第5話 お前に帰る家はない

俺はとりあえず自分の家に帰った。

あんな強引に、許嫁になんかなれない。

俺は月島さんに振られたんだ。

なおさら、一緒にはなれない。


俺が部屋のドアを開けようすると、


「え?開かない?」


ドアの鍵が合わなかった。

いったいどういうことだ?

ここは、たしかに俺の部屋だよな?

俺は周囲を見渡した。

特に変わったことはない。

ここは俺の部屋で間違いないはずだ。


——プルルルルル!

俺のスマホが鳴った。

父さんからだ。


≪ははは。我が息子よ。今、前の家の玄関前か?≫

≪どうしてわかるんだ?≫

≪お前の行動なんてお見通しだからだ。今ごろ、結婚にビビったお前が逃げ出して、前の家に帰っていると思ってな≫

≪はあ。マジかよ……≫


俺はため息をついた。


≪その部屋は解約した。もうそこはお前の家じゃない≫

≪か、解約したって?≫


思わず声が裏返ってしまう。

たしかにこの部屋は、父さんの名義で借りている。

だから解約も父さんが勝手にできる。


≪ふざけんな。解約したら俺はどこに住むんだよ?≫

≪お前には、新しい家があるだろ≫


新しい家——それは月島さんの家だ。


≪荷物は新居に送っておいたから。安心しろ≫

≪安心できるか!≫

≪じゃ、俺はこれから母さんと温泉行くから、お幸せになー!≫

≪おい!待って——≫


電話が切れた。

おいおい。マジかよ。

月島さんの家に帰るしかないのか……

俺はドアの前に座り込んでしまった。


「春斗……そこで何してるの?」

「……紬≪つむぎ≫?」


ツインテールと、大きなクリクリした瞳。

身長は145センチでちっこいけど、コミュ力の高い陽キャで、クラスの人気者。

俺の見立てだと、胸は推定Fカップ。

俺の幼馴染——風守紬≪かざもりつむぎ≫が、怪訝な顔で俺を見下ろしていた。


「家に入れないの?」

「えーと……どうしてここにいるんだ?」

「忘れたの?今日は一緒にパソコン買いに行くって約束してたじゃない」

「あ、そう言えば……」


パソコンが苦手な紬のために、一緒に電気屋にパソコンを買いに行くことなっていた。

昨日からあり得ないことが起こりすぎて、すっかり忘れていた。


「もう!やっぱり忘れてたんだね!」


ぷくっと、紬は頬を膨らませた。


「ごめん。マジで忘れてた」

「何かあったの?」

「いや、その……」


月島さんの許嫁になったこと、紬に言っても大丈夫だろうか……

俺はつい口ごもってしまう。


「なーんか、隠してるね?」

「隠してねえよ……」

「あたしに嘘つくんだ。へえー」


紬は顔をずいっと近づけてきた。

甘い匂いがふんわりとする。


「あたしと春斗は幼馴染なんだよ。嘘ついてもすぐわかるんだからね」


紬に隠し事はできない。

昔から勘が鋭くて、トランプの大富豪じゃ負け知らずただ。


「実は……」


俺は月島さんとのことを話した。

俺が月島さんに、振られたこと。

俺と月島さんが、昔から許嫁だったこと。

俺と月島さんが、これから一緒に住むこと。

全部を紬に話した。


「許嫁って……信じられない」


紬はびっくりして、口を手で抑えた。


「だよな」

「で、春斗はどうするの?月島さんと結婚するの?」


めっちゃくちゃ真剣な顔で、紬が聞いてくる。


「無理に決まってるだろ。いきなり結婚なんて」

「いきなりじゃなかったら、結婚するの?」

「いや、俺は振られたから」

「じゃあ振られなかったら、結婚するの?」

「そういうことじゃなくて……」


まるで刑事みたいに尋問してくる。

いったい何なんだよ……


「ふう……ここじゃアレだから、あたしの家に来て。じっくり話を聞いてあげるから」




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