第3話 メイドさんに起してもらう
「春斗様。起きてください。結那お嬢様が待っています」
「ううん……」
知らない女の人の声が聞こえる。
今日の布団はやけに柔らかいな。
まるで高級ホテルのベッドで寝てるようだ……
「……わあ!」
「はあ……やっとお目覚めですか」
知らない部屋で、俺は寝ていた。
かなり高い天井と、大きなシャンデリアが見える。
TVでしか見たことない、外国の高級ホテルみたいだ。
俺の隣に、メイド服を着た女性が立っていた。
「ここは……いったい?」
「月島家のお屋敷です」
月島さんの家?
なんでだ?
昨日、俺は自分の部屋で寝たのに。
まったく事態がつかめない。
「……春斗様のお父様が、春斗が抵抗するかもしれないから、息子が寝ている間に連れて行ってくれと頼まれましたので」
「父さんが……」
おいおい。それって拉致事件じゃないか。
あのクソ親父……いったい何を考えているんだ?
「私はメイドの片桐≪かたぎり≫と言います。結那お嬢様と春斗様のお世話をいたします」
澄ました顔で、片桐さんは俺を見下ろした。
茶色がかかった長い髪は、腰まで伸びている。
涼しげな瞳とすっと高い鼻梁は、いかにも「氷の美女」って感じだ。
しかし……今時メイドだなんて、異世界じゃあるまいし。
「結那お嬢様が食堂でお待ちです」
「お嬢様って、月島結那さんことだよね?」
「そうですが」
まだ信じれられない。
俺は頬をつねってみるが、夢ではないようだ。
「……そろそろ起きましょうか」
片桐さんは俺に呆れながら声をかける。
「着替えはこちらです。春斗様の家から持ってきたものです」
片桐さんはきれいに畳まれた服を指差した。
「お着替えが終わりましたら、食堂までご案内しますので」
◇◇◇
片桐さんに連れられて、俺は食堂へ行った。
さすが大手IT企業の社長の屋敷。
まるでお城のような大豪邸だ。
食堂へ通されると、月島さんがいた。
絹糸のような黒髪をハーフアップに結い上げて、黄色のエプロンをつけている。
「……おはよう。月島さん」
「あ、おはよう。日野くん」
あり得ない状況なのに、月島さんは落ち着いている。
てか、どうして月島さんが料理を並べているんだ?
「あ、この料理ね。パパがお前は許嫁なんだから、日野くんに料理を作ってあげなさいって言うから」
「これ、月島さんが作ってくれたんだ……」
「上手くできてるかわからないけど……とりあえず座って」
テーブルには、フレンチトースト、レタスのサラダ、切ったりんご、コーヒー。
1人暮らしで朝飯を抜くこともあった俺からすれば、めちゃくちゃ豪華な食事だ。
椅子もふかふかで超気持ちいい。
「で、日野くんってどこまで話を聞いてるの?」
「えーと、許嫁のこと?」
「うん。本当に信じられないよね……」
はあーと、月島さんはため息をついた。
「俺も信じられない。今時、許嫁だなんて……今すぐ俺たちの親と話して、バカなことやめさせよう」
「そうだよね。こんなの変だよね。だって月島くんとあたしは??」
月島さんは言いかけてから、途中で口を閉じた。
何を言いかけたかは、だいたい見当がつく。
??俺は昨日、月島さんに振られた。
俺を振った女の子と同棲するなんて、あり得ない。
「ごめん。俺、帰るわ」
俺は席を立った。
「俺は自分の親と話すから、月島さんは自分の親と話してくれ。許嫁なんて無理だって」
「お待ちください」
片桐さんが俺の前に立ちはだかった。
「あの、どいてください」
「旦那様から、決して屋敷から出すなと言われています」
「そんなの関係ない。同棲なんて間違ってる」
「……わかりました。力づくで阻止します」
片桐さんの目がギラリと光る。
まるで暗殺者みたいに冷たい目だ。
俺は思わず後退りする。
「せっかくお嬢様が朝食を作られたのです。出て行くのは、召し上がってからにしてはいかがです?」
片桐さんはニッコリと俺に笑いかけた。
……目が笑っていない。
「許嫁のことはともかく、日野くんに食べてほしい」
「え?」
「いつか好きな人にご飯作ってあげたいから……誰かに食べてもらわないとお料理上手くならないし」
「……俺は練習台ってこと?」
「あ、そういう意味じゃないけど……」
月島さんが口がごもる。
ぐー!
あ、ヤバい。
俺の腹が鳴った。
月島さんがクスっと笑う。
「日野くん、お腹空いてるんだ」
「そうみたいだ……」
めっちゃくちゃ恥ずかしい。
俺は顔が熱くなった。
「せっかくだからいただこうかな……」
「ありがとう。さあ、召し上がれ」
俺は席に座る。
フレンチトーストを食べた。
カリカリのパンが香ばしい。
ふわふわの卵が口の中でとろける。
「お口に合えばいいんだけど……」
「すげえうまい!」
「よかったあ!たくさん練習したから」
「え?練習?」
「なんでもない!さ、もっと食べて!」
あたふたと、必死にごまかす月島さん。
何かを隠しているみたいだが、今は掘り下げるのはやめておこう。
めちゃくちゃ気になるけど……
「本当にいきなりで。びっくりしちゃったよね」
「かなりびっくりしたよ」
「昨日の夜、日野くんの許嫁だってパパに言われたから……」
俺が月島さんに告白して、振られたのが昨日の夕方だ。
月島さんは俺を振ってから、俺が許嫁だと知ったことになる。
そりゃあ、びっくりするに違いない。
「朝ごはん、ありがとう。じゃあ俺は帰るから」
俺が再び席を立った。
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