第5話 炊き出し

 古田剛三は失敗したと思った。炊き出しに来た人数がいつもの3倍はあったからだ。大きな倒産があったとは聞いていたが、まさかこんな、関係あるのか?

「何だこの人数は?」

ボランティアの一人がそれに反応する。

「仕方ありませんよ。配れるだけ配りましょう。量もいつも通りいきましょう」

剛三は肯き言う。

「そうだな。大した量じゃない。減らせば誰の腹も膨れない。配ろう、いつも通り雑炊を」

ぴょこっ。

そんな音がしそうな感じでその子は登場した。

「僕はおにぎり君やからな。足りない分は僕のおにぎりで何とかするからな」

剛三は笑った。

「ははっ。そうかい、坊やのおにぎりを足してくれるか、ありがとう」

そのおにぎり少年の風呂敷にどれだけのおにぎりがあるだろうか、まぁ3人分ぐらいはあるのだろう、剛三はそう思った。

その日、いつもの公園で行われた無料炊き出し、200人分の雑炊が配られた。

その後、おにぎり君のおにぎりは400人に配られた。

古田剛三は奇跡を目にした。

「ぼ、坊や」

「おにぎり君やからな」

「おにぎり君、キミはイエス様の使いなのかい? その風呂敷に何百人分ものおにぎりが最初から入ってたわけはないだろう。キミの風呂敷が作り出したんだ。イエス様の伝説だ。つ、ついに! そうだ! この世から飢え死にがなくなる時が来たのだ! おにぎり君、イエス様の場所を教えてくれ!!」

おにぎり君は静かに言った。

「イエス様は魚を沢山増やしたり、他にもお酒やパンもやったかな。それは漁師さんの仕事を奪った。ぶどう農園や酒屋さんやパン屋さんや小麦農家の仕事を奪った。他にも医術魔法を使った。お医者さんの仕事を奪った。だから嫌われ殺された」

古田剛三は少し怒って言った。

「馬鹿な! 社会の仕組み丸ごと変えればいいんだ! イエス様がおられたら楽園になる。食糧に関する争いはなくなり、人々はその他の必要な仕事だけする。ギター弾きだってもっと増えたっていい。とにかく、楽園なんだよ。来るんだ、楽園は」

おにぎり君は静かに言う。

「優しいクリスチャンさんやねんな。でも、知恵の樹の実を食べた人々は...。いえ、あなたがベテランの漁師だとして、急にある日、魔法で魚を出せばいいだけですよと言われる。どう思うかな? 実際に魚を出される。漁師さんだけじゃない、色んな仕事がそうなるんねん。美味しいコーヒーも簡単に作られる。バリスタって何? コーヒーマシンって何? そんな話になるんねん。世界は、ある程度の苦労をパズルのように組み合わせる、そういうバランスに誰かが決めた。それが面白いと、神様が、人間が、悪魔が、猫が、犬が、様々が、バランスを取った」

古田剛三は怒った。

「ええい! お前は悪魔の子だ!」

「そう、こんな子供に分かった風な口を利かれると人は腹が立つこともある」

その言葉だけが残り、おにぎり君の姿が

古田剛三やボランティア達には見えなくなった。


またおにぎり君は時空を渡りました。

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