第3話 我の名は邪悪

 その邪悪は語り出した。

「おかしいとは思わないか? 生き物が他の生き物を食べるこの世界の仕組みを。豚だって牛だって可愛いものだと聞いたぞ我は。でも食うんだ人は、育てて。腹が減るのには勝てない。金が欲しいのには勝てない。金が欲しいの究極もメシが食いたいだ。人は飢えている。人だけではない虎もライオンも熊もワニも。可愛い小鳥だってミミズを食ったりする。みな飢えている。我が作ったのだ『飢え』を。みな食いに食い、完全にエネルギーにできない分を小便大便として出し、街を汚し、家を汚し、みな苦しんでいるだろう。我は悪魔。邪悪。特に名前は不要。我は悪魔、邪悪。邪悪が名前で良い。そなたが望んだ世界だろう? カズヒト」

カズヒトは震えながら言った。

「俺は初恋の子にフラれたから。フラれただけではなく、その子は評判の悪い連中の共通彼氏みたいになってて。あんなの気分悪すぎたんだ。だから、この世界に俺の胸糞悪いのをばら撒いてやろうと思ったんだ。確かに俺がいた世界には飢えなんてなかったよ。飢え死にどころか飢えがなかったんだ。今、自分で言ってることが半分信じられない。本当に、なかったんだ、飢えが。邪悪、あんたが作った」

邪悪は言葉を返す。

「そうだ、我が作った。お前の憎悪に応えてな。我は邪悪。カズヒト、お前は我と融合する覚悟を決めろ」

カズヒトは左右に首を振った。

「俺の憎悪なんて可愛いものだった。お前が大袈裟にしたんだ。何だよ、『世界』に『飢え』を作ったって。お前、悪魔過ぎるよ」

邪悪は言葉を返す。

「違うな。恋愛に裏切られた。その憎悪はそれだけすさまじかった。カズヒトが望んだのさ、全時空世界最悪の何かを。カズヒト、お前のことを我は尊敬している。我だけの邪悪では『飢え』なんて恐ろしいものはできなかった。カズヒト、お前こそ真の邪悪。真邪悪。邪悪に尊敬されし者」

「馬鹿な! 俺はそんなんじゃない! ちっぽけな存在だ! 弱い存在だ!」

邪悪は言葉を返す。

「そうだよ、弱いちっぽけな存在だからこそ憎悪がすごいんじゃないか。大金持ちがどこかの有名学校の生徒を憎んで殺害なんかするかい? 滅多にないだろそんなこと。悪魔が何故ちっぽけな人間との契約の儀式に出掛けるのか、悪魔達はちっぽけな人間達の欲望を悪を尊敬しているからだよ。カズヒト、その中でもお前は特別だった。全時空世界の『飢え』の根源なのだから」


カズヒトは沈黙した。

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