第6話 あたしの家に住めば?
紬と俺は、子どもの頃から家が近所で、幼稚園も学校もずっと一緒だった。
高校も同じで、クラスもまた同じ。
本当に腐れ縁と言っていい。
俺は紬の家に連れて来られた。
子どもの頃から何度も遊びに来た家だ。
「春斗お兄ちゃあああああああああああああああん!」
「ぐわ!」
俺は玄関で倒れた。
「こら!危ないでしょ!
「だって……春斗お兄ちゃんに会うの久しぶりなんだもん!」
今、俺の身体の上に乗っている女の子は、
紬の妹で、今年で小学3年生だ。
ポニーテールの髪が元気に揺れる。
さくらんぼの髪留めが幼さを感じさせてかわいい。
「ははは……糸ちゃん、久しぶり」
「ぶー!春斗お兄ちゃん、糸を放置したな!今日はたっぷり糸と遊んでね!」
「春斗は今日、お姉ちゃんと大事な話があるの。一人で遊んでなさい」
「ぶー!ぶー!お姉ちゃんだけ春斗お兄ちゃんを独り占めしてずるい!」
いつも俺が家に来ると、なぜか紬と糸ちゃんは喧嘩するんだよな……
よくわからない。
俺はリビングに通されて、お茶を出してもらった。
糸ちゃんは静かにしていることを条件に、一緒にいることになった。
「で、今、春斗は住むところがないのよね?」
「まあ、そうなるな……」
俺の借りていた部屋は、父さんに解約された。
月島さんの家には……行くわけにはいかない。
俺を振った女の子と同棲は無理だ。
「じゃあ春斗お兄ちゃんがウチに住めばいいんだよ!」
糸ちゃんが嬉しそうに言う。
「糸……静かにしてる約束でしょ?」
「あ、ごめんなさい……」
「でも、あたしも糸に賛成。住むところがないなら、しばらくあたしのウチに住めば?」
「いや、おじさんとおばさんが反対するだろ」
「パパとママなら大丈夫だよ。パパもママも、春斗のこと気に入ってるから」
たしかに紬の家に転がり込めれば有難い。
紬なら幼馴染だし、一緒にいて気を遣わずに済む。
――ピンポーン!
インターホンが鳴った。
「アマゾンかな?」
たたたっと、紬は玄関へ走った。
「きゃあ!」
紬の悲鳴が聞こえた。
「どうした!」
「お姉ちゃん?」
俺と糸ちゃんは、玄関へ向かった。
玄関にいたのは――メイド服を着た背の高い女性。
月島家の使用人、片桐さんだ。
「片桐さん……何か用ですか?」
「え?春斗、このコスプレお姉さんのこと知ってるの?」
紬が驚いた顔で俺に聞く。
「ああ。この人は片桐さん。月島さんのところのメイドさん」
「メイドさんって……異世界ファンタジーじゃないんだから……」
「ごほん。異世界でもファンタジーでもなく、これは現実です。私は春斗様をお迎えに参りました」
「どうしてここがわかって……?」
「スマホです」
片桐さんはスマホの画面を見せた。
画面には、地図のアプリが映っていた。
「昨日、春斗様のスマホにGPSアプリをインストールしました」
「え?GPS?」
「春斗様のお父様の指示です。どうせ我が息子は逃げるから、その対策に必要だと」
あのクソ親父……
プライバシーの侵害だぜ。
「さあ、結菜お嬢様がお屋敷でお待ちです。早く行きましょう」
片桐さんは俺の右腕をつかんだ。
「ダメです。春斗はウチに住むんです」
「そーだそーだ!春斗お兄ちゃんはウチに住むの!」
紬と糸ちゃんが、俺の左腕をつかんだ。
「いたい!いたいって!」
左右からぎゅうっと俺は引っ張られる。
「……お二人とも、手を離してください。明日は学校です。春斗様の制服も教科書も、すべて月島家にあります」
そうだった。
父さんが俺の荷物は全部、月島家に送ったって言っていた。
「提案なのですが、いったん、月島家に荷物を取りに帰るのはいかがでしょう?」
たしかに片桐さんの言うとおり、一度は月島家に帰らないいけない。
制服も教科書もないし、着替えもない。今、俺が持っているのはスマホと財布ぐらいだ。
しかも、財布には3000円しか入っていない。
スマホの充電だって、あと10%しかなかった。
「わかった……手を離すけど、あとで必ず春斗をウチまで届けてよね!」
「約束破ったら後悔するぞぉ!」
紬と糸ちゃんは手を離した。
「ありがとうございます。約束は守りましょう。では春斗様。外の車に乗ってください」
「春斗……絶対に帰ってきてね」
「春斗お兄ちゃん、待ってるよ!」
「おう。必ず帰るから」
俺は玄関を出て、外につけてあったベンツに乗り込んだ。
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