聞こえないだろうけれども、私は笑顔で頭を横に振って佑美に気持ちを伝えた。

 拓也くんが佑美の前に歩いていく。佑美が微笑む。恋する乙女の目をしている。拓也くんも嬉しそうな顔をしている。この二人がくっつくのは誰が見たって明白だ。


 私は選ばれない。佑美はなんでも持っている。美貌、素直で明るい正確、負けず嫌いの精神、美を追求する根性。

 佑美はなんでも持っているのに。私の声がきれいだって言ってくれた拓也くん。唯一私を認めてくれた拓也くんを取らなくたっていいじゃない……。


 あと二時間で冬休みだ。


「楓、さっきは話の途中で拓也を呼んじゃってごめんね。委員会ですぐに確認したいことがあってさ」


「ううん、いいんだよ。気にしてくれてありがとうね」

 ほら、佑美はフォローもしっかりしている。完璧な女子だ。私にも優しい佑美に嫉妬するなんて醜いことだ。醜い心はいつかばれる。


「佑美、クリスマスカラーのネイルいいね。すごく映えてる」


「そうなの、気づいてくれた? さすが楓だね。そうやって言葉にしてもらえると頑張ってよかったって思える」

 佑美は得意そうに指をぴんと伸ばしてネイルを見ていた。


「みんな言わなくても、気づいてると思うよ」


「そっか、そんなもんかな? けど私は楓みたいに言ってくれると嬉しいな。楓は癒し系だしね」


 私が癒し系……? 知らなかった。いつもおどおどして自分の意見が言えなくて、周りをいらいらさせていると思っていた。


「楓は癒し系か、分かるな。声もきれいだし、やっぱり歌ってみたら?」

 拓也くんが会話に加わった。


「歌うって?」

 佑美がすかさず聞く。


「楓は声がきれいだから歌ってみたらいいいんじゃないかって、さっき話してたんだよ」


「あー分かる。確かに美声だ。癒し系で美声ってかなりの武器じゃん」

 拓也くんと佑美が納得している。私を褒めてくれるのは嬉しいけれど、二人が仲良くしている場面を目の前で見るのは辛くもあった。

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